琥珀色の戯言

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JAL崩壊 ☆☆☆


JAL崩壊 (文春新書)

JAL崩壊 (文春新書)

内容紹介
ついに「墜落」したJALの現役・OBによる内部告発。8つの労組の実態から居眠りパイロット、スッチー大奥物語まで、思わず絶句!

この時世にこのタイトル、オビには「この本に書かれている内容はすべて事実です」の文字。
これはかなり過激な暴露本なのだろうな、文春新書だし、それなりに内容に信憑性もありそうだと判断して購入。
しかし、読んでみて、かなり驚かされました。
この本のなかで「告発者」たちは、「こうして内部事情を公開することによって、風穴をあけ、JALの旧弊改善を促す」といようなことを述べているのですが、読みながら感じたのは、「結局この『告発者』たちは、パイロットや同僚や地上職員などの『自分より恵まれている(と彼女たちが思っている)人たち』の悪口を並べ立てているだけじゃないのか?」という不快さでした。
そして、読み終えて、僕は決めました。
こんなパイロットや労働組合のワガママも酷いけど、こういう内部での確執が常態化しているような会社の飛行機に乗るのは、極力避けよう、と。
残念ながら、この本には、JALの膿を出すというよりは、読んだ人のJALへの不信感を煽る効果しかなさそうです。

もちろん、パイロットの年収3000万円は「高いなあ」と思うし、パイロットだけが仕事で移動する際にもファーストクラスを利用するというのは、あんまりだとは思うけれども、その一方で、「キャビンアテンダントは、復路に搭乗予定の場合には往路はビジネスクラスに乗れるけれど、往路だけが仕事の場合は、帰りはエコノミー、というような話を読むと、「仕事の前はビジネスになるというだけでも、けっこう優遇されているのでは……」とか思うんですよ。
「告発者」たちは、「パイロットもエコノミーに乗れ!」と言うのですが、僕はそうは思いません。
むしろ、たくさんの乗客の命を預かるパイロットには、ビジネスクラスでゆっくり体調を整えて、フライトに備えていただきたい。

 ロンドン便を例に操縦室内のパイロットの生態を紹介しましょう。
 成田からロンドンまでの飛行時間は約12時間。3人のパイロットが乗務しますが、操縦は2人ですから、1人は常に休憩となります。ということは、12時間の内、8時間操縦席に座り、4時間が「OFF」ということになります。その4時間は何をしても自由時間。新聞、週刊誌を読もうが、トイレに行こうが勝手。もちろん、その間に食事を摂るパイロットもいます。ジャンボの場合、操縦室内にベッドが二床設置されており、交代要員はそこで睡眠などをとります。ちなみに、CAは飛行機の後方二階の「蚕棚」のようなベッドで休憩をとりますが、忙しくて、4時間休めることなどありえません。精々2時間から2時間半でしょうか。そんあ現実を前にして、会社は長距離路線におけるCAの手当(一般の会社でいう残業手当)を大幅に削減しましたが、パイロットのそれを削減したとはいまだに聞きません。
 では、「パイロットは飛行中、操縦をするのか?」。何を禅問答のようなことを言うのかと思われるかもしれませんが、彼らはこの8時間のデューティー(職務)中、常にじっと計器を見つめ、地上と交信をしているわけではありません。極めて「退屈な時間」を過しているのです。なぜなら、高度に発達したコンピューターが彼らの目となり、耳となり、そして頭脳となっているので、通常はむしろ人間が「下手に介在」することがないようにシステム化されています、コンピューターに任せるほうが信頼性が高いと判断することは自然であり、賢い判断です。なにせ、このロンドン便に限らず、全てのヨーロッパ便はシベリア上空を飛行します。人や幽霊が空中を漂っているわけでも、信号があるわけでもなく、後ろから追突される危険もない。しかも、帰路はナイトフライト。外は真っ暗闇。
 で、その結果、デジタルの計器を見ているとつい”うとうと”。本来は決してあってはならないことですが、「日常的風景」かもしれません。

