- 作者: 鈴木哲也
- 出版社/メーカー: 日経BP社
- 発売日: 2018/09/21
- メディア: 単行本
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- 作者: 鈴木哲也
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内容(「BOOK」データベースより)
無印良品、パルコ、ロフト、ファミリーマート、西友、西武百貨店。すべての原点がここに―セゾングループと堤清二が生み出した、先駆企業の栄光と苦闘。
堤清二さんとセゾングループといえば、「ああ、あのバブルの頃に消費をさんざん煽って、バブル崩壊とともに斜陽になった、一過性の現象」という、けっこうネガティブな印象を僕は持っていたのです。
堤清二さんには、辻井喬というペンネームで活躍する作家でもあり、文化人としても知られた人でした。
腹違いの弟である堤義明さんとの複雑な関係もあったのです。
セゾングループの終焉を見届けた後も、私は様々な企業や業界の取材を重ねてきた。
だが時が経つにつれ、セゾングループ担当時代に何か大きなものを伝え残していたのではないか、という思いが浮かぶようになっていった。
セゾングループが崩壊していく当時、各社の記者は、連日のように事業の売却など、リストラや再建策を報じていた。それが金融危機に苦しむ日本経済にとっても、重要な意味を持っていたからだ。
その過程で、セゾングループを率いた堤清二については、巨額負債をつくった張本人、いわば”A級戦犯”と位置づけて記事を書いた。
「一連の破綻劇は、バブル経済とその崩壊の象徴であり、右肩上がりの消費社会に咲いた”あだ花”が堤清二とセゾングループだった」
平たく言えば、こんなイメージが、各社の記事によって世の中に広がった。
現代でも、経営者・堤清二とセゾングループをこう評価する向きは多い。その流れをつくった一人が、私だったのかもしれない。
しかしセゾングループも堤も、こんなふうにひと言で切って捨てられるような単純な存在ではないはずだ。取材した経験から、私はそんな実感を持っていた。
堤がつくり上げた「セゾン文化」のエッセンスは、知らず知らずのうちに日本人の生活の中に根づいている。
グループ解体の責任を取って実業界から身を引いたまま他界した堤と、堤の手を離れて散り散りになったセゾングループ。
これらを、バブル経済の”あだ花”だったという紋切り型の評価で、歴史に葬ってしまってもいいのだろうか。
年を重ねるほどに、そんな疑問が私の中で膨らんでいった。
現在、2018年になって、あらためて考えてみると、堤清二さんの時代にセゾンがつくった企業のなかには、ずっと生き残り続けて、この「停滞の時代」を支えているものも少なくありません。
無印良品、パルコ、ロフト、ファミリーマート、チケットセゾン……
この本では、堤清二というひとりの人間・経営者がやってきたことと、彼がつくった企業にこめた理念について、あらためて検証されています。
僕がこれを読みながら、堤清二という人は、複雑というか、いろんな矛盾を抱えて生きてきた人なんだなあ、と考えていました。
セゾングループのさまざまな広告のコピーを生み、一緒に仕事をしてきた糸井重里さんは、こう仰っています。
糸井には、堤の言動の中でも印象に残っているものがある。
西武百貨店などのイメージ戦略が成功し、企業の「格」が上がった後でも、堤は「上から目線」で仕事をすることを自らや社員に戒め、庶民に寄り添う意識を最も大切にしていた。
「西武百貨店は長靴でも来られる池袋のデパートから始まったのに、何を偉そうにしているんだ、というのが、堤さんが役員を怒る時のポイントでした。長靴のお客さんが拒否されず、堂々と入れる店でなくてはいけない、という思いを強く持っていました」
堤本人は、決して大衆ではない。特権階級の家に生まれ育ったエリートだ。糸井はこう分析している。
「本当の世情は知らなかったと思いますよ。知らなきゃダメだって、誰よりも言っていたのが堤さんでしたが、大実業家の息子として育った人ですから、ダイエー創業者の中内功さんとは違います。下に見られている人たちに対する視線は、相当学んで身につけたものじゃないかな。そうあるべきだ、という。自分が坊っちゃんだというコンプレックスがあったのだと思います」
敗戦を体験した知識人が大衆に寄り添うのは珍しくない。堤の場合はそれに、大資本家である父への反発が加わる。
だが、そこには大きな矛盾が横たわる。堤自身も、父と同じ上流社会に属すると言う事実だ。この葛藤は生涯、堤の心から離れなかったのだろう。
