琥珀色の戯言

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天国旅行 ☆☆☆☆☆


天国旅行

天国旅行

君が望んでも、まだ「終わり」にはさせない。生と死を見つめ直す、「心中」をめぐる七つの短篇。

もう一度、立ち止まり、君と問いたい。そこは楽園なのかと――富士の樹海に現れた男の導き、命を賭けて結ばれた妻への遺言、前世の縁を信じ込む女の黒い夢、死後の彼女と暮らす若者の迷い、一家心中で生き残った男の決意……この世とあの世の境目で浮かび上がる、愛と生の実像。光と望みが射し込む、文句なしの傑作短篇集。

ああ、三浦しをん、凄い、凄すぎる……
あの妄想とマンガ愛に溢れたエッセイを書いている人と同一人物が、この『天国旅行』を書いているとは、ちょっと信じられない……

この短編集には、「心中」をモチーフにした7作品が収められています。
正直、最初の3篇『森の奥』『遺言』『初盆の客』くらいまでは、とりあえず僕の予想の範疇というか、「ちょっとお涙頂戴系の『死』をめぐる短編」だと思ったんですよ。
もちろん、ものすごく巧い作品ではあるのですけど。

ところが、後半の4篇『君は夜』『炎』『星くずドライブ』『SINK』、とくに最後の2篇『星くずドライブ』『SINK』には唸らされたというか、読んでいて、「答えの出せないことを、これほどクリアに言葉にして問いかけてくる小説、そして、それを書くことができる作家は、三浦さんの他に、あと何人いるだろうか?」と考えてしまいました。
「心中」とか、人間の「生」「死」の問題って、すごくドラマになりやすいテーマだけに、かえって、「作家側の、感動させてやろうとする思惑」が透けてみえることが多いような気がします。
この『天国旅行』は、とても素っ気なく、そして、残酷な作品です。
「人の死」は、一時的に多くの人の心を動かすことがあります。
しかしながら、しばらく時間が経ってしまえば、当事者以外にとっては(あるいは、当事者にとってさえも)、「過去に起こったイベント」であり、「噂話のタネ」や「誰かに同情してあげている自分に酔うためのツール」「自分の人生に対する言い訳」でしかなくなってしまうのです。

僕は、北朝鮮拉致被害者の家族について、ずっと「がんばってください!」と思っていました。
でもね、彼らの一部が国会議員になろうとしたり、日本の核武装を求めるような発言をしたときには、内心「あなたたちの境遇に『同情』はするけれど、身内が拉致されたという理由で、そんなに偉そうに(っていう言いかたが適当かどうかはよくわからないのですが、この言い回ししか思いつかないのです)ふるまい、自分たちの力を誇示しようとするのはちょっとね……」と感じるようになってきていたのです。
人間って、つくづく薄情で、移り気なものだと思う。

人間の「死」というのは崇高なものだと僕たちは教えられてきたし、それはひとつの「聖域」みたいなものだけれども、現実に生きていると、その「死」ですら、忘れられたり、飽きられたり、簡単に誰かに利用されたりしてしまう。
巨人の木村拓也コーチの死は多くの人に衝撃を与えました。
僕も残念だな、と思い続けているのだけれども、その一方で、「現役生活最後の何年かと、その後数ヶ月コーチとして過ごした」というだけで、カープで長年活躍していたころのことはほとんど語られず、「巨人の木村拓也」という物語ができあがってしまっていることが「なんとなく苛立たしい」と感じてもいるのです。もしキムタクがカープにずっといたら、こんなに悼んでもらえただろうか。
そして、そんなことを考えては、自己嫌悪に陥ってしまう。

結局、失われたものは返ってこないし、大切な人の死による欠落を埋めることは、誰にもできない。
それが可能であるような「再生の物語」が世界には溢れているけれど、生きている人間には「埋めること」ではなくて、「その欠落を何かで覆い隠して、なるべく思い出さないように、しまっておくこと」しかできない。

三浦さんは、そのことを、そのままこの短編集で書かれていて、とくに『SINK』は、読み終えて、僕も一緒に沈んでしまいました。
でも、少なくとも自分の周囲の人たちには、この短編の主人公のような思いをさせたくない、させてはいけない。

「自分の大切な人の死」と「そうでない人の死」の間には、どうしてこんなに大きな壁があるのだろう?
それは、どちらも「ひとりの人間の死」のはずなのに。

僕は、ちょっとファンタジックで残酷な『星くずドライブ』がいちばん好みでした。

「まさかと思うけど、おまえ、死んだのか」
 僕が問うと、香那は首をかしげた」
「うーん、自分でもよくわかんない。けど、そうみたい」
「いつ!」
「昨夜、かな。あんまり覚えてない」
「俺の家に来たときには、もう死んでたんだな?」
「たぶん」
 頭がおかしくなりそうな会話だ。すでにおかしくなっているのかもしれない。

かなり「重い」短編集なので万人に薦められる、というわけにはいかないのですが、これを読んで興味を持たれた方は、ぜひ。
まだ30代半ばなのにこんな作品が描けてしまう、三浦しをんさんが少し心配です。

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