琥珀色の戯言

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【映画感想】ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ ☆☆☆

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地球外生命体のシンビオートは、ジャーナリストのエディ(トム・ハーディ)に寄生したものの、食欲を制限されてストレスを溜め込んでいた。そんな折、未解決事件を追うエディは、刑務所に収監中の死刑囚クレタス・キャサディ(ウディ・ハレルソン)と再会する。猟奇殺人を繰り返し、死刑執行が迫るクレタスは突然エディの腕にかみつき、彼の血液が普通の人間とは違うことに気づく。


www.venom-movie.jp


2021年16作めの映画館での鑑賞。
観客は20人くらい。週末の夕方からの回(字幕版)を観ました。


 この『レット・ゼア・ビー・カーネイジ』を観る前に、Amazonプライムビデオで、前作の『ヴェノム』を観て「復習」しておいたのです。


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 正直なところ、「これ、続編作る必要、というか、『続編が観たい!』という観客のニーズがそんなにあるのかなあ……」と、前作をもう1回観て、思ったんですよね。
 『ヴェノム』は、けっしてつまらない、悪い映画ではないのですが、マーベルのヒーローものとしてはキャラクターの魅力に欠けるし、ストーリーの深みもない。「なぜそうなるのか?」がわからないシーンも多かった。
 ラストの「最強の敵の倒し方」に関しては、「なるほどそうやれば、こっちが弱くても倒せるな!」と妙に感心してしまったのですが。
 

 それで、今作の『レット・ゼア・ビー・カーネイジ』なのですが、上映時間が100分足らずと短いのと、とりあえず凶暴な連中が暴れているから戦う、というシンプルなストーリーが良いところでもあり、悪いところでもある、という感じです。
 少しだけ奮発して、週末に気分転換できるような映画を観る、という目的には十分応えてくれるクオリティである一方で、「映画館じゃないと味わえないスケール感や『特別な体験』を期待すると物足りない。
 
 前作『ヴェノム』もそうだったのですが、このシリーズは、「敵側」も、なんか意味不明のサイコ野郎なんですよ。
 クレタス・キャサディとそのパートナーは、『俺たちに明日はない』のボニーとクライドをなぞっているようにみえるのですが、僕には彼らの「社会への反逆」に共感できるところがまったくありませんでした。



 いやまあ、正直なところ、1970年代はじめに生まれた僕にとっては、1968年公開の『俺たちに明日はない』とか、『イージー・ライダー』(1969年公開)は、「何が面白いのかよくわからない映画」なんですよ。
 『イージー・ライダー』とか、長時間のフライトのときに飛行機のなかで「教養として観ておくべきではないか」と観ようとしたのですが、3回チャレンジして3回とも30分もしないうちに眠ってしまったくらいです。

 「彼女」の得意技を聞いたときも「ああ、これが決め技になるんだな」という、わかりやすさでしたし、いくらマーベルのヒーロー映画とはいえ、もうちょっと意外性があっても良いのでは……とは思います。
 でもまあ、仲間割れのシークエンスも含めて、「『お約束』を誠実に果たした、最低ラインは下回らない映画」ではありましたし、現代のボニー&クライドの「末路」には、「もう2021年には、そんな反逆の理由や気分に付き合っている余裕は無いんだよ!」と突き放す、「時代の空気の変化」が込められているようにもみえました。

 しかし、シンビオートの生殖システムというのは、どうなっているんだ一体。
 あれで増えるんだったら、『バイオハザード』みたいになるんじゃない?とは思うんですよね。血液感染で、被感染者が生きていることが条件なのだろうか。

 マーベルのヒーローものって、『アベンジャーズ』以外は、まあこんなものだよな、『キャプテン・アメリカ』や『アイアンマン』『スパイダーマン』の一部で気合いが入っているだけで、ということを思い出す作品でした。
 ただ、こういう「ちょっと気分転換に観られる、100分くらいの映画」という選択肢があることは幸せなことではありますし、「テーマ性に縛られないエンターテインメント」は、今の時代にはちょうど良いのかもしれませんね。コロナ禍のリアルライフは「テーマについての議論ばかり」だから。
 もしかしてこれ、『俺たちに明日はない』にトドメを刺すための作品だったのだろうか……


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