琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

勝間さん、努力で幸せになれますか ☆☆☆


勝間さん、努力で幸せになれますか

勝間さん、努力で幸せになれますか

内容紹介
あなたの不幸せにはワケがある!
ふつうの幸せを手に入れるための処方箋を説いた香山リカは、成功者のアイコン・勝間和代を目指すなと書いた。そもそも勝間は<成功者>なのか、ふつうの幸せとは何か、仕事、結婚、出産……は幸せに結びつくのか。いまもっとも話題のふたりが真正面から議論した350分の記録。


勝間和代
「やる気は開発できる能力。努力そのものが幸せなんです」
「努力というのは、別に苦しいものではないんですよ。プロセスが一番楽しいところに自分の時間を使えばよくて、つらい努力ならやめていいんです」
「努力をすると、より簡単に幸せになれるということです。私はわりと近道を教えているつもりなんですね」
「気持ちよくおいしいご飯を食べて、お茶を飲んで、好きな人や愛する家族と時間をすごし、その毎日をサポートするための経済的な余裕を、自分の得意技を社会で発揮することで得る、そんな毎日が幸せなのです」


香山リカ
「なぜ、こんなやさしくてよい人が“負け組”などと呼ばれなければならないのか」
「効率をよくして、努力をして競争に勝ち、成功を収めることがそれほどすばらしいことなのか」
「努力ぎらいの人がいてもいいじゃないか、というだけではなくて、努力したけれど思ったような結果が得られない人、アクシデントによって努力を中断せざるを得なくなった人についてはどう考えればよいのか」
「コンビニの150円のワッフルで十分幸せ! カツマーにとっては、意外な言葉なんじゃないだろうか。それだけなら私とあまり変わらないけれど、そのためにもスキルアップが必要、というところがかなり違う」

以前『AERA』でのお二人の対談を読んで、どうも物足りない気がしていたのですが、今回1冊の単行本にまとめられたということで購入。
もともと勝間さんの「私が私がっ!」というキャラクターが苦手な僕は、『AERA』の記事のときには、香山さんに肩入れしながら読んでいたのですけど、今回は単行本になったということで、内心、「ああ、これで2人とも『手打ち』って感じで、妥協点を見出して論争を終えてしまうのかな」と予想してもいたんですよ。
残念ながら、これを1000円出して買わなくても、『AERA』に掲載されていた対談の一部から、全く何も新しい内容はみられなかったし、勝間さんが香山さんに挙げ足をとられながら、ずっと土俵際をぐるぐる回っているだけで、「幸せになる方法」は何一つ伝わってこなかったのですが。

結局のところ、勝間和代さんの本質は、「あとがき」でのこの文章に集約されていると僕は思います。

 私自身は、ふだん自分が努力しているとはあまり思っていないのです。人からは努力と見えることをコツコツ行うこと自体、アドレナリンが出るくらい幸せと感じるからでしょう。
 ふだんから、「どうしたら、より毎日を快適に楽しくすごせるか」を考えていて、それに向けて工夫を繰り返しています。香山さんはそれを努力と呼ぶのかもしれませんが、そのこと自体が生活そのものなのです。

要するに「勉強したり、生活を『効率化』したりすることが、楽しくてしょうがない人」なんですよ、勝間さんは。
香山さんがゲームをやっているときに感じる快楽を「他人からみれば『努力』しているように見える状態」のときに得られるのが勝間さん。
つまり、「根本的に価値観というか、快楽のトリガーが違う」のです。

でも、勝間さんも辛い立場だなあ、とも思ったんですよ、この対談を読んでいると。
香山さんの戦略は、基本的に「勝間和代のやりかたは、人類(まあ、「日本人全体」くらいにとどめておいたほうが妥当かも)に普遍的なものではないでしょう?」
という点を突いていくことで、これは、『AERA』の対談では有効でした。
ところが、単行本になって、延々と「みんなが勝間和代になれるわけないでしょ?」と言われ続けると、こっちもちょっと飽きてくる。

そして、こんなことも感じるのです。
勝間さんって、「すべての人を幸せにしたい」というようなことを言っているけれど、本心では、「(やる気がある、自分を信じてくれる)すべての人を幸せにしたい」だけじゃないのかな、って。
僕はそれが悪いことだとは思わないんですよ。だって、「勝間さんは神様じゃないし、『勝間和代に近い価値観、快楽の感じかた』を持っている人にしか、『勝間システム』は通用しない」だろうから。
もちろん、勝間さんは賢い人だから、そんなことは十分理解していると思う。
(もしかしたら、あまりにずっと優秀な人とばかり接しているために、世の中には「どうしようもない人」が存在しているということを知らない可能性もありますが)
しかしながら、勝間さんくらい売れてしまうと、「やる気のない連中なんか、知ったことか!」とは言いたくても言えないはず。
「努力して勝つことこそ正義、怠惰な負け組は自業自得!」
この「本音」が公言できれば、どんなに勝間さんはラクになることか! 香山さんや読者を「時間の裁定取引」というような難解な言葉で煙に巻く必要もなくなるのに!

