琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

第137回芥川賞選評

今号の「文藝春秋」には、受賞作『アサッテの人』全文とともに、芥川賞の選評も掲載されています。
以下、恒例の抄録です(各選考委員の敬称は略させていただきます)。

小川洋子
「私が最も心惹かれたのは、言語の問題が、他人や社会との関わり合いの難しさを描く方向へ向かっていない点だった」

川上弘美
「初めて臨んだ芥川賞候補作6作は、いずれも私にとっては読みごたえがあるものだった。みんな面白かったです。まる。そう言っておしまいにしたいのだけれど、そうはゆかない、そこで仕方なく嫌なヒトになって、あらさがしをこころみた」

池澤夏樹
諏訪哲史さんの『アサッテの人』がおもしろかった。これは哲学的な英雄譚である。主人公は世界に対して言うなれば斜めに立っている。彼はそれが吃音のせいだと思っていたけれど、吃音が治ってから外界への違和感は却って強くなった。苦悩を負って生きる姿勢において彼は英雄である。しかし、周囲から見ないかぎり英雄の像はそこに現れない」

石原慎太郎
「今回の候補作の大方は読者の代表の一人たる私にとっては何とも退屈、あるいは不可解なものでしかなかった」
「大体、作品の表題がいい加減で、内容を集約表現しているとも思えない。自分が苦労?して書いた作品を表象する題名も付けられぬ者にどんな文章が書けるものかと思わざるをえない。曰くに『グレート生活アドベンチャー』、『アウラアウラ』、『わたくし率イン歯ー、または世界』、『オフ・ザ・ベースボール』、『アサッテの人』。いいかげんにしてもらいたい」

高樹のぶ子
「これまでいくつかの新人賞の選考に関わってきて、従来からの小説のかたち(読者とのコミュニケーションの方法)を破壊再構築しようとする作品にも出会ってきたが、それらはことごとく失敗して見えた。初めて成功した作品かもしれない。成功理由は『文章自体を壊さなかったこと』とそれによって授受される『細部のリアリティ、生理感覚』だろう」

村上龍
「今回は全体的に低調で候補作を読むのが辛かった。その中では『主題歌』を比較的面白く読んだ」
「多数の選考委員に支持されて受賞した『アサッテの人』だが、わたしは推さなかった。退屈な小説だったからだ。『アサッテの人』はさまざまな意匠で飾られ彩られているが、装飾を引き剥がすと『コミュニケーション不全』と『生きにくさ』だけが露わになる。わたしはそんなものより『偏愛』にリアリティと切実さを感じる」

黒井千次
諏訪哲史氏の受賞作は、『アサッテの人』と題される小説を書こうとしている<私>の語りによって成り立つ。いささか入り組んだ構成は、しかしそうでもしなければ捉えることの不可能な『アサッテの方角』にあるものを掴む上での必然であったと思われる」

宮本輝
「しかし、松井氏は以前の作品と比べると、地に足がついてきた。人間を見る目に落ち着きが出てきたので、次作を期待している」
柴崎友香氏の『主題歌』は、いつもの柴崎さんの小説であって、それはすでにパターン化しつつある。老婆心ながら、惜しいことだと思う」

山田詠美
「『アウラ アウラ』。<私が鬼よ>とか<明けない夜は決してないのよ、と赤ん坊にささやくと、空にむかって両腕を伸ばし、明けの明星を掌で摑まえる>とか、大仰な言いまわしが多過ぎる。想像妊娠って、そんなに御大層なものなの?」
「『アサッテの人』。選考委員になって以来、初めて候補作を読んで吹き出した。それも何度も。愉快で、馬鹿馬鹿しく、やがて哀しいゲームに身を投じた気持。この受賞が、作者の<アサッテ>になってきれたら、嬉しいな」

 いきなり新しい選考委員のお二人、小川洋子さんと川上弘美さんの選評から掲載されているのですが、小川さんと川上さんが続くと、正直「芥川賞」というより、どこかの新人賞の選評みたいな気がしてしまいます。なんだかとても「全体的に若返った」ような印象。「みんな面白かったです。まる」なんて、川上さんはここでも律儀にちゃんとキャラを遵守してますし。あと、川上さん、選評で『わたくし率イン歯ー』のネタばれをぶちかましていましたが、これを読んだら、もう僕も『わたくし率』を読む気がうせてしまいましたよ、残念残念残念。

 そして、今回も「選評フリーク」を喜ばせてくれたのは、やはり石原慎太郎さんでした。毎回のことながら見事な罵倒芸。でも、この「タイトルへの苦言」には、僕もちょっと納得させられてしまったんですけどね。『グレート生活アドベンチャー』なんて、確かに「読んでみたい」とは思えないタイトルだものなあ。石原さんの場合、中身は全然読んでないのでタイトルにしか言及できないのでは?という疑惑もあるのですけど。
 しかしながら、こんなことを書いている石原さんの小説のタイトルについて考えてみると、『弟』なんていうタイトルが許されるのは、あなたが「石原慎太郎」だからに決まってるだろ!と言いたくもなりますが。

 宮本輝さんもすごいです。ツモ爺がいなくなってしまった影響もあってか、「何様なんだ……」とあきれ果ててしまうような上から目線満載。「人間を見る目に落ち着きが出てきた」なんて、そんなに熱心に松井さんの作品を追いかけているとも思えないのですが。そして柴崎さんに対しては、もう「パターン化してきている」との苦言。ただ、こういうのって確かに「選考する側」にはあるんだろうなあ、とも思います。「またおんなじような作品か……」って。そういう意味では、候補になって1回目か2回目だからこそ獲れた人というのもけっこういるのかもしれませんね。伊坂幸太郎さんとか、同じようなレベルの作品でも「またこんな感じの小説?」とか思われてそう。

 村上龍さんは、今回も「もう『生きにくさ小説』はたくさんだ!」と宣言し、受賞作を「退屈な小説」だと一刀両断しておられます。村上さんは最近ずっと同じことを言われているのに、候補作は変わらず、村上さんのアジテーションの内容も変わりません。うーん、村上龍さんは、もう「芥川賞」の選考委員でいることに飽きてしまっているのかなあ。

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