琥珀色の戯言

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【読書感想】教育は遺伝に勝てるか? ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

結局「生まれが9割」は否定できない。 でも、遺伝の仕組みを深く理解すれば、「悲観はバカバカしい」と気づくことができる。 遺伝が学力に強く影響することは、もはや周知の事実だが、誤解も多いからだ。 本書は遺伝学の最新知見を平易に紹介し、理想論でも奇麗事でもない「その人にとっての成功」(=自分で稼げる能力を見つけ伸ばす)はいかにして可能かを詳説。 「もって生まれたもの」を最大限活かすための、教育の可能性を探る。


 ネットで「親ガチャ」なんて言葉が使われているのをよく見かけます。
 僕自身は、なんで自分には東大に受かったり、医学部の教授になったり、Googleに就職できたりするような才能が無いんだろう、と嘆く気持ちになることが多い一方で、子どもの頃は「親が医者だから勉強できるよね」と言われるたびに「僕が勉強しているからに決まってるだろ、親の力だけでいい点数取れないよ」と反発していました。

 近代から現代社会では、「優生思想」がナチスの数々の蛮行の理由として使われてしまったこともあり、「人間の能力への遺伝の関与」への言及は避けられてきたのです。

「人間は平等であり、努力次第で、何にでもなれる」

 そうであってもらいたい、という希望とともに、それだと、「あなたが成功できないのは努力が足りないのが原因なのだ」と、すべて「自己責任」になってしまいます。

 著者は、現在わかっている「遺伝の影響」に関するデータを多数この本のなかで紹介しています。

 比較しやすい例として、同じ家庭で育った一卵性双生児と、遺伝的には一卵性の半分しか共有していない二卵性双生児に関する研究が挙げられています。

 著者は、知能と学業成績の一卵性と二卵性の双生児の相関係数と、そこから算出した遺伝、共有環境、非共有環境の割合を示しています。

 知能はIQテストによって測られたもので、2010年にそれまでに発表された論文の1万組を超えるデータを全部まとめて計算され、統計的な信頼度の高いものです。児童期から青年期、そして成人期初期と成長するにつれて、一卵性双生児の相関は上昇するのに対して、二卵性双生児の相関は減少します。そこからこの間に遺伝の影響が41%から55%、そして66%まで上昇しているのがわかります。
 共有環境、つまり親や家庭の影響は、児童期には33%とそれなりにありますが、そのあとは18%、16%と減少します。これは大きくなるにつれて家庭を離れ、自律する機会が増えることで、親の影響が薄れて、本来の遺伝的資質が顕在化してくることを示唆しています。
 学業成績のデータは、日本のものはやや古いのですが、1960年代後半に副島羊吉郎が佐賀県下の双生児(小学生270組、中学生195組)に対して行った学業成績調査によるもので、遺伝の影響は小学生の時が25%から55%であるのに対して、中学生では14%から40%と全体として少なくなり、逆に共有関係の影響が小学生より中学生のときのほうが大きくなります。小学生、中学生ともに、算数・数学や理科のような理数系の遺伝率が低いのも特徴的です。一見、最も地頭の良さが効いてきそうな科目ですが、これらの科目の勉強に力を入れる程度の差が家ごとに、他の科目より大きいことがうかがえます。
 また、アメリカは1970年代、またイギリスは2000年代と時代が異なる研究なので、単純に比較はできませんが、イギリスの方がアメリカより遺伝の影響が大きい傾向があるようです。家庭間の階級差の大きな、だから共有環境の影響がアメリカよりも大きそうなイギリスですが、人種のるつぼといわれる大都会ロンドンに象徴されるように、階級差も実は遺伝的な差が反映されているのかもしれません。そして何にもまして日本は家庭環境の差がしばしば遺伝をしのぐ影響力を示しているかの王政があることは興味深い結果です。


 興味を持たれた方は、この本には詳細なデータが紹介されていますので、参照して観てください。
 一卵性双生児と二卵性双生児を比較してみると、同じ家庭で育てば、遺伝的に共通している一卵性のほうが、より似た傾向を示すのです。

 この本には、実際に一卵性双生児のそれぞれに、お互いの回答がわからないようにして行われた生育歴などの聞き取りが出てくるのですが、学生時代はお互いに興味を持つものが違ったはずなのに、生業として選んだり、大人になって選んだ趣味はよく似たものだった、という事例がたくさんあることに驚かされます。

 僕のイメージでは、一卵性双生児でも幼少時ほど遺伝的な影響が大きくて、成長し、個別の経験を積むにしたがって、別々の道を歩くようになっていくようになるはず、だったのですが、実際は、年を重ねて、自分で好きなことができるようになると、遺伝的な本質、みたいなものが浮き彫りになりやすいようです。

