琥珀色の戯言

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【読書感想】読書という荒野 ☆☆☆

読書という荒野 (NewsPicks Book)

読書という荒野 (NewsPicks Book)


Kindle版もあります。

読書という荒野 (NewsPicks Book)

読書という荒野 (NewsPicks Book)

内容紹介
【出版界の革命児による圧倒的読書論がここに誕生! 】
実践しなければ読書じゃない。
暗闇の中のジャンプ!天使から人間へ。認識者から実践者へ。


適切な言葉を選べなければ、深い思考は出来ない。表現することはおろか、悩むことすら出来ない。人は言葉を獲得することによって人生を生き始める。だから読書することは重要なのだ。本は最も身近で最も安価な人生を切り拓く決定的な武器だ。


【目次】
はじめに 読書とは「何が書かれているか」ではなく「自分がどう感じるか」だ
第1章 血肉化した言葉を獲得せよ
第2章 現実を戦う「武器」を手に入れろ
第3章 極端になれ! ミドルは何も生み出さない
第4章 編集者という病い
第5章 旅に出て外部に晒され、恋に堕ちて他者を知る
第6章 血で血を洗う読書という荒野を突き進め
おわりに 絶望から苛酷へ。認識者から実践者へ


 見城徹さん、もう68歳なんですね。
 なんだか久々に、こんな「暑苦しいくらい熱い読書論」を読みました。
 見城さんというのは、何事においても「過剰で破格な人」だというイメージがありますし、見城さんがつくった幻冬舎は、人々の下世話な興味、みたいなものに寄り添って、常に世の中に爆弾を投げ込んできたような気がします。
 「売れるためならなんでもするのか?」と言いたくなることもあるのだけれど、見城さんは「じゃあ、お前は本当に『売るためにはなんでもやる』ことができるのか?」と真剣に問い返してくる人なんですよね。

 僕はかねがね「自己検証、自己嫌悪、自己否定の三つがなければ、人間は進歩しない」と言っている。自己検証とは、自分の思考や行動を客観的に見直し、修正すること。自己嫌悪とは、自意識過剰さや自己顕示欲を恥じ、自分の狡さや狭量さ、怠惰さに苛立つこと。そして自己否定とは、自己満足を排し、成長していない自分や、自分が拠って立つ場所を否定し、新たな自分を手に入れることだ。
 僕は今でも、毎日のように自己嫌悪を繰り返している。何人から会食をしているとき、隅のほうに座っている人にあまり声をかけることができないと、帰りに車に乗った瞬間から後悔する。部下に対して心ない言葉を投げたときは、「あんなこと言わなければよかった」とくよくよする。いつも寝る前には、その日一日を振り返り、悶え苦しむ。そして、その苛立ちを振り払うかのように、トレーニングで身体をいじめ抜いたり、経営や編集の仕事に没頭したりするのだ。
 こうしたことを話すと、「見城さんは十分、地位や名誉もあるのだから、そんなに自分を追い込まなくていいのでは」と言われる。しかし現状に安住し、自己検証と自己嫌悪と自己否定を忘れるようなことがあれば、生きている価値がないとさえ思う。自分が駄目になっていく恐怖、老いていく恐怖と常に戦ってこそ、僕は僕であり続けられる。
 そうした感情を味わえるのが、まさしく読書なのだ。本を読めば、自分の人生が生ぬるく感じるほど、過酷な環境で戦う登場人物に出会える。そのなかで我が身を振り返り、きちんと自己検証、自己嫌悪、自己否定を繰り返すことができる。読書を通じ、情けない自分と向き合ってこそ、現実世界で戦う自己を確立できるのだ。


 見城さんの読書記録を読んでいると、世の中には、こんなに真剣に本を読んで、自分の体験にしている人がいるのか、と驚かされるのです。こんな読み方をしていたら、身が持たないのではないか、と心配になるくらいに。

 僕が編集者として心がけていたのは、「3人の大物と、きらめく新人3人をつかむ」ことだ。僕の場合、大物作家としては、五木寛之石原慎太郎のほかに、渡辺淳一水上勉森村誠一高木彬光大藪春彦などと仕事ができるよう、圧倒的な努力をした。同時に、中上健次村上龍林真理子山田詠美宮本輝、つかこうへい、森瑶子など新しく出てくる才能を自分の感覚でつかまえ、作品を次々に手掛けた。銀色夏生は僕の専売特許で出せば百万部を超えた。『これもすべて同じ一日』、まだ無名の森高千里をモデルに起用した『わかりやすい恋』から僕が角川書店を退社する時期に手掛けた『君のそばで会おう』『つれづれノート』まで売れに売れた。
 そうやって大物作家と若い世代を押さえると、中間にいる作家たちは向こうから声をかけてきてくれる。そうなれば、自分から開拓をしなくても、来たなかから才能を見つけていけばいい。一度こうした好循環に入ると、編集者としては無敵である。

