琥珀色の戯言

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【読書感想】寝てもサメても 深層サメ学 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

サメ研究の最前線で起きている驚天動地のエピソードの数々を徹底公開!
古往今来のサメ々を深く熱く追い続けて見えてきた、計り知れない彼らの生態。

サメの祖先はカラダ中にトゲが生えていた???
サメにとって尾ビレは不便???
共食いする赤ちゃんザメ???

サメに人生を捧げた科学者2人が語る、とっておきのサメ話。


 サメは怖い、というイメージが僕にはあるのですが、その一方で、何か気になる生き物ではあるんですよね。
 自分が襲われるシチュエーションは勘弁してほしいけれど、水族館の水槽の中や、自分が安全な場所なら見ていたい……そんな感じです。
 サメ=ジョーズ、を引きずりつつも、ジンベエザメが悠然と泳いでいるのをみると、「戦争のときに巨大戦艦をつくった人たちの気持ちもわからなくはないなあ……」とも思うのです。
 大きい、というのは、それだけで圧倒的な説得力がありますよね。

 この本、「うっかりサメに人生を捧げてしまった科学者二人」が、最前線のサメ研究について、サメ学の初心者である僕にもわかりやすく語っておられます。

 著者のひとり、佐藤圭一さん(現在は沖縄美ら海水族館統括責任者と沖縄美ら島財団総合研究センターの上席研究員)は、「まえがき」で、こう書いています。

 本書は、これまで多く出版されてきた「サメ図鑑」や「サメのもの知り本」とは異なり、「サメを研究する」という作業に焦点を当てている。私たち自身が研究者として本当に知りたいこと、興味を持っていることに対してどうアプローチしてきたかを、ざっくばらんに綴ったものだ。著者の私(佐藤)は、サメの多様性や解剖学・サメの繁殖学などを中心に、冨田(武昭)さんはサメ類の古生物学や機能生態学などを専門とし、水族館界だけでなく世界の多くの研究者と様々な研究を行ってきた。その経験や知識に基づいて、読者の皆様とは少し異なるユニークな視点からサメを見ていることがわかっていただけると思う。
 ここでは、今現在何が分かっていて何が分からないことなのか、定説にとらわれることなく、できるだけ科学的・客観的に論じることを目指すとともに、それぞれの立場からサメ研究の面白さや今後の展望についても紹介したい。本著によって、サメ研究の深層を知っていただく機会が得られれば、この上ない喜びである。


 この本、サメ好きに豆知識をわかりやすく披露しているというよりは、現在のサメ研究の最前線を専門家が容赦なく語っているんですよね。
 よほどのサメ好きか、「研究、あるいは研究者というもの」に興味がある人向けではあります。
 そもそも、なぜ人はサメに興味を持つのか?
 『ジョーズ』とかで興味を持つまではわかるけれど、研究者たちは、それを生業として、世界のあちこちで珍しい標本を採集しようとしたり、研究者どうしで、サメについて熱く議論を闘わせたりしているんですよね。
 世の中には、いろんなことに興味を持って、研究している人がいる。
 そのおかげで、サメについてわかっていることは、時代とともに更新されているのです。
 近年の研究によって、覆された「定説」も存在しています。
 サメそのものというよりは、「海を舞台に生き物を研究している人間たち」あるいは「研究者という人種」に興味がわいてくる本なんですよ。
 逆に「サメは好きだけど、研究とかには興味はない」という人には、けっこう敷居が高い本かもしれません。