だからこそ、西武百貨店のイメージ戦略では、長靴で来店するような消費者にも、平等にセゾン文化の雰囲気、すなわち「おいしい生活。」を感じてもらう方向へ進んでいた。
堤さんは「大衆の味方」であり続けようとしたけれど、それは自分が「エリートの側」にいることの後ろめたさの裏返しでもあったのです。
劇場や現代アートを中心とした美術館をつくって、さまざまな文化を人々の手に届きやすいところに持ってきたのは、堤さんの大きな功績です。
ただ、それはある意味「知的エリートによる啓蒙活動」でもあったんですよね。
堤さんは、ずっと「本質的には資本家側でエリートである自分自身の趣味嗜好」と、後天的な努力で身に着けた「大衆の視点」が葛藤しつづけてきた人だったように思われます。
出発点が「大衆の側」であれば、堤清二さんは資本家としてムダを排除し、経営を合理化して、利益を追求する、という方向に舵を切っていたかもしれません。
でも、堤さんの「大衆の側に立つ」というのは、思想であり、主義になってしまっていたので、時代に合わなくなっても、それに殉じるしかなかった。
人というのは、自らの成功体験が大きいほど、そのやり方を変えるのが難しくなるものですし。
セゾングループ、そして堤清二さんと並び称されたダイエーの中内功さんは、庶民の側から出て、自身のナチュラルな感覚での経営で成功したあと、没落していきました。
それにしても、堤清二さんというのは矛盾の人ではありますね。
『無印良品』が生まれる前には、こんなやりとりがなされていたそうです。
「現在も、無印良品を展開する良品計画のアドバイザリーボードのメンバーを務める小池一子は、美術関係担当やコピーライターとして、堤の事業に長く携わってきた。小池は無印良品の誕生前夜の雰囲気を、こう振り返る。
「議論といっても、いわゆる会議のようなものではありませんでした。例えば、日本のものを美しいと思う感覚はどういうことかといった文化論、生活論のようなことを、時にお酒を飲みながら、堤さん、田中(一光:アートディレクター)さんと一緒に話していました。そうした中で、関係者みんなが考えていることが一致したといいますか。それが、その時代の感覚だったのだと思います」
堤とクリエイティブチームが共有したのは、ロゴマークの価値がひとり歩きすることへの違和感だった。
「欧州の高級ブランドがどっと日本に入ってきた時、ブランドがひとり歩きしをして、ロゴマークが付いていれば商品が高く売れる現象が起こりました。この違和感について、クリエイター仲間で話をしていたんです。普通に自然から収穫できる野菜や肉、木綿や絹などの布素材は、マークがなくても生活者は価値を感じます。ロゴマークだけがひとり歩きをしてしまうのは生活者の感覚から離れているんじゃないか。そんな疑問が、無印良品の思想的な出発点でした」
しかし、西武百貨店が堤さんのもとで同業他社のなかから頭角をあらわしていったのは、エルメスやイヴ・サンローランといったブランドを日本にいちはやく導入していったから、でもあるのです。
セゾングループは、ブランドを紹介し、売りさばく一方で、「ロゴマークのひとり歩き」に警鐘を鳴らす商品を開発していったのです。
堤さんは、本当に「矛盾の人」であり、ひとりの人間のなかに、いろんな要素が詰まっていたのだな、と感じます。
安ければいい、ブランドだったらいい、というのではなくて、そこになんらかの物語性を付加したり、「生活を楽しくする要素」を求めたり、というのは、ものすごく現代的でもありますよね。
糸井重里さんが『ほぼ日刊イトイ新聞』でやってきたことというのは、堤清二さんがあの頃にやりたかったことの「延長戦」のようにも思われるのです。
戦後の小売業の歴史をたどってみると、かつて成功を収めた老舗百貨店や現在の2強であるセブン&アイホールディングス、イオンなどの総合型小売グループからは、有名な専門店チェーンはあまり生まれていない。
唯一、セゾングループだけが、無印良品を含めて、有力な専門店を生み出すことに長けていた。
ユニクロを展開するファーストリテイリングにしても、家具・雑貨チェーンのニトリにしても、多くの有力専門店は、独立した単独企業として生まれ、成長を遂げている。
セゾングループは、ほかの総合小売業と何が違ったのだろうか。
「脱西武、脱百貨店、脱堤を目指しなさい」
堤は親しいセゾングループ幹部に、こう言い聞かせていた。
セゾンは「時代のあだ花」のように語られてきたけれど、その遺伝子や思想は、形を変えて受け継がれているのです。
いまをときめく「成功した企業」よりも、ずっと長く、そして深く。
関係者が語る「独創と矛盾の人・堤清二」も、大変興味深いものでした。
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