 子どもの学力評定に有意にかかわっていることがわかったのは、次の四つの項目でした。

(1)読み聞かせをしたり読書の機会を与えてあげること
(2)親が子どもに「勉強しなさい」と言わないこと
(3)子どもたちをたたいたりつねったりけったりしないこと
(4)子どもを自分の言いつけ通りに従わせること

 このうち一番子どもの学力に影響を及ぼしていたのは読み聞かせや読書の機会(1)で、その個人差だけで子どもの学力のばらつきの5.1%を説明します。ところがその内訳を遺伝と環境に分けて見てみると、さらに細かいレベルで興味深いことがわかります。
 親が子どもに読み聞かせしようと思っても、子どもがそれを聞こうとしなければ成り立ちません。一方、子どもがいくら読み聞かせをしてほしいと思っても、親の方にその気がなければやはり成り立ちません。さらにふたごのきょうだいは、一卵性であっても個性があり、いつも一緒に同じだけ読み聞かせをしているとは限りませんから、どちらか一方によりたくさん読み聞かせをしている場合もあるでしょう。
 子どもが本の読み聞かせを聞こうとする傾向は遺伝の影響として、親から読み聞かせをする傾向は共有環境の影響として、これらの影響力を、行動遺伝学の分析は統計的な手法によって算出することができるのです。そしてその結果、子どもが親から読み聞かせをしてもらいたいと思う遺伝的傾向の影響力が0.9%、親が子供たちに読み聞かせをするという環境的働きかけの影響力が3.9%、そして特に一人ひとりに個別に読み聞かせをする環境的働きかけの影響力が0.3%強あることが示されました。これは子どもの読み聞かせに対する遺伝的素質いかんにかかわらず、親自身の積極的働きかけによって4%近く、学力を上げる可能性があることを意味します。これはかなり大きな効果があるといえます。


 こういうデータを知ると、「遺伝的な影響は思う以上に大きいけれど、やはり、生育環境の影響も無視できるようなものではない(というか、幼少時や小中高の学校教育レベルでは、かなり影響がある)、ということがわかります。
 そして、「遺伝的な傾向」と「環境的働きかけ」は、現実で起こるさまざまなケースでは入り混じって作用しており、簡単に切り分けられるようなものではない、ということも。


 著者は、「環境が自由になればなるほど、遺伝的な差がはっきり現れる社会になる可能性がある」と述べています。

 え? 社会が自由で平等になれば、人々の差がなくなることになるんじゃないの? いえ、そうではなくて、そのときこそ一人ひとりの遺伝的な素質が自由に表現できるようになり、その結果、そこにあらわれるあらゆる差は、遺伝的な個人差が生み出したものになるというわけです。
 親の収入や職業や住んでいる場所に縛られることなく、子どもたちは自由に自分の好きな学校や職業を選ぶことができる。学校に行きたくなければ行かなくても学歴で差がつくことはない。学びたいことがあれば、いつでもどこでも自由に、さまざまな学習機会にアクセスすることができる。仕事をしたくなければ仕事につかなくとも、ベーシックインカムで、それほどみじめではない生活が誰でも送れる。音楽をやりたければ好きなだけ音楽に打ち込んで自分を表現することができる。スポーツをしたければ好きなだけスポーツをする時間と場所が与えられて、どこまでも上を目指すこともできれば、気持ちの良い程度に楽しむこともできる。
 そんな社会がもし実現したとしたら、そのときこそ、一人ひとりの遺伝的な素質がはっきりと、露骨にあらわれることになる可能性が高いのです。


 人類は、社会の発展に伴って、「教育の機会均等」を目指してきました。少なくとも、平安時代鎌倉時代に比べれば、2023年のほうがずっと「みんなが最低限の教育を受ける機会がある時代」です。
 「生育環境」での差を少なくし、より多くの子どもが、より多くの機会を得られるようにするのが「教育制度」だったはずです。
 その一方で、みんなが本当に同じ教育を受けられる社会が完成すれば、そこでは「遺伝的な個人差」が浮き彫りにされ、「生まれつきの資質」がモノを言うことになるのです。

 「結局、才能がなかったんだね」と答えが出てしまう世界は、果たして「幸せ」なのかどうか?
 僕が、あるいはこれを読んでいる人たちが生きている間に、そんな世界にまで辿り着くのは、難しいのではないかとは思いますが。

 「親ガチャ」「遺伝子ガチャ」があるとしても、そこで諦めてしまう人と、そこから少しでも状況を良くしようとする人だったら、後者のほうがマシな気はするけれど、「それでも頑張ろう」と思えるかどうかも遺伝的な素質、かもしれないし(というか、そういう考え方の傾向には、遺伝的な影響がかなり強いようです)。


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