琥珀色の戯言

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楽園のカンヴァス ☆☆☆☆☆


楽園のカンヴァス

楽園のカンヴァス

内容(「BOOK」データベースより)
ニューヨーク近代美術館学芸員ティム・ブラウンは、スイスの大邸宅でありえない絵を目にしていた。MoMAが所蔵する、素朴派の巨匠アンリ・ルソーの大作『夢』。その名作とほぼ同じ構図、同じタッチの作が目の前にある。持ち主の大富豪は、真贋を正しく判定した者に作品を譲ると宣言、ヒントとして謎の古書を手渡した。好敵手は日本人研究者の早川織絵。リミットは七日間―。ピカソとルソー。二人の天才画家が生涯抱えた秘密が、いま、明かされる。


そんなに美術に詳しくない僕は、思わず、「アンリ・ルソー」って、実在の作家だよね?と、Googleで検索してしまいました。
さすがに、パブロ・ピカソは知ってますけど。


ちなみにこれが、『楽園のカンヴァス』のなかにも登場してくる、アンリ・ルソーの代表作『夢』です。



ああ、この絵、というか、この作風、どこかで見たことあるなあ。
いまでは世界的に高く評価されているアンリ・ルソーですが、長年、「遠近法もわからない素人画家」などと揶揄されてきたそうです。
でも、そんな彼の作品を評価し、世に広めようとしてきた人がいる。


この作品からは、ずっと美術に関わってきた作者ならではの「美術作品への愛と、美術を愛する人々への共感」が伝わってくるのです。
美術館好きとしては、冒頭に出てくる、こんなエピソードに、ひきこまれてしまいます。

 団体客が入るとまえもってわかっている日は、朝のミーティングで事務課長からその旨通達がある。何時から何時のあいだに何人、どういう団体がくるか。そして、監視員の注意レヴェルを引き上げる。
 美術館の監視員の仕事は、あくまでも鑑賞者が静かな環境で正しく鑑賞するかどうかを見守ることにある。解説するわけでもなければ、案内するわけでもない。ただ、「この画家は誰ですか」「何年の作品ですか」などと問われれば、最低限答えられるように展示作品について学んではいる。それ以外にも、トイレやショップなどの場所案内、気分がすぐれない人や泣きだす乳幼児、迷子への対応なども仕事のうちだ。ただし、あくまでも持ち場を離れることはできない。緊急に対応しなければならない事態が発生すると、椅子のそばにおいてある無線で警備員や事務室に連絡をし、誰かに来てもらう。監視員は鑑賞者のために存在するのではなく、あくまでも作品と展示環境を守るために存在している。持ち場を一瞬でも離れた間に作品破壊(ヴァンダリズム)などが起ころうものなら大変なことになる。
 監視員がそのすべての時間と心血を注いでみつめ続けなければならないのは、人ではない。作品とその周辺の環境だ。それに尽きる。

 「監視員」というのは、そういう仕事だったのか……と僕ははじめて知りました。
 美術館の隅っこに一日中座っているのは、ものすごく暇だろうなあ、という感じでみていたのですが、展示作品について「予習」もしているんですね。
 「キュレーター」という仕事は最近けっこう話題になっているのですが、それだけじゃない「美術館ではたらく人々の姿」も、この作品の魅力のひとつです。

 
 「大富豪の秘密のコレクション」とか、「なぜか一文字違いの上司」とか、「いきなり恋愛モード」とか、なんかもう「マンガみたいな話」ではあるのですが、アンリ・ルソーという、「同時代的には不遇な、でも、美術の歴史においてはとてつもなく幸運だった画家」を通じて、「芸術にとらわれた人々」の姿を描いたこの作品、僕はすごく好きでした。
 「ミステリ」としては、そんなに完成度が高いものではないのかもしれないけれど、それ以上に「アートの魅力について語りたい」という情熱が伝わってくるのです。

 アートを理解する、ということは、この世界を理解する、ということ。アートを愛する、ということは、この世界を愛する、ということ。
 いくらアートが好きだからって、美術館や画集で作品だけを見ていればいいというもんじゃないだろう? ほんとうにアートが好きならば、君が生きているこの世界をみつめ、感じて、愛することが大切なんだよ。
「あるとき、父が私の隣に立って、そう囁いてくれたような気がしたんです。……ずっとまえに、天国へ逝ってしまったはずの父が」
 事故で父を失い、母は実家でひとり暮らしの老母の面倒をみるために日本へ帰り、自分ひとりがパリに残った。亡き父や遠く離れた母の期待に応えようと、美術の研究にすべてを捧げ、持てる限りのエネルギーを注いできた。
 けれど、あるとき、ふと気がついた。ルソーも足しげく通ったというパリ植物園に、ジェットラグ(時差ボケ)を治しに出かけたときのことだった。
 ひょっとすると私は、アートばかりを一心にみつめ続けて、美と驚きに満ちたこの世界を、眺めてはいなかったんじゃないのだろうか?
「なんとなく、わかったんです。そのとき、ルソーの気持ちが。彼はアートだけをみつめていたわけじゃない。この世界の奇跡をこそ、みつめ続けていたんじゃないかな、って」


 以下は余談です。
 原田マハさん、この作品で山本周五郎賞を受賞されました。
 それで思い出したのが、お兄さんの原田宗典さんのことです。
 宗典さんのほうは、ずっと小説家として評価されたいと願いつつ、どちらかというと、面白エッセイで人気を集めてきました。
 もともと作家志望ではなかったはずの妹さんが、こうして小説界の大きな賞を獲ったこと、兄として、どんな気持ちでいるんだろう、もちろん、祝福されているとは思うのですが、人生って皮肉だなあ、とか、つい考えてしまうのです。

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