- 作者: 絲山秋子
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2007/08/11
- メディア: 文庫
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出版社 / 著者からの内容紹介
21歳の夏は一度しか来ない。あたしは逃げ出すことにした。
軽い気持ちの自殺未遂がばれて、入院させられた病院から。
逃げるのに思いつきで顔見知りを誘った。24歳の茶髪で気弱な会社員。
すぐに「帰ろう」と主張する彼を脅してすかして車を出させた。東へ。そして南へ。
__おんぼろ車で九州の田舎町を駆け抜けるふたりの前にひろがった暑い夏の物語。
【亜麻布二十エレは上衣一着に値する。】
ああ、また「ビョーキの話」か、もうこういうの読み飽きたよ……でも、なんのかんの言いながらも、「ビョーキの話」ばっかり本屋で選んで買ってくるのはこの僕自身だしな、うーん……
そんなことを思いつつ読み始めたのですけど、読み進めるうちに、これは「青春小説」であり、「裏九州(該当地域の皆様、すみません)を舞台にした、ロード・ムービー」なのだな、と思えてきました。
少なくとも、絲山秋子さんがいちばん書きたかったのは「病気のこと」じゃないはずです。
今の世の中で、「ぬるく逃亡できる」のって、こういう状況しかないのかもしれないな、というようなことを僕は考えます。
犯罪をおかして逃げ(っていうか、無免許運転って重罪だとは思うけど)、警察に本気で捜索されれば、そんなに何日も逃げおおせるのは難しいでしょうし、普通の男女2人の逃避行では、この物語の「刹那感」は醸し出せません。
まあ、僕がこの小説に感情移入してしまうのが、この小説では、かなりリアルな「方言」が使われていて、僕も昔体験したことがある、「東〜南九州のカルチャーショックを受けるような田舎さと道路事情」が描かれているから、でもあるんですよね。
国道3号線を使っては、この小説の価値は無くなってしまうのですが、それにしてもこれ、 絲山さんはかなり綿密に取材されたか、会社員時代に九州のいろんなところに行かれていたんだなあ、と感心するばかりです。
やっぱり九州では国道3号と10号は別格だ。北九州と鹿児島で円弧を閉じる大動脈なのだ。いつも、熱くて強く鼓動している。
実際は、この小説を読んで僕が感動しているような「九州の田舎の道路事情の描写」なんていうのは、多くの読者にとっては「どうでもいいこと」なんでしょうけどね。
本当に道路をこういう人たちが「暴走」していたら怖いのだけれども、僕はなんだか、彼らが物語のなかで僕の代わりに「逃亡」してくれたような気がしました。
たぶん、彼らには捜索願は出されたのでしょうが、警察も、身内も、真剣に彼らを追跡してはいないはず。
それでも、彼らは「誰かが追ってきている」と信じて、逃げ続けます。
そして僕も、正体がわからないものから、「逃亡」し続けているのです。