琥珀色の戯言

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【読書感想】熱帯 ☆☆☆

熱帯

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Kindle版もあります

熱帯 (文春e-book)

熱帯 (文春e-book)

内容紹介
汝にかかわりなきことを語るなかれ――。そんな謎めいた警句から始まる一冊の本『熱帯』。
この本に惹かれ、探し求める作家の森見登美彦氏はある日、奇妙な催し「沈黙読書会」でこの本の秘密を知る女性と出会う。そこで彼女が口にしたセリフ「この本を最後まで読んだ人間はいないんです」、この言葉の真意とは?
秘密を解き明かすべく集結した「学団」メンバーに神出鬼没の古本屋台「暴夜書房」、鍵を握る飴色のカードボックスと「部屋の中の部屋」……。
幻の本をめぐる冒険はいつしか妄想の大海原を駆けめぐり、謎の源流へ!

我ながら呆れるような怪作である――森見登美彦


 「ひとり本屋大賞」5冊目。
 この『熱帯』、今回の「本屋大賞」候補作を全部読むなかで、いちばん高いハードルになるのでは、と予測していました。
 本自体も分厚いし、「つかみどころがない本、問題作」だという評判も耳にしていたのです。

 読書家たちが、ふとしたきっかけで手にして、夢中になって読み進めるものの、誰もが最後まで読み終えることができない幻の冒険譚『熱帯』をめぐる人間ドラマ……なのですが、読み進めていくうちに、『アラビアンナイト』の話になり、物語のなかに、もうひとつの物語が出てきて、入れ子構造になり……と、かなりトリッキーな展開なのです。
 
 読んでいて、古川日出男さんの『アラビアの夜の種族』を思い出したのですが、正直、『アラビアの夜の種族』のほうが僕にはずっと面白かった。というか、「物語のなかの物語」まで、きちんと計算されている(ように感じられる)『アラビアの夜の種族』に比べると、この『熱帯』は、森見さんが、これまでにない「創造」についての本を書こうとして広げた大風呂敷を畳みきれなくなっていたのを、なんとか強引に終わらせたけれど、風呂敷の中から、いろんなものがはみ出してしまった、という気がするのです。
 その分、「この話、どうやって終わらせるんだ?もう、作者も困っているんじゃないか?」という「危うい興味」もあったのですけど。
 

「柳さんも本を読むときに線を引いたりします?」
「そんなことはほとんどしない。父はよく会話やスピーチで引用をする人だった。そのために日頃からそんなふうに読んでいたのだろう。でも父の蔵書をめくっていて、かつて父が引用した言葉を見つけたときは、なんだかヒヤリとするものだよ。そういう文章がいくつも見つかると、父が僕に語ったことはすべてこの書棚にある本の引用だったんじゃないかと思えてくる。そうすると目の前の書棚こそが父であるということになる。死んだはずの父がまだそこにいて、僕に向かって語りかけてくるわけだよ。懐かしくもあるけれど不気味でもあるな」


 「創造する」とは何か?本当に作者は「創造」しているといえるのか?
 実は過去の作品のパッチワークではないのか。

 ものすごく古典的な「冒険譚」を書こうとしているようで、そこには「物語の骨格」みたいなものを追い求めてもがいている作家の姿も感じられるのです。

 実際、この『熱帯』は、森見さんの心身の不調で一度中断されていた作品なんですよね。
 でも、森見さんはその「書けなくなってしまった状態」をひとまず克服して、中断されていた作品たちを形にしていきました。
 そういう「背景」を考えると、この『熱帯』というのは、作品そのものと、作中の物語、そして、これを書いている作家のプライベートな物語という、三重構造になっている、とも言えます。
 ただ、そんな事情や森見さんへの思い入れが強い人(僕もそうなのですが)が底上げした評価と、ひとつの「小説」として先入観や予備知識なしでこれを読んだ人の評価は、大きく異なるのではないか、とは思うのです。
 背景を知らなければ、「この中途半端でサービス精神のかけらもなく、自己満足なだけの小説は何なの?」というような感想も出てきそうです。
 そして、「これまでたくさんの本を読んできたり、何かを創ろうとしてきた人には響くけれど、そうでない人には、あまりにも投げっぱなし感が強い作品」でもあります。
 書いている側としては、フラフラになりながらも、なんとか転ばない程度に着地できた……という感じだったのかな……

 僕は森見さんのファンなので、「読めてよかった」と思うのですが、「実験作」ですし、かなり人を選ぶ小説です。この長さ、この内容でも、なんとか最後まで読めるものにした森見登美彦すごい!というのは、誉め言葉として、妥当なのだろうか。


ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)

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