 
 ただ、見城さんが高く評価し、共に作品をつくってきた作家たちは、正直、僕にとってはあまり好みじゃないのだよなあ。
 食わず嫌いの場合も、少なからずありそうなのですが。
 
 付き合いにしても、何年間も、毎日朝まで一緒に飲み続けた、というような有名作家が何人もいて、その体験がまた、作家に作品を書かせるんですよね。
 見城さんがいなければ世に出なかった作品は、本当にたくさんあるのです。

 僕はいつも、「売れるコンテンツの条件は、オリジナリティーがあること、極端であること、明解であること、癒着(必ずそのコンテンツについてきてくれる、という固定ファンがある程度いる)があること」と言っている。
 とはいえ、これはあくまでも結果的に導き出した法則にすぎない。この4条件を知っているからといって、それだけでヒットが出せるわけではまったくない。
 作家をパートナーとする編集者が本を作ろうとすれば、自分が魅力的な人間であることによってしか仕事は進行しない。つまり、どれほど相手に突き刺さる刺激的な言葉を放ち、相手の奥底から本当に面白いものを引き出すか。ただそれだけなのである。
 これは、テクニックでなんとかなるものではない。問われているのは、今までの自分の生き方そのものだ。生きてきた人生のなかで培った言葉が、相手の胸を打つかどうかだ。僕の場合はたまたま廣済堂出版の新入社員だったころから、無意識にできていたが、それはまぎれもなく、学生時代からの膨大な読書体験と、「革命闘争からの逃避」という挫折体験がもたらしたものだ。
 僕は人と会うときは、常に刺激的で新しい発見のある話、相手が思わず引き込まれるような話をしなければいけないと思っている。たとえ30分でも僕と会った人には、「見城さんって、何度でも会いたくなる面白い人だね」と言われなければ絶対に嫌なのだ。
 これは僕の病気なのだ。「編集者という病い」である。


 こういう「病い」を抱えている作家や編集者がつくった本が、ベストセラーになって、最大公約数的な人に読まれているというのも、なんだか不思議な気もするんですよね。

 見城さんの読書記録や、さまざまな作家との交流が語られているのがこの本の読みどころのひとつなのですが、見城さんは、村上龍さんと深い交流があり、ふたりでずっと一緒にテニスをして、高級ワインや豪華な料理を堪能しつづけたことが『テニスボーイの憂鬱』という小説になった一方で、村上春樹さんに対しては、会って話をしたものの、「あなたの作品のルーツはこれでしょう」と謎解き的なものを本人の前でしてしまい、それで敬遠されてしまったのではないか、と考えておられるそうです。
 見城さんは、村上春樹さんの作品については「人生に影響を与えた」とまで評価しているんですけどね。

 小説好きは、「見城徹さんが手がけた作家を好む派」と「見城さんと仲良くなる作家は苦手派」に分かれるのではないか、と僕は感じました。僕は残念ながら後者のほうなのですが、そんな僕でも、この本を読んでいると、「やっぱり、中上健次はしっかり読んでおいたほうがいいよなあ」なんて思うくらいの引力はあるんですよね、見城さんって。

 彼が死んだと聞いた時は、少しも驚きませんでした。彼を見限った僕と音楽プロデューサーの須藤くんとアート・ディレクターの田島さんを自分の元に戻って来させるために、死んで見せようとしたんでしょう。でもあの晩の彼は、混濁した意識の中でまた死なないつもりだったんだろうと思うんです。しかし結局は死んでしまった。あの頃は、毎日滅茶苦茶な状態でしたから。錯乱して車のボンネットに飛び乗ったり、自動販売機に殴りかかって血だらけになったりを繰り返し、あの日はたまたま死んでしまった。自殺みたいなものだったけれど、もう寿命だったんですよ。彼は人の三倍も四倍もの悲しみを溜めてしまっていたから、三倍か四倍の速さでしか生きられなかったのだろうと思います。だから30歳過ぎまで生きるはずがないと。


 この「彼」というのは、尾崎豊さんのことなんですよね。
 いま、あらためて尾崎さんが亡くなる前の様子を読むと、「もともと、長生きするような人ではなかったのだろうなあ」というのと、「これは精神科できちんと治療しておけばよかったのではないか」というのが入り混じった感情がわいてきます。
 見城さんは、人の命を助けるのが第一、というよりは、命を燃やしつくしても良い作品を作り上げるのが作家であり、編集者なのだ、という人なんですよね、きっと。
 そして、それはきっと、見城さん自身も罹患している「病」なのでしょう。
 見城さんは、作家と一緒に地獄に堕ちて、そこで作品をつくっている。
 それが良いとか悪いではなく、それが見城さんにとっての「編集者」なのです。


「もうじき絶滅すると言われている『編集者』という職業について」書かれた貴重な証言集だと思います。


たった一人の熱狂 (幻冬舎文庫)

たった一人の熱狂 (幻冬舎文庫)

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