琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

「異状死体」と医者と警察のゴーマニズム

http://blog.goo.ne.jp/kous37/e/1823f2517d8165a9c8e1901fa8c60aac

ああ、耳の痛い話です。いや、患者さんの「自己診断」については、僕も「いや、とりあえず診察してみないとわからないから」という気持ちになることは多いです。医者という仕事は、「患者さんが自分で風邪だと言ったから、風邪だと診断しました」なんていうのは、何の言い訳にもならないところがあるので。そして、そういう「自己診断」というのは、かえって先入観になってしまう危険性もあるのです。でも、とりあえず、頭ごなしに「決めるのは自分だ」って言うのは、やっぱりダメですよね。
ところで亡くなられた野口さんの件なのですが、僕は「こんなこと書かれているけど、いくらなんでも司法解剖してるだろ…」と思っていろいろ調べてみたのですが、結局、司法解剖を行った、という明らかな証拠はありませんでした。逆に、やらなかった、という明確な記載もなかったのですが。
僕の経験上、監察医制度のある首都圏はある程度きちんとやっていると思うのですが、田舎になると、警察官も異状死体に対して、「司法解剖は手続きとかも大変だから、先生ここで死亡診断書を書いてくれませんか」的な依頼をされることがけっこう多いのです。いやまあ、明らかな事件性がありそうなものは警察だって司法解剖に送りますが、司法解剖ができる施設というのは、田舎では法医学教室がある大学くらいしかなくて、その法医学教室も人手が足りなかったりもするのです。医者になって法医学を専攻しようという人は、けっして多数派ではありませんから。「自殺企図の既往が何度かあって、縊死した人」であるとか、「朝起きたら息をひきとっていた高齢者」などというのは、「異状死体」であるのはまちがいないわけですが、今の日本の現状というのは、「そのレベルのものまで、全部司法解剖にまわしていては、とても追いつかない」のです。
実際「面倒なことにならないほうがいいなあ」と考えている関係者は多いようなので、よっぽどきちんと法制化して人員を確保しないと、こういう状況はすぐには変わらないと思います。

この野口さんの場合は、現場の状況などがわからないのでなんとも言えない面はあるのですが、たぶん東京で同じことが起こっていたら間違いなく司法解剖されていたでしょうから、そこまで考えて那覇で犯行を行ったのだ、とか深読みすることもできなくはないですね。ただ、自殺だと考えたのには、それなりの根拠もあったはずですから、逆にあまりに陰謀論に引きずられるのもどうか、とは感じますし、そういう疑念を払拭するためにも、司法解剖しておいたほうがよかったのに、とも思います。

…ただ、御遺族のかたがたの気持ちを考えると、「すぐに家にも帰れず、さらに体に傷もついてしまう」わけですから、もし決定的な「自殺の根拠」があるのだとしたら「みんなを納得させるために解剖させろ」と煽り立てるのも、正直どうかな、と僕が感じているのも事実です。

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