琥珀色の戯言

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オバマは何を変えるか ☆☆☆☆


オバマは何を変えるか (岩波新書)

オバマは何を変えるか (岩波新書)

内容(「BOOK」データベースより)
チェンジがアメリカに到来した―当選直後の勝利演説で、こう語ったバラク・オバマ。彼は、直面する数々の危機や困難をどう認識し、どのように対処しようとしているのか。そのことによって、アメリカの政治・経済・社会・外交をいかなる方向へ導こうとしているのか。政権発足からの軌跡をたどり、「変革」の意味と可能性を考える。

 2009年1月20日のオバマ大統領の就任式は、日本でもメディアに大きく採り上げられ、その「就任演説」のCDやDVD、対訳本などが書店には溢れました(ちなみに僕も1冊買ったんですが)。
 しかしながら、オバマ大統領が実際に就任してから「何をやったのか」、そして、「何ができていないのか」というのを検証する機会というのはあまり無かったし、僕も「まだ何もしていないのに『ノーベル平和賞』ってどういうことだ?」と感じていたのです。
 そんななか、書店でこの本を見かけ、思わず購入してしまいました。
 岩波新書ということで、けっして「面白おかしくて、読みやすい本」ではありませんが、就任後200日のオバマ大統領の「苦闘」が、さまざまな政策別にまとめられており、とても勉強になりました。
 所詮、人気だけなんじゃないか?とすら思い始めていたオバマ大統領の「政治的手腕」や「バランス感覚」をあらためて見なおすことができたのと同時に、オバマ大統領の前に立ちはだかる現在の「アメリカ社会」についても知ることができましたし。

 マイケル・ムーアの『シッコ』という映画を観て、アメリカの医療保険制度のあまりの無茶苦茶さに呆れてしまった僕は、オバマ大統領の政策のなかでも、「医療保険制度改革」に最も注目しているのですが、今年の6月ごろから始まった一連の改革への動きに反発したのは、保険業界だけではなく、アメリカの「一般市民」たちだったのです。8月以降に全米各地で行われた「市民集会」では、民主党の議員たちに、こんなふうに詰め寄っていた市民たちがいたそうです。

「政府は私の医療保険に介入するな」と叫んだある高齢者は、自分の加入するメディケアが公的な保険制度であることを知らなかった。彼らはみな、今回の改革が民間の保険をなくして政府管掌の医療保険制度に代える計画だと思い込んでいるようである。これは政府がアメリカの医療保険を支配する「ナチス的な政策」だと叫んでいた女性もいた。このように反対派市民の主張には彼らの無知や事実誤認・誇張などが現れているが、右派のデマゴギーによる事実の歪曲も反映されている。自分の親の死に方を政府に決められたくないと真剣に抗議する者が、各地の集会で続出した。前共和党副大統領候補のペイリンが、「オバマの死を宣告する委員会」の意向で高齢者の終末期医療が決められるという扇動的な主張をインターネットで流し、安楽死が助長されることを示唆した影響である。改革によって不法移民まで保険に入れるようになるとか、中絶に公的保険を通じて税金が使われるようになるなどという改革反対派の議論は、トークラジオの右派系コメンテーターが流す誤った情報に基づいている。

 こういう光景が、まさに『シッコ』でも描かれていたのですが、アメリカの市民は、かなりの割合の人が、こんなバカバカしいとしか言いようのない「公的保険制度への誤解」を抱いているのです。
 自分たちにとってプラスになる可能性が高い政策も、「社会主義医療!」というようなレッテルが貼られただけで、内容を吟味せずに拒否してしまう市民たち!
 オバマ大統領は、そんな「最初から人の話を聴く耳すら持たない人々」に対しても、CHANGE!をすすめていかなければならないのです。
 それにしても、アメリカ人たちの「大きな政府」や「社会保障政策」への無理解・嫌悪感というのは、日本人である僕には理解しかねます。
 なんだかもう、オバマ大統領が気の毒にすらなってきます。

