琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

僕の身近な「放射線」の話

東京都の浄水場で乳児向けの暫定規制値を超えた放射性物質が検出されたため、首都圏ではペットボトルの水が軒並み売り切れ、「水の買い占め」が問題になっていた。
僕が住んでいる九州は、いまのところ、そんな問題には無縁だと思っていたら、夕方のニュースで「県内でも水を買い求める人が列をつくっていた」とのことで、昨日妻も「ドラッグストアで水が飛ぶように売れていき、『おひとりさまペットボトル2本まで』という貼り紙があった」と言っていた。
僕はその話を聞いて、「さすがにこっちの水は大丈夫だろ、神経質になりすぎ」だと思ったのだけれども、夜のニュースでインタビューに答えていた人たちは「首都圏に住んでいる知り合いから、水を送ってほしいと頼まれた」と答えていたので、並んでいたすべての人が「地元の水も危険だと判断している」わけではないようなのだが。


あと、今日のお昼、同僚が「2人の患者さんにCT検査を勧めたのだが、『被ばくするから』という理由で断られた。病気を見逃すリスクのほうが怖いって、さんざん説明したんだけど」と嘆いていた。
普段は、あまり必要性がなさそうと判断し、被ばくのリスクを説明しても、「病気が心配だから、絶対にCT撮ってくれ」という人のほうが多いくらいなのに。
実際のところ、CT撮影でさらされる放射線が、少なくとも短期的に直接的に人体に影響することはないと考えられるし、長期的には発がんのリスクを指摘した論文もあるのだけれど、それが本当に「正しい評価」なのかはなんとも言えない。もちろん、「放射線にさらされないに越したことはない」のだが、レントゲンやCTは「検診で年に1〜2回、あるいは病気が積極的に疑われる人」にしかやらない検査なので、人道的にも「放射線の影響を比較するために、検査をしなかったグループ」を設定して比較することはできないのだ。

ちなみに、医者の世界には、「放射線を使用する検査」というのは少なからずあって、放射線を使用する科では、被ばく線量を測定するバッチをつけて業務にあたっている。
僕もそのうちのひとりなのだが、まあ、いまのところ、基準値をこえた線量をあびたことはない。
もちろん、放射線をさえぎるプロテクターをつけて仕事をしているし、定期的に健康診断も受けている。
僕よりももっと多くの放射線関係の業務に従事している放射線科の医師たちについても、被ばく量が多いから、業務停止になった、という話は、いまのところ聞いたことがない。


少し前に、ある既婚の女性医師から、こんな話を聞いた。
彼女は内科医なのだが、検査や処置の中には、放射線を使用するものが少なからずある。
彼女はプロテクターをつけて普通に仕事をしていたのだが、ある年に配属されてきた若い結婚したばかりの女性医師が、こんなふうに言ったのだという。
「私はまだ妊娠していないけど、子どもができるかもしれないから、放射線にさらされるような透視室(レントゲン撮影をする部屋)での検査や処置はできません」
いやまあ、彼女の気持ちは、わからなくはないのだ。避けられるリスクは避けるにこしたことはない。
いくら被ばく量をカウントしているとはいえ、慣例的に、妊娠が判明すれば、透視室のなかでの業務は「やらないほうがいいよ」ということになっている。
でも、「まだ妊娠していないけど、これからするかもしれないから」という理由は、周囲の医師たちを困惑させた。
彼女の患者さんの放射線を使用した検査や処置は、当然、誰かが代わりにやらなければならないし、忙しいその病院では、ただでさえそれぞれの医者はオーバーワークになっているのだ。
そして、僕の知り合いの女性医師は、その後も、放射線に関する業務を黙々と続けた。
彼女も結婚していて、子どもを持つことを希望していたのだけれど。
いくらなんでも、ただでさえ余裕が無いなか、二人も放射線に関する業務から外れるわけにはいかなかったから。


彼女も、他の男性医師たちも「何も言えなかった」そうだ。
「それが仕事なんだから、制限値以内の業務はこなすように」と説得する人もいなかった。
もし「基準値以内」でも、その若い女性医師が妊娠して、母体や胎児に「何か」が起これば、それは「絶対に関係ない」とは言い切れないし、そんなことになれば、後味が悪いこと極まりない。
いや、考えてみれば、男性だから被ばくしてもいい、ということもないとは思うのだが。
もちろん、妊娠している女性や乳幼児よりも、「耐性」は高いのだとしても。


僕の知り合いの女性医師と、この若い女性医師のどちらが「正しい」のかは、僕にはわからない。
僕がこの若い女性医師の夫であれば、彼女に「用心」をすすめるかもしれないし、同僚であれば「『妊娠するかもしれない』っていう段階で、みんなに負担をかけるなんて」と嘆くかもしれない。


放射線は目に見えないし、その「影響」についても、「一度に大量に被爆した際の危険」はわかっていても、長期的にみて、「このくらいなら絶対に安全」という量はわかっていないし、調べようがない。
ただ、いまのところ医療の世界では、「放射線」を使用しなければならない場面は多いし、自然界にだって、もともと放射線はゼロではないのだ。


結局のところ、ある程度のリスクは受けいれながら、生きていくしかないのだろう。「恩恵」だって受けているのだし。
もちろんそれは、福島や東京や妊娠の可能性がある女性だけの話ではなくて。

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