琥珀色の戯言

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【読書感想】肩書き捨てたら地獄だった - 挫折した元官僚が教える「頼れない」時代の働き方 ☆☆☆



Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
東大卒・元官僚、自信に満ち溢れたエリートが肩書き捨てたら、まったく社会に通用しなかった!仕事もお金も仲間もない地獄で見出した、「頼れない」時代の働き方とは?経産省や都知事選での体験を盛り込み、未来を予言。生き延びたいならこう働け!


 この新書、元経産省のキャリア官僚であり、さまざまな「大きな仕事」で活躍してきた著者が、肩書きを捨てて独立を決意した後、仕事がある程度軌道に乗るまでの試行錯誤を記したものです。

 忘れもしない、2012年の12月27日。私は「落ちるところまで落ちた」と感じていました。
 もといた職場、経済産業省。そこでのつながりで、独立後の頼みの綱としていた人へ助けを求めるべくメールをしても電話をしても、まったく連絡がつかなくなりました。「ついに見捨てられたんだ」。それを理解したのがこの日でした。
 そうなると、自分のなかでプツリと糸が切れて、歩くことすらままならなくなりました。胸に大きな穴が開いたようで、一歩進む度に、ふらふらと地面に膝がつきそうになります。空が落ちてくるようで恐ろしく、数分ごとに自分がどこにいるのか分からなくなりました。私は歩いて新橋から有楽町に向け、移動していました。本来なら10分もあれば着く距離でしょう。しかし3時間かけてもまったく目的地にたどりつかない。そんなありさまでした。
 かろうじて気力を振り絞り、ようやく家に帰りついてあらためて通帳を開くと、そこには残金が2万円足らず、先の見えない不安に襲われて外に出る気にもならず、自分の部屋で布団にくるまり、じっとうずくまっていました。


 ネット上で、著者が書いた軽妙かつ洞察に満ちた文章をよく見かけていたのですが、ここまで追いつめられていた時期もあったんですね……
 周りがちやほやしてくれるキャリア官僚からの「変化」だけに、ものすごくつらかっただろうなあ。


 ただ、この新書を読んでいて痛感するのは、著者のような有能な人でも、肩書きがないと苦労してしまうのが日本の社会なのだなあ、ということと、でも結局のところ、このやり方は、著者のような「みんなが注目するような看板」が無い人にはできないよな、ということだったんですよね。

 
 著者は、東日本大震災の報道を目のあたりにし、「人生何があるか分からない。一度しかない人生だし、自分の思いに準じて生きるべき」と思い立って、退職、独立を決意したそうです。

 その際、まずは官僚退職者によく見られる、金融機関や商社、コンサルタントへの転職という進路も考えないではありませんでした。実際にいくつかの会社の面接も受けています。しかし、ただ「官僚を辞めて転職したという先輩なら何百人もいて、面白くはない。どうせなら組織に頼らず、一人の「宇佐美典也」としてゼロから勝負、起業や独立開業といった道を歩もうと決めたのです。


 「それまでのキャリアを徹底的に有効利用する」と早いうちから割り切れていれば、もっとラクに独立できたのかもしれません。
 でも、そこに「自分らしさ」みたいなものを見いだそうとしたことが、苦難の道のはじまりでもあったのです。
 

 ただ、なんのかんの言っても、著者の「肩書き」は、役に立ってはいるんですよね。


『東大卒プロゲーマー』という新書のなかで、著者の「ときど」さんが、プロゲーマーになるか、公務員になるか、お父さんに相談したとき、こんなアドバイスをもらったそうです。

「わかっていないかもしれないけど、この業界が、おまえの考えるとおりに発展していったとしたら、『東大卒』の肩書きもきっと、そこで役立てられるはずだよ」

 ああ、そういう考え方もあるのだなあ、と僕も感心してしまいました。


「東大卒なのに、肩書きを捨て、自分で道を切り開いて、食べていけるようになった」という著者の感覚と、「東大卒・官僚時代の人脈あり、っていうのは、同じように独立・起業した人間のなかでも、『下駄をはいている』ようなものだよな」という僕の感想とは、けっこう乖離しているんですよね。
で、著者が独立してやっているコンサルティング業とかブログでの発信みたいなものって、「官僚をやめてまで、やりたいことだった」のだろうか?とも思うし。


 この新書では、「肩書きよりも中身をみてもらいたい」と考えていた独立直後から、「せっかく努力して得た肩書きなのだから、利用するのは悪いことじゃない」という心境の変化も率直に述べられています。

 サラリーマン時代に周りにいて慕ってくれたはずの人たちが自分を見捨て、相手にしてくれない光景、これは金銭的な窮地以上に地獄です。私の場合、離れていく人を見るたび、自分が無価値であるように感じ、叫び出したくなりました。
 冷酷な事実ではありますが、その人に実力があったとしても、セルフプランディングが積み重なっておらず、信頼や実績の無い裸の自分になったとき、世間はお金もチャンスも与えてはくれないのです。

 そして肩書きとともに戦うことを選んだとして、そこからどう歩むのか、そこには大きく三つの選択肢があるでしょう。
 第一に、もといた組織とはまったくかかわらない、新しいセルフブランドを作り上げていくという選択肢。第二にはもといた組織のブランドの上にそのままストーリーを積み上げて、サブブランドを作り上げていく選択肢。そして最後は、自分がもといた組織を徹底的に批判することで、「アンチブランド」を作るという選択肢です。

 
 著者は、この三つの選択肢それぞれについて、自身の経験もまじえて、その利点、問題点を述べています。
 そして、「転職・起業後の立ち上げの時期に救ってくれるのは、それまでの仕事上の付き合いがある人ではなく、社会人になる前、学生時代からの「腐れ縁」だ」とも書かれています。
 ああ、こういうのが、社会の「リアル」なんだよなあ、でも、友達側としては、微妙な気分だろうなあ……
 そこで、「友達には頼らない」というプライドに凝り固まってしまうと、さらに状況は厳しくなるのだろうけど……


 後半の「現在の日本の労働環境」についての分析は、「その通りではあるのだけれど、おそらく、これを参考にできる人は、ごく一握りのエリートだけだろうな」という気がします。
 僕にとっては、前半の著者の実体験を書いたものに比べると、一冊の本にするために、とってつけたような、ありきたりの言説にしか思えませんでした。


 この新書って、著者にとっては、「自分の苦難の道のりを語りつつ、独立しようとする人々を応援したい」のだと思うのです。
 でも、読んでみての僕の率直な感想としては、「大きな組織を辞めるとか独立するっていうのは、よほどのことがないと、うまくいくものじゃないんだな」だったんですよ。
 これから「独立」しようとか、「プロブロガーとして食べていこう」なんて考えている人が、東大卒、キャリア官僚出身で、これだけのバイタリティがある人でも、こんなに苦労している」ということを知るための、良いテキストではあると思います。

 

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