この新書では匿名の告発者からの「パイロットの告発」がいろいろとなされているのですが、「雑誌をコックピットに持ち込んでフライト中に休憩時間でもないのに読んでいる」とかいうのは、「そう言いたい気持ちはわからないでもないけど、じゃあ、国際線のパイロットは何時間も、コックピットで身じろぎもせずに空と雲と計器をにらんでじっとしていなければならないの?」と言い返したくもなるのです。
医療業界でも「医者のくせに、当直中に寝たり、テレビを観たりしている医者がいる!あんなに高給をもらっているのにおかしい!」なんて「告発」をする人がいるのですが、実際のところ、僕たちは朝からずっと働いていて、そのまま当直に突入しているわけで、そんなコンディションで不眠不休で病棟でモニターを見つめたり、当直室で勉強をしていなければならないというのは、あまりに無茶苦茶な話です。そんな状況では、かえっていざというときに消耗しきっていて動けない。
そもそも、「全く眠れない夜」だって珍しくないし、いつ呼ばれるかわからない状況にいるつらさは、なかなかわかってもらえません。そもそも、当直中なんて、仮に呼ばれなかったとしても、そんなに熟睡できるものではありません。
にもかかわらず、「運よく眠れた夜」のことを大々的にとりあげて「働かなくてもお金をもらえるなんて、いい御身分ですね」とか言うのは、やっぱりおかしいと思う。
自動操縦では離陸・着陸やトラブル時の対応にまだまだ不安があるから、飛行機にはパイロットが乗っているという事実を忘れてはいけないはず。
CAの過酷な労働環境を訴えるのに、なんでパイロットを貶める必要があるのでしょうか。

多くの人は、一睡もせずに運転をするタクシーの運転手がいたら、「そんなコンディションで乗務させるな!」と怒るでしょう。
でも、一睡もしていない医者に「そんなコンディションで診療したり、当直したりさせるな!」とは言ってくれない。

いや、たしかにJALの場合は、「やりすぎ」の面はあったのでしょう。
しかしながら、この新書の「告発」は、パイロットやキャビンアテンダントのような専門職のキツさや責任の重さは全く無視して、「給料が高い」とか「態度が悪い」とかいうような「悪口」ばかり。
この本、たぶんJALのスタッフが直接書いたものではなくて、彼らに取材したライターがまとめたものだと思うのですが、このイヤミたっぷりの口調は、この本の価値と信憑性とJALへのイメージを下げる効果しかなさそうです。
自分の会社のスタッフの仕事に敬意を持てないような会社の飛行機に乗るのは怖いよ、そりゃ。

「どんなときでも会社の悪口を言うな」っていうのはおかしいけど、こんな「告発」を匿名でして快哉を叫んでいる人たちが存在するだけで、JALの改革は「日暮れて、道遠し」だなあ、と感じずにはいられません。
たぶん、医者というのも、こうして看護師や患者さんたちから、陰でいろいろ言われているんだろうと想像すると、悲しくなってきます。
そして、こういう本での「告発」を読んで、「そうだそうだ、パイロットなんてたいした仕事じゃないんだから、給料下げろ!」とか「共感」している人も、けっこういるのでしょうね。

イギリスのサッチャー元首相に、こんな言葉があります。

「金持ちを貧乏人にしたからといって、貧乏人が金持ちになる訳ではない」

みんなが金持ちになるか、もう少し分配率を変える方向にもっていけばいいはずなのに、「パイロットの給料は高すぎると世論を盛り上げましょう!」なんて訴える発想が、とにかく下世話。
こういう「わかりやすくて、偏っていて、とにかく偉そうにしているようにみえる人たちを叩く内容」のほうが、真面目にJALに提言しようとする本より売れることが予測されるのも、悲しいことではありますね。

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