琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

舟を編む ☆☆☆☆



あらすじ: 玄武書房に勤務する馬締光也(松田龍平)は職場の営業部では変人扱いされていたが、言葉に対する並外れた感性を見込まれ辞書編集部に配属される。新しい辞書「大渡海」の編さんに従事するのは、現代語に強いチャラ男・西岡正志(オダギリジョー)など個性の強いメンツばかり。仲間と共に20数万語に及ぶ言葉の海と格闘するある日、馬締は下宿の大家の孫娘・林香具矢(宮崎あおい)に一目ぼれし……。

参考リンク:映画『舟を編む』公式サイト


2013年9本目。
火曜日のレイトショーで鑑賞。
観客は10人くらい。男性8割、女性2割でした。

 「右」という言葉を、説明できるかい?

僕はけっこう「言葉」に興味があると自分では思っていたのですが、この映画を観て、「言葉を仕事にしている人たち」の凄まじさに圧倒されてしまいました。
辞書制作にかかる期間は、なんと10年以上。
映画のなかでは、三省堂の辞書に「28年」かかったものがあると言及されていました。
それって、辞書一冊つくるための人生に、なっちゃうよねえ……
考えてみれば、大部分の人の人生と「辞書一冊」を天秤にかけると、後者のほうが「軽い」なんてことはないんですけどね。


それでも、ひたすら言葉を集めて、意味を考えて、用例をつくって、校正していくことの繰り返しというのは、よほど言葉に対する敬意と熱意がなければできる仕事ではないはずです。
それこそ、「自分が生きているあいだに、完成した辞書が見られるかどうかはわからない」し、「完成した瞬間に、改訂作業がはじまる」仕事なのに。


ちなみに僕は原作既読なのですが、この映画を観終えての感想をひとことでまとめると「地味だけど『地味な人間の生きかた』について考えさせられる佳作」でした。
僕がふだん使っている「辞書」って、こんなふうにつくられていたんだな、と。
人間にとって最も重要なアビリティのひとつである「言葉」の意味を定義していった人たちの名前を、僕は全く知りません。
辞書も「監修者」は、大きく名前が出ているけれど、これだけの仕事をしてきた「編集者」たちは、まさに「歴史に埋もれていく」だけです。
それでも、彼らは「舟を編む」。
人間の営みって、実際は、こういう「地味だけれど、みんなのため、あるいは未来のために必要なこと」をやってきた人たちによって支えられてきたのです。
もちろんそれは、辞書制作だけの話じゃなくて。


原作の分量を2時間10分くらいにまとめるとなると、どうしても駆け足というか「原作をコンパクトにまとめたような話」になってしまうんですよね。
舟を編む』の原作は、辞書づくりについての薀蓄に溢れた小説で、細々とした薀蓄そのものが大きな魅力になっています。
しかしながら、映画では、そういう小さなエピソードを全部拾ってしまっては、2時間におさまらない。
そんな制約のなか、監督はうまい「寸止め」によって、観客の想像力に預ける場面は預けて、この映画を作り上げたのです。
「手堅い人間ドラマ」である一方で、「原作では、辞書をつくっていた人たちのこだわりのエピソードが、もっと描かれていたのに!」という物足りなさがあったのも事実です。
この映画を「面白い」と思った人は、ぜひ原作のほうも読んでみていただきたい。


松田龍平さんは上手いですね本当に。
宮崎あおいさんは、相変わらず宮崎さんなのですが、この映画に関しては、宮崎さんよりオダギリジョーさんのほうが印象的でした。
「言葉にこだわる内向的な編集者」だけでは、どんなに彼の能力が高くても、辞書は完成しない。
どんなに現場の「熱意」があっても、執筆依頼や販促などの対外交渉をマネージメントできる人がいなければ、たくさんの人に使ってもらう「製品」としてはうまくいかないのです。
ある意味、「もっともその仕事に向いていなさそうな人」こそが、辞書制作と世の中の折り合いをつけていくためのキーパーソンになったりするんですよね。
原作よりも「恋愛シークエンス」を短くしたのは、作品としては正解だったと