 世の中では、サメといえばジョーズホホジロザメ)というのが定番だ。私もこれまでマスコミの皆さんから様々な取材や質問を受けてきたが、「サメの生態を詳しく教えてもらえますか?」と聞いてくる方々からは、ほぼ全員が「ジョーズのイメージで、若干大袈裟な感じで回答してほしい……」と期待している様子が伝わってくる。勿論、私もサメに詳しくなる前は同じ感覚だった。高校生までを栃木県という海から離れた内陸県で過ごしたせいか、その当時は、サメのことなど全く興味がなく、期待に違わずサメといえばジョーズだと思っていた。こんな人物でも、サメを専門にして生きていけるのだから、サメ≠ジョーズという知識は無くても恥ずかしくない。今の世の中で普通に生きていくうえで、「サメ=ジョーズ」でも、全く支障はないのだ。
 しかし、サメの研究者となった今の立場で申し上げれば、真実を伝えるためにも「サメのスタンダードはジョーズではない」と強調しなければならない。ジョーズで知られるホホジロザメは「極めて特殊なサメ」であり、サメ全体をジョーズで一括りにするのは間違いだ。世界で知られている550種を超えるサメの中で、ホホジロザメのように大型の哺乳類を豪快に捕食するサメはごく少数だ。また、私が知る限り、数mを超える巨体が海面から飛び出すほどの遊泳力を持つサメは、おそらくアオザメやウバザメなどのネズミザメ類、および一部のメジロザメ類以外に存在しない。研究すればするほど、ホホジロザメには他のサメには見られない極めて複雑で緻密な繁殖の方法や、体温を維持する能力など、特殊な能力を持っていることが明らかになってきた。また、ジョーズ同様に近年人気と知名度が急上昇しているジンベエザメも、世界最大のサメであることに加え、プランクトンを食するサメだから、ちょっと普通ではない。トンカチ頭で人気のシュモクザメは、頭の形だけでなく、胎盤を持つサメとして知られており、これまた特別なサメだ。子供たちに人気のミツクリザメなどは、飛び出すあごをもつという突拍子もない特徴がある。このように、世の中に知られている、”人気のあるサメ”たちは、かなり珍しい”少数派”で占められると思ってよい。では一体、サメの標準形というのは、どのようなサメなのだろうか?


 ということで、この後に佐藤さんが考える「サメの標準形について」が語られているのですが、まあ、なかなか「これがスタンダード、とは言い切れない」みたいです。ああ、研究者って、真摯になればなるほど「言い切れない」ものなんだよなあ、と思いながら読んでいました。
 「サメ」と聞いて、僕がイメ―ジするホホジロザメジンベエザメは、サメのなかでもかなり特殊であるにもかかわらず、世間では「サメといえばこれ!」と思い込まれているんですね……
 ちなみに、2020年11月現在、科学的に有効な種として認められているサメは、世界で553種で、佐藤さんが大学院生だった1990年代には、世界のサメは300種と言われていたそうです。
 サメは、この30年くらいで、ものすごい数の「新種」が発見されているのです。
 インターネットで、「新種の情報」が共有されるようになったことが大きい一方で、DNA解析などの研究室でできる仕事の比重が大きくなり、解剖学・形態学などの「個体を観察するフィールドワーク」がやや軽視されてきているそうです。
 そういう傾向は、サメ学だけの話ではないのですけど。

 サメの赤ちゃんが共食いをするという話を聞いたことはあるだろうか? 生まれたばかりの胎仔が兄弟を襲うなどという生やさしい話ではない。ネズミザメ類に属するサメの胎仔は、生まれるまでの間、子宮に同居する兄弟を栄養源にして成長するというのだ。専門的にはエンブリオ・ファジー(胎仔食い)と呼ばれている。にわかには信じがたい話だが、これは様々な媒体で繰り返し書かれ、サメの繁殖の多様さを示す例として広く知られている。


 この「赤ちゃんの共食い」の話、僕も聞いたことがあります。サメという存在への恐怖感に「似合う」エピソードだな、と思っていたのですが、著者はこの話が本当に正しいのか?について、これまでの研究をもとに検討しています。
 「実は、この仮説は、一般に信じられているほど盤石なものではない」
 読んでいると、広い海を動き回っているサメの生態を「検証」することの難しさもわかります。
 
 けっして「子どもにも読みやすい、入門書」ではないのですが、世の中には、こんなふうに、大金が稼げるわけではなく、みんなが興味を持つわけでもなく、自分が生きているあいだに結論が出ないかもしれない「事実」を探し続けている人がけっこういるのです。
 研究者って、すごいよなあ。


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