琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

【読書感想】サラダ好きのライオン ☆☆☆☆


サラダ好きのライオン 村上ラヂオ3

サラダ好きのライオン 村上ラヂオ3

内容紹介
男がオムレツを作るとき、どんな風景がいちばんふさわしいでしょう?
おたくの猫には、音楽の好き嫌いがあると思いますか?
村上春樹さんは占い師として、はたして大成したでしょうか?etc.
最新のムラカミ情報満載! の「村上ラヂオ」第三作。
雑誌アンアン連載中は、“猿もカモシカも狸も、わざわざ山を下りて「アンアン」を毎週買いに来た"というほどの人気ぶり、とか。
くれぐれも読み逃しのないよう、よろしくおねがいします。

もしあなたが村上春樹好きで、これまでの村上さんのエッセイも好みならば、この『サラダ好きのライオン』も十分楽しめると思います。
でも、「あんまり村上春樹は好きじゃない」という人が、「このエッセイを読んで、イメージが変わった!」というような内容ではないのも事実です。
まあ、「ファンにとっては、読んで損なし」であることは間違いないでしょう。
さらりと、有名作家の面白いエピソードや、村上作品に関する思い出なんていうのも書かれていますし。

 アーネスト・ヘミングウェイはあるところで、こう書いている。「人が真の男になるためには、四つのことを成し遂げなければならない。木を植える、闘牛をする、本を書く、そして息子をつくることだ」。

いかにもヘミングウェイらしいといえばらしい言葉ですし、今の世の中で「闘牛をする」っていうのはなかなか難しいとは思うのですが、これはまあ、「何か肉体を鍛えて強いものに立ち向かう」ってことで代用するとしても、「真の男になる」っていうのは、なかなか大変だと思います。
で、この回で村上さんは、東北の牧場を訪ねたときに、「なぜ危険なのに雄牛の角を切らないのか?」という疑問を抱き、それを牧場の人にぶつけてみた、という話をされています。
こういう、「えっ?」と思うような話に着地させてしまうのが、村上さんのエッセイの特徴なんですよね。
そのほかにも、「なぜマラソンのルーツになったアテネの伝令は、馬を使わずに自分の足で走ったのか?」なんていう、「みんなが疑問に思いそうで、意外と思わないこと」へのこだわりが書かれていたりもします。


村上さんが「カード占いを研究し、周囲の人からよく当たると評判になった、若いころのこと」というのも書かれています。

 でも今になって考えてみれば、僕がやっていたのは占いというよりは、ただの人間観察だったんですね。いちおう目の前に儀式的にカードは並べているものの、それはあくまでとりあえずの道具に過ぎない。僕は息を凝らし、感覚を研ぎ澄ませ、相手がどのような人間で、何をどう感じ、考えているのかを、言葉や仕草から読み取り、その質や手触りを細かく吟味し、そこから相手の人間のあり方を判断する。そうやっていれば相手に姉妹がいたり、二人の男性とつきあっていたりするくらいのことは、なんとなく気配として見えてくる。

のだそうです。
職業的占い師がどのように占っているのか僕にはわかりませんが、小説家というのは、こういうことができる人たちなんですね。
すごい「観察眼」だなあ。
でも、本当に「二人の男性とつきあっていること」が、「気配としてわかる」のだろうか……
人間の気配とか雰囲気でわかることって、僕が考えているより、はるかにたくさんあるのかもしれないなあ。


とくに印象的だったのは、この話でした。

ねじまき鳥クロニクル』という長編小説の中で、モンゴル人に生きたまま皮を剥がれて殺される日本人将校の話を書いたことがある。そのシーンをどこまでも克明に描写した。そういうのは、僕自身にとってもすごく不快だったし、息苦しかったし、書きながら自分で実際にその痛み(に近いもの)をひりひりと肌に感じるくらいだった。
 この作品は多くの外国語に訳されたけれど、それぞれの翻訳者から僕のもとに苦情の手紙が寄せられた。「村上さん、私はこの部分を翻訳したおかげで、それから何日もいやな夢を見ました」とか。
 申し訳ないなと僕も思う。でもしょうがないんですよね。そういう描写が物語的に必要だから書いているのであって、こっちとしても決して好きでやってるわけじゃない。

あの「皮剥ぎボリス」の話、僕もあまりにも気持ち悪くて、ずっと忘れられないのですが、世界中の翻訳者にも、同じように悪夢をみせていたのですね。
ワールドワイドに不快なイメージを植え付ける描写というのは、けっこうすごい。
それにしても、「不快さや痛み」が伝わる言葉に「翻訳」するというのは、かなりつらいことのように思われます。
「ここはキツイから、読み飛ばそう」ってわけにはいかないものね、翻訳をするひとは。


『アンアン』での連載はもう終了しているので(たぶんまた長編の執筆をはじめられるのではないでしょうか)、これでしばらく村上さんのエッセイの新作は読めなくなりそうです。
とりあえず、ファンの人はどうぞ……って書かなくても、もう読んでるよね、きっと。

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