琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

【映画感想】STAND BY ME ドラえもん 2 ☆☆☆☆

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あらすじ
のび太は、幼稚園のころに他界したおばあちゃんが繕ってくれた、くまのぬいぐるみを見つける。大好きだったおばあちゃんを思い出したのび太は、タイムマシンを使って再会したいと考え、様子を見たらすぐに帰るとドラえもんを説得して3歳だったころの過去に戻る。のび太は陰から様子をうかがっていたが、おばあちゃんに見つかってしまう。


doraemon-3d.com


2020年、映画館での12作目。
平日の夕方からの回で、観客は僕を含めて15人くらいでした。

前作『STAND BY ME ドラえもん』は、2014年。もう6年経つんですね。
あの映画に関しては、「いろいろ言いたいことはあるけれど、『ドラえもん』を観たい大人が大勢いるということを証明した」という点では、僕はけっこう感謝しているのです。


fujipon.hatenadiary.com


 ただ、ドラえもんの3D映画化に関しては、第1作がベスト盤みたいな内容だったので、あの続編って言っても、3D映像の新鮮さもないだろうし、どうかなあ、と思ってもいたのです。
「ドラ泣き」とかいうキャッチコピーも、制作側の「マーケティング」みたいなものが透けてみえるようで、少し及び腰になってしまいます。
「泣ける」ことを売りにした映画はたくさんありますし、わざわざ『ドラえもん』で泣かせようとしなくてもいいのに。

 ただ、実際にこの映画を観てみると、おばあちゃんのエピソードを除いては、そんなに無理矢理「感動」をアピールしている感じはしなかったんですよ。
 むしろ、最近のテレビの『ドラえもん』に近い、テンポの良いドタバタ劇になっていて、楽しめる場面が多かったのです。
 ジャイアンやしずかちゃんにはちゃんと見せ場があったし、出木杉くんに関しては、「やっぱり映画版には縁がないのか……」と、ちょっと笑ってしまいました。

 正直、観ながら、けっこうイライラする場面もあったんですよ。
 のび太、もう少ししっかりしろよ、さすがにそれは周りに迷惑かけすぎだし、もっとマシなやり方もあるだろう。そもそも、この物語で発生した「大ピンチ」は、ほとんどすべて自業自得というか、自分で蒔いた種じゃないか。そして、最大のピンチの原因が、ある道具の不備によるものだった、なんて、あまりにもご都合主義すぎる。
 この設定が許されるのなら、どんな過去の(あるいは未来の)過ちも、タイムマシンで何度も修正できることになってしまう。
 何やってるんだタイムパトロール
ターミネーター』で、「こんなのいつでも、何度でも敵は襲ってくるし、キリがないだろ……」という感じになってきたのと同じなんだよなあ。

 それに、伏線を張って回収しようとするあまり、物語がゴチャゴチャしてしまっていて、同じ場面にその時代の「のび太」と未来から来た「のび太」が平然と共存したりもしているし。

 なんというか、伏線をうまく回収してみせようとするあまり、物語の本筋がおろそかにされてしまっているのです。
 僕も含めて、観客の大部分は、制作者たちを「うまい!」って褒めたくて映画館に来ているわけじゃない。
 映画を、『ドラえもん』を楽しみたいのに。
 細部へのこだわりを感じるところはあるのですが、それよりも、物語として、もっと大事なところがあるだろうに……

 ただ、のび太の行動に関しては、あらためて考えてみると、のび太がすべて正しい、あるいは理性的な選択をするほうがむしろ「世界観ぶちこわし」ではありますよね。観ながら「のび太、もう少しなんとかならないのか……」とイライラしてしまったのは、作った側からすれば「思惑通り」だったのでしょう。
 『ドラえもん』って、基本的に、のび太が何かをうまくやろうとして、かえって問題が大きくなって、それを解決するために奮闘する、っていう話なんですよね。
 だから、「こんなの『ドラえもん』じゃない!」というのは筋違いで、「ああ、このもどかしさが『ドラえもん』なのだ」と納得せざるをえない。
 ただ、そういう「テレビのレギュラー放送的な『ドラえもん』」だと、映画館で1時間半から2時間観客を満足させるのは難しいからこそ、映画『ドラえもん』は、SF的な冒険ストーリーを毎回つくってきたのだとも思うのです。

 『1』では、歴代の名場面をつなぎあわせて時間をもたせたけれど、『2』は、30分でやれそうな話をひたすら引き延ばして100分弱にした感じです。

 設定は未来なのに、結婚式はほとんど現在と同じ形式なんですよね。
 あのイベントを通過してきた、棺桶に膝くらいまで浸かっている大人としては、「まあ、結婚なんて、ゴールインというより、スタートラインだよな」とか考えながら観ていましたし、感激している人々よりも、不安で逃げ出したくなる「のび太」のほうに共感というか、「本当は、浮かれているより、不安になるほうが誠実だよね」とか、思うところもあるのです。
 なぜしずかちゃんがのび太なんかと!しずかちゃんの幸せを考えろ!という意見に対しても、「うーむ、しずかちゃんって、自分がイニシアチブをとりたいタイプなだけじゃないの?」と、今の僕は考えてしまうのです。
 しずか×出木杉、みたいな組み合わせだと、しずかちゃんは、ずっと出木杉くんに守られる自分に満足できないような気がします。
 「のび太の良さ、魅力」に惹かれたというよりは、しずかちゃんが「だめんず好き」なだけなのでは……

 すみません、なんだかもう僕のマイナスの人生経験でフィルターがかかった感想ばかりになってしまいました。

 強引にまとめてしまうと、「映画だから」とハードルを上げずに、「『鬼滅の刃』のつぎに、子どもたちと一緒に、自分も楽しめるような映画を観たい」という人にはオススメできると思います。
 「ドラ泣き」なんて、しなくていいです。
 ああ、これが今の『ドラえもん』なんだなあ、これはこれとして、昔の映画『ドラえもん』をまた観たくなったなあ……
 たぶん、それで良いんじゃないかな。


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