「勝間さんが人間を差別しない、人類すべての可能性を信じている『いい人』『立派な人』だと世間に見せようとしている」ために陥っているジレンマを、香山さんはえげつなくチクチクと突いています。
香山さんはもちろん、勝間さんが「負け組は自業自得!」って公の場で言えないことを知っているんですよね、ズルイなあ。

香山さんの主張は、
「努力するのが快楽の人の価値観を、そうじゃない人(私たち)に押し付けないでもらいたい」
ということなんですが、これは僕にも受け入れやすい。
でも、そこで僕はまたちょっと考えてしまう。
香山リカは、そんなに『怠惰』なのか?」と。
ハイペースで著書を出しまくり、精神科医としての仕事もやっている香山さんは、基本的にはすごく勤勉な人でしょう。
少なくとも「かったるいから」と仕事をサボったり、国からお金をもらいながらパチンコ屋に入り浸るような生活を送っているわけじゃない。
しかしながら、香山さんは「私の患者さんたち」の苦しみを代弁して、「こんな弱いけど性格の良い人たちが生きるのがラクになるようなセーフティネットを!」と叫びます。

 そして、もうひとつ、私には聞きたかったことがありました。それは、最初の質問よりもっと本質的なことなのですが、本当に人は努力しなければいけないのか、ということです。この質問が意味するところは、努力ぎらいの人がいてもいいじゃないか、というだけではなくて、努力したけれど思ったような結果が得られない人、アクシデントによって努力を中断せざるを得なくなった人についてはどう考えればよいのか、ということでもあります。

率直に書くと、僕自身だって怠惰な人間ですし、医者の世界では「やる気のない人間」なのですが、それでも、世間の「全く努力しない人」「努力できない自分を過剰に正当化する人」に対してまでは、あまり寛容にはなれないのです。
いつかも書いたけど、「不幸な人」「貧しい人」が、みんな『フランダースの犬』のネロみたいな人だったら、僕だって出せるものはみんな出しますよ。
ところが、現実には、「自分のことしか考えないで、貰えるものは何でも貰ってしまおう、あるいは、他人を傷つけることなど何とも思っていない人」が、けっこういるように見えます。
それでも、この人の生活保護に使われているお金には、僕の税金も含まれているんだなあ……と思うと、ぐったりしてしまうこともあるのです。

もちろん、努力したけどダメだった、とか、アクシデントによる場合は別です。
病院で働いていて、「自分の病気」だけでなく、親や子供の介護のために、仕事をやめたり、セーブしなければならなくなくなった、という例をたくさんみてきました。
病気じゃなくても、両親のどちらかが欠けることにより、「とにかく食べていくこと、子供を育てることで精一杯」という状況になってしまった人は、けっして珍しくありませんし。
そういう場合には、ちゃんとセーフティネットがあって、再チャレンジができるような社会を望みます。

でも、「病気のような理由もないのに、やる気が出ない、努力できないから何もやらないという人まで、完全にサポートすべき」だと言われたら、やっぱり納得できない。
「明らかな病気」と「完全に本人の怠惰」は鑑別できても、そのボーダーラインは、どこに引けばいいの?
香山さんは「道徳的に正しい意見」を言える分、ラクな立場だろうなあ、とも思うんですよ。
めんどくさいから働きたくないという人まで、サポートできる余裕がこの社会のどこにあるんだ?

この本、勝間和代香山リカという2人の有名人の挙げ足のとりあいを読んで苦笑する以外の何の意味があるのか、僕にはわかりません。
「本を売りたい2人と出版社が主催した『プロレス』」って感じなんだけど、こんなスペクタクルもドラマもない慣れ合いをプロレスよばわりするのは、プロレスに失礼かな。

参考リンク:「勝間さん、自分と違う人がいることはわかります?」(『活字中毒R。』(2009年10月18日)
↑のエントリから。

 勝間さんは、「世界を救おう」というよりは、「自分を信じている人たちを引き上げてあげよう」という人なんじゃないかと僕は思います。
 でも、「人生を効率化すること」に向かない人っていうのもいるし、そういう人は、香山さんのベストセラー『しがみつかない生き方』のオビにあったように「<勝間和代>を目指さない。」ことも大事な「自分を不幸にしないための戦略」なのではないかと。

 でもね、なんのかんの言っても、香山リカさんもあれだけたくさん本を書いて、精神科医としての仕事もこなしているわけだし、『しがみつかない生き方』と「単にグータラして、サボっているだけの生き方」っていうのも全然違うんですよね。

 正反対の主張をしているようにみえるけれど、勝間さんと香山さんの「距離」よりも、怠惰な僕と香山さんとの距離のほうが、実際は、よっぽど「遠い」のだよなあ。

なんか、この本を買ったことそのものが「負け」のような気もするなあ……

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