琥珀色の戯言

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【読書感想】職業としての地下アイドル ☆☆☆

職業としての地下アイドル (朝日新書)

職業としての地下アイドル (朝日新書)


Kindle版もあります。

職業としての地下アイドル (朝日新書)

職業としての地下アイドル (朝日新書)

内容(「BOOK」データベースより)
「有名になって見返したい」「なんとなくの好奇心」から踏み入れた世界―。承認されたいアイドル平均21.6歳と認知されたいファン平均35.4歳。互いに深く求め合う「欲求」依存。本気でアイドルと結婚したい「ガチ恋ファン」。ライブ会場で発生するホモソーシャル。グラビア→AV、枕営業のリアル…。膨張する地下アイドルシーンの実態。


 上記の「内容」を読むと、けっこうディープかつセンセーショナルなことが書いてあるような印象を受けるのですが、読んでみると、著者のこれまでの体験談と「地下アイドル」やファンたちに、著者が実際に行ったアンケートに基づく意識調査のまとめ、なんですよね。
 ですから、スキャンダラスな話を求めている人や、「やっぱり、気持ち悪い世界なんだな」と確認したい人には物足りないかもしれません。

 
 著者は、自らが「地下アイドル」であるのと同時に「地下アイドルの世界の観察者」であり、「鳥になってしまったバードウォッチャー」のような感じがします。
 
 「地下アイドル」という言葉そのものは、ストーカー事件などの影響で、かなり知られるようになってきましたが(被害に遭った女性は「地下アイドル」ではなかった、というのが著者をはじめとする関係者の見解なのですけど)、じゃあ、地下アイドルの定義って何?と問われて、すぐに答えられるでしょうか?
 僕は子供の頃にマンガで読んだ「地下プロレス」みたいな、いかがわしい雰囲気のなかで、過激なパフォーマンスやファンとの親密な接触を売りにするアイドルだと思っていたのですが、著者は、その定義について、このように書いています。

 1990年代のアイドルたちは、その活動場所によって、地下(ライブハウス)と地上(地上波放送)に明確に区切られていたのです。

 ゼロ年代の後半には、あるふたつのことからアイドル活動を始める女の子が急増し、彼女たちは地下アイドルと呼ばれるようになりました。
 ひとつは、AKB48が社会現象と称されるほどブレイクしたことです。ふたつめに関しては第三章で詳しく後述しますが、同時期にスマートフォンSNSが普及したことにあります。
 このふたるの要因によって、インディーズでアイドル活動をする女の子が膨大に増え、容姿と技術のクオリティに振り幅がでてきたこと、人数の多さから日の目をみるのが難しそうなことを揶揄して、地下アイドルと呼ばれるようになったとも言われています。
 この呼称の発達には諸説ありますが、揶揄の意味が込められていたのはたしかで、長らく地下アイドルは蔑称とされていました。
 現在では私のように地下アイドルを自称する人も増えており、当時より蔑称の度合いは緩和されています。ただし、不本意に思う事務所や女の子もいるため、ライブアイドルや、インディーズアイドルなどと言い換えられてきた歴史があります。


 「地下」とは、文字通りの「地下」というか、ライブハウスでの活動が主なアイドル、という定義のようです。
 あるいは、非地上(派放送)。
 

 ゼロ年代後半から、「地下アイドル」市場が活性化してきた理由として、著者は、こう述べています。

 AKBが国民的アイドルグループになり、地上のアイドルブームも加速すると、ライブハウスが地下アイドルの出演に対して、寛容になっていきました。
 アイドルファンの応援はとても熱心なので、どんな地下アイドルにもその知名度にかかわらずゼロではない集客があるものです。同時にバンドよりもチケットの相場が高いため、知名度がないアイドルだけでもライブイベントが成立することにライブハウス側が気が付いたのです。
 チケットの相場はたとえば、インディーズバンドが1500円でライブをしているとしたら、同じくらいのキャリアと知名度の地下アイドルは、3000円ほどの入場料でライブを開催することができます。
 さらに地下アイドルはカラオケを使用してライブをするため、バンドのように機材チェンジの手間や時間がかからないので、多めに組数を出演させることができます。そのため、1組当たりの集客が少なくても、収益は見込めるのです。
 ライブハウスにとって、地下アイドルのライブ開催がリスクの低い事業であることがわかると、一気に地下アイドルの活動の場は広がりました。
 ライブハウスで歌いだす地下アイドルが無数に増え始めたのです。ちなみに私もゼロ年代の後半である2009年に活動を始めた、無数に増えた地下アイドルのひとりです。


 僕はアイドルにそんなに興味はないのですが、地下アイドルが増えてきたのは、「承認欲求を持て余した女の子の増加」だけではなく、「地下アイドルは商売になる、と認められるようになってきたから」というのが大きいようです。
 そもそも、どこの誰だかわからないような「自称アイドル」みたいな人のステージに、お金を払って来る人がいるのか?と思うのですが、実際は、そういう「業界に慣れていない新人の女の子」が好きなファンというのも少なからず存在しているのです。
 日本には、歴史的にもそういう「未熟なものの未熟さや成長過程を愛でる」という文化があるようだ、と著者は述べています。
 韓国やアメリカのアイドルが、厳しいトレーニングを受け、技術的に「完璧なパフォーマンス」ができる状態で世に出てくるのに比べて、日本のアイドルは「ぎこちなさが武器になる」のです。
 AKBグループが海外でも成功しているところをみると、必ずしも「日本独自の傾向」ではないのかもしれませんが。


 ただ、「未熟さ」「あやうさ」みたいなものを求められるというのは、パフォーマンスを行う側としては、難しい面もあるんですよね。

 しかし、鬱病だと診断されてから今度は、妙なことが増えました。世の中には思考が鈍っている年下の女性を好んだり、利用したりしようとする男性たちが存在していたのです。
 特に私の調子が少しでもよくなると、「前のほうが隙があって好きだった」と言ってくる観客の人がいたのは衝撃でした。私もまだ10代だったので、調子がよくなったのに、前のほうがよいと言われるのは、とても悲しかったです。
 ある時には、雑誌の撮影と言われて遠方まで出かけたら、編集者も誰もいなくて、カメラマンとふたりきりで旅館に誘われたこともありました。
 鬱が悪化すればするほど、周囲の男性たちの思惑は重くのしかかってきました。


 著者が紹介しているアンケート結果をみると、地下アイドルのファン層というのは、30代から50代くらいの比較的経済的に余裕がある男性が多くを占めています。
 メディアでは「危険なオタク」像がクローズアップされがちなのですが、大部分の人は、地下アイドルと「節度のある距離」を保っているのです。
 しかしながら、一部のファンや関係者には、「地下アイドルになるような、承認欲求と不安感に揺れ動いている女の子を利用してやろう」という人も存在しています。
 ただ、こういうのは、芸能界全般もそうだし、一般社会でも「よくある話」ではあるんですよね。
 この本を読んで感じるのは「地下アイドルというのは、そんなに特別な世界ではないんだな」ということなんですよ。
 ギャンブルやアルコールに依存するよりは、よっぽど「健全な趣味」だと感じます。
 それでも、「ちょっと付き合いでやってみただけ」のはずの世界でも、そこで露骨に他者と比較されるというのは、パフォーマーにとってはきついですよね。それは善悪で語るべきではない、ショービジネスで生きる人間の宿命ではあるのだとしても。

 地下アイドルのファンをしていることで生活が充実しているファンの人たちですが、推しからあまりレスがもらえなかったり、冷たくされたりすると、欲求が満たされずに病んでしまうことがあります。
 それと同様に地下アイドルの承認欲求も、原動力でありながら、あまりに満たされないと彼女たちを悩ませます。
 地下アイドルとして人前に立って、誰かに応援されているだけで素晴らしことなのに、なぜ彼女たちは人一倍、承認欲求に捕らわれ続けているのでしょうか。
 現に地下アイドルは、承認欲求が強くて面倒くさそうと揶揄されることがあります。またそれを逆手にとって、自虐するように「#自己顕示欲解放中」というハッシュタグをつけて、自撮り写真をSNSに投稿するのが地下アイドルの間でも流行しました。どうして自分をネタ化してまで……、と思われるのも仕方がないように思います。
 彼女たちの頑ななまでの「有名/人気者になりたい」願望の正体はなんなのか、地下アイドルになってから、ずっと気にかかっていました。どうして、誰かに認められたいのか。なぜそこまで、自分自身を認めることができないのか。
 そして今回、地下アイドルの女の子たちにアンケートを取らせていただいたことで、一般の若者には見られなかった地下アイドルだけの特徴が見つかりました。
 アンケート全体を俯瞰して眺めていたら、一般の若者に比べて、地下アイドルの回答結果が二項目だけ突出して高くなっていたことで、ある仮設に辿り着いたのです。
 そしてその結果は驚くべきことに、私自身にもすっかりと当てはまるものでした。私は自分でも、どうして8年間も地下アイドルを続けているのか、わかっていなかったのです。
 一般の若者と比較して、地下アイドルの回答結果が突出していたのは、「自分の親から愛されていると感じますか?」と、「いじめられたことがありますか?」というふたつの質問でした。
 私はこの結果から得られた仮設が、地下アイドルの女の子たちが承認欲求に捕らわれ、承認欲求を明示的に満たすことのできる地下アイドルの世界に足を踏み入れてきた要因を説明できるのではないかと考えています。


 その結果について、興味がある方は、実際にこの本を手にとってみてください。
 身近な人に愛された幸福と、公の場所で、うまくやっていけなかったという後悔と。
 いろんな意味で、アイドルというのは、「不安定さ」や「脆さ」から逃れられないし、それが「魅力」にもなってしまう。
 「そこまでして、有名になりたい人たちの気持ち」って、結局、他者にはわからないのかもしれませんね……


わたしが地下アイドルをはじめたきっかけと現在地。30分で読めるシリーズ

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