琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

ダブル・スタンダードと「建前」の職業

http://d.hatena.ne.jp/tragedy/20050725/p2

菊間千乃アナウンサーに関しては、僕も確かに「そのくらいのこと、誰だってやっているよな」と思うのです。大学の部活の飲み会とかじゃあ、18、19の「未成年」に普通に飲ませているし。
僕がこの一連の報道を見ていて、以前サイトに「患者の悪口」を書いていて、叩かれまくっていた女性医師のことを思い出しました。
いや、結局みんな、本当は「アナウンサー」とか「医者」なんていうのが「特別な人間」だなんてこれっぽっちも思っておらず、いつもは「普通っぽい感じがいい」なんて言っているにもかかわらず、いざとなったら「神聖な職業なのに!」なんて叩いてみたりするわけで。
実際「夜中に『便秘』で来た人に起こされたら辛い!」とか「急性アルコール中毒、勘弁してくれ…」とか「心に思う」ことそのものは、全然おかしくないような気がするのです。同じ立場だったら、みんなそうなんじゃないの?って。まあ、現実には女子アナというのは医者よりはるかに狭き門であり、高い倫理性が求められているのかもしれませんが。
ただ、マスコミとか医者というのは「建前」を売るのが仕事だったりするんですよね、たぶん。内心とか裏側を見たいという人がいる一方で、本当にそれを見せられたときに抱く感情というのは「不安」だったり「反感」だったり。マスコミはスポンサーやジャニーズ事務所に「遠慮」しながら、「報道の自由」「知る権利」の名の下に、事故の被害者の家族のところに夜中に「取材」に行っているわけで、ひょっとしたら菊間アナへの非難の正体というのは、「女子アナなんて、普通っぽい雰囲気で、会社員なんですって顔しているけど、結局、あっち側(芸能界)の人間じゃないか、嘘つき!」というような、「裏切られた感」なのかもしれないなあ、と思う。希望的観測ってやつかもしれないけど、局アナと芸能人のあいだには、それなりの「一線」があるんじゃないか、と考えていたのは、視聴者側の勝手な幻想だった、と。
実際、女子アナなんて、半分くらいは「オトナモーニング娘。」みたいな感じで入社試験を受けて入ってきているんじゃないかと僕は想像しているんですけどね。

しかしながら、「ダブルスタンダード」というか、「建前」を提示するのって、マスコミの仕事なのかなあ、とかも考えるのですよ。そして、「医者」っていうのも、「建前」を提示しなければならない仕事なのではないか、と。もちろん、「完全原理主義」では、誰もついてこられないんだけどさ。
例えば、某北朝鮮のことだって、僕の心の中には「拉致被害者たちを返してもらいたいけど、そのために経済制裁とかをガンガンやって、テポドンがたくさん降ってきたら嫌だなあ」とかいう気持ちもあるのです。それこそ「プライベート・ライアン」みたいに、「10人返してもらうために、100人死ぬような方法はちょっとなあ…」とか考えてしまう。でも、そこで「現実的に、拉致問題はぼちぼちやるとして、北と仲良くしておこうぜ」みたいな人々に「報道」によって冷水をぶっかけるのが、マスコミの仕事だったりするわけです。彼ら自身だって、どこまで「信じている」かは怪しいと思うのだけれど、それはそれとして、「妥協している世界」に対する「正しい」アンチ・テーゼを提示するのも、マスコミの仕事のひとつなんですよ、きっと。そういう意味では、「普通に隙を見せてしまう人」というのは、あまりそういう仕事に向いていないのかもしれません。基本的には、自分だって酒を飲んでいるのに、他人には「これ以上飲んだら死ぬよ!」とか言っていたりもするわけだし。でも、そういう「建前」こそが、そういう職業の「価値」なのではないかと。今のマスコミには、「建前」すら無くなってきましたが。

まあたぶん、黙って頭を下げていたら、みんな忘れてしまうと思うし、それどころか、近い将来には「菊間アナの武勇伝」にすらなっているような予感もするんだけどね。「波瀾万丈」とかで、フリーになった菊間さんが語っている姿が、目に浮かぶようだ…

アクセスカウンター