 でも、こんな「愚かなアメリカ人」たちを、僕は嘲笑ってもいられない。

 1960年代のメディケア改革のように、経済が成長している時には人々は困っている少数者を社会的に助けてもよいという心の余裕が持てた。今日では国民の多くが、無保険者を保険に入れることで、現在保険に入っている自分に不利益がもたらされないかを恐れている。変革を阻むように働く現状維持の力は強く、また多様である。オバマ大統領は、利益集団の強力な既得権の壁と戦うと同時に、国民の多くが抱くささやかな生活の現状を維持しようとする意識の壁とも戦わねばならない。

 これはまさに、「いまの日本人が、社会的弱者への援助に対して示している嫌悪感」と同じものですよね……


 オバマ大統領は、(それが『ノーベル平和賞』に値するかどうかはさておき)少なくとも歴代アメリカ大統領のなかで、もっとも「核廃絶」に踏み込んだ発言をしています。
 2009年4月5日のチェコの首都プラハでの演説について。

 演説で「21世紀における核兵器の将来」というテーマに入ったオバマは、「冷戦は終わったが多くの核兵器は消えていない」と切り出した。世界的な核戦争の脅威はなくなったが、より多くの国が核兵器を持ち、核攻撃のリスクは高まっている、と警告して、次のように語った。
核兵器を持つ強国として、そして核兵器を使用したことのある唯一の核保有国として、合衆国は行動する道義的責任を持っています。われわれはこの努力に単独では成功することができません。しかしわれわれはそれを先導することができ、それを始めることができます。」
 そしてこう続けた。
「そこで今日、核兵器のない平和で安全な世界を追求するというアメリカの公約を、明白にそして確信をもって明言します。私はそう単純素朴ではありません。この目標にすぐには到達できないでしょう。おそらく私の生きている間にできないかもしれません。それは忍耐と持続を必要とするでしょう。しかしここでわれわれはまた、世界は変わることができないという人の声を無視しなければなりません。われわれはこう主張しなければなりません。Yes, we can!

 僕だって、大統領が変わったからといって、そう簡単に「病める大国」がガラッと変わるわけがない、と思っています。
 しかしながら、オバマ大統領は、そういう困難を踏まえた上で、「私の生きている間にできないかもしれないけれど」未来に向けてのメッセージとして発信しているのです。
 僕は、政治をやる人たちには、「将来への希望」を語ってほしい。政治っていうのは、そのためにあるものだと思うから。

 著者の砂田一郎さんは、「オバマ政権の200日」について、このように評価されています。

 オバマの半年間の統治は、根本の経済的不平等を改善するには至っていない。だが、ダール(著名な政治学者)が期待する共通善を目指す市民的文化の構築に努めたり、市民の政治参加を促進したりすることなどを通じて、政治的不平等を縮小することには、一定の成果を上げているのではないか。
 そして最後にオバマ大統領は、その国際協調主義に基づく真摯な対外メッセージによって、世界の諸国民のアメリカに対する態度を変えた。調査でも各国で軒並み、アメリカに好意を抱く人々が増えている。これはオバマ政権が外交を展開する上で大きな資産となっていくだろう。

 オバマ大統領の就任演説を観ながら、僕はひとりの歴史好きの人間として、「この時代に生まれてきたおかげで、面白いものが見られるかもしれないな」とワクワクしたのです。
 もちろん、政治の世界の話ですから、僕だって常に観客でいられるとは限らない。でも、「歴史が変わる瞬間をリアルタイムで経験できた」という感慨は間違いなくありました。
 それが正しい予感だったのかは、今後のオバマ政権のゆくえにかかっています。
 願わくば、子供たちに「お父さんは、オバマ大統領の就任式をリアルタイムで観たんだぞ」と自慢できる時代になりますように。
 
 オバマ大統領が誕生するまでのエピソードは知っていても、オバマ大統領がこれまで何をやってきたのか、これから何をやろうとしているかを知らない人には、ぜひおすすめしたい一冊です。


参考リンク(1):映画『シッコ』感想(「アメリカの医療保険制度」に興味のあるかたはぜひ。非常にエンターテインメント性にも優れたドキュメンタリーです)

参考リンク(2):『ルポ 貧困大陸アメリカ』感想(「自由」の名のもとに搾取されまくるアメリカの貧困ビジネスの渾身のルポタージュです)

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