琥珀色の戯言

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【読書感想】ゆかいな珍名踏切 ☆☆☆

ゆかいな珍名踏切 (朝日新書)

ゆかいな珍名踏切 (朝日新書)


Kindle版もあります。

ゆかいな珍名踏切 (朝日新書)

ゆかいな珍名踏切 (朝日新書)

内容(「BOOK」データベースより)
踏切には、名前があると知っていますか?踏切で待ちぼうけをしているときには名前が書かれた札を探してみてほしい。本書は踏切の名前に焦点を当てた、(おそらく)日本初の本である。踏切の名前は、つけられた瞬間から時間が止まっているかのように、「昔」の風景をひっそり今に伝えている。個性に満ちた踏切の名前を味わう旅に出かけよう。


 世の中には、いろんなものに興味を持つ人がいるのだなあ、と、あらためて考えながら読みました。
 珍しい、面白い地名とか、変わった道路とか、廃線になった鉄道とか、そのくらいまでは、「僕も何かのきっかけで、ハマっていたかもしれない」と想像はできるのです。
 でも、「珍名踏切」となると、「えっ、踏切に名前があるの?しかも、全部の踏切に?」と、圧倒されてしまいます。

 この本は、そんな「珍名踏切」に魅入られた著者が、日本全国を訪れ、現地の様子や、その命名の理由をまとめたものです。

 車を運転する立場としては「踏切」というのは、急いでいるときにかぎって停められるような気がするし、一時停止にも注意しないといけないしで、厄介な感じがするものではあるんですよ。事故が起こりやすい場所でもあります。

 とはいえ線路を高架化あるいは地下化するのは莫大な時間がかかるし、立体交差せずに踏切を廃止するのも、沿線住民の利便性を損なうので難しい。現状は「やむを得ず当面は目をつぶる」という渋面なスタンスでどうにか認められているわけだが、例外にしては踏切の数はまだまだ多く、高度成長期あたりに比べれば激減したとはいえ、全国の駅の数のざっと3倍以上にあたる3万3098ヵ所(平成30年度)がまだ現役である。
 本書はその踏切に付けられた「名前」に焦点を当てた、おそらく日本で初めての本だ。


 僕は踏切に対しては、「ああ、面倒だな」くらいの印象しか持たずに半世紀近く生きてきたので、「踏切には第一種から第四種までの四種類がある」というのもはじめて知りました。

 この本では、最初に、山陽本線土山駅兵庫県加古郡播磨町)が最寄り駅の「勝負中(しょうぶなか)」という名前の踏切が紹介されています。

 駅から2キロばかり歩いた、旧道が線路を斜めに横切る場所に「勝負下」踏切はある。JR西日本の新しいタイプの踏切名標にはルビが振ってあり、「しょうぶした」とある。あっけなく勝負は終わってしまった……。
 その数百メートル上り方には「勝負中(しょうぶなか)」踏切がある。手前の線路際には「勝負中」の札がかかった縦長のライトが取り付けてあった。これは「特殊信号発光機」で、非常ボタンが押されるとピカピカ点滅して即行で電車の運転士に異常を知らせる。乗務員用でルビがないので「勝負中」は結構迫力がある。万が一これが光っていれば、直ちに電車を停めねばならない真剣勝負となるのだ。

 この本には、その「勝負中」のライトの写真が掲載されているのですが、それを見ると、この経緯を知っていても、一瞬「これは何の勝負をしている最中なのだろうか」と思ってしまいます。
 この踏切のすぐ近くには「勝負公園」という小さな児童公園があって、地名に由来するのではないか、と著者は推測しています。
 ちなみに「勝負沢」とか「勝負田」、「勝負平」など、「勝負」と名がつく地名は全国にけっこうたくさんあるそうです。


 著者のすごいところは、珍名踏切を訪れるだけではなく、その由来について、現地の人に話を聞いたり、役場で調べたりして、できる範囲での調査をしているところなのです。

 長野駅から飯山線で約25分、千曲川に近い上今井駅の少し南端に「パーマ踏切」はある。近くに美容院があるのかと、ネットの地図で最大限に拡大してみたが載っておらず、真相は謎だ。取材の前にはあまりやりたくはないのだが、グーグルのストリートビューも盗み見たところ、それらしき店は見当たらない。やはり現地に行ってみなければ……。

 踏切のすぐ北側のお宅に伺ってみる。1階部分がガレージのようなステージなので、もしやここに美容院があったのかと思って、階段を上がっていきなり訪ねてみた。60代後半とおぼしきおじさんが1人寝転んでテレビを見ている最中にお邪魔してしまったが、パーマ踏切の話をしたら、変な顔もせず実直に答えてくれた。
 ざっと話をまとめれば、20年ほど前までは、もと飯山の人が営んでいたパーマ屋さんが実際にあったという。それじゃあ閉店したのは平成に入ってからですかと問えば、「いや昭和だったから30年以上は前だったかなあ……」。20年前と思って調べてみると30年、40年前だったという経験は私にもある。時の流れはまさに矢の如しである。
 地元に長い人らしく、そのパーマ屋さんが豊野(飯山線の起点)に引っ越して、あちらで美容院をやっているはず、と教えてくれた。さすが昔の地名や施設を今に伝える生き証人としての踏切である。店がなくなって久しい今まで「パーマ」を名乗り続けてくれたおかげで、地域の物語をひとつ引き出すことができた。


 「珍名踏切」が遺っている地域は、田舎が多いということもあり、著者の取材に気さくに答えてくれる人が多いことにも驚きました。都会では、地元の人に声をかけても、無視されたり、避けられたりするのではなかろうか。
 なんだか、珍名踏切の周りでは、時間がゆっくり流れているようにすら思われます。
 そんなゆるやかな空気感が伝わってくるのも、この本の魅力なのです。
 そして、踏切の名前というのは、原則的に変えられることがないらしく、この「パーマ踏切」のように、その地域に昔あった施設や以前の地名などを残しつづけていることも多いようです。

 正直、一冊ずっと「珍名踏切」の話を読んでいるのは、僕にはちょっとキツいところもあったのですが、日本には、まだこんな場所が少なからず残っているということに、なんだかホッとしてしまいました。


ふしぎな国道 (講談社現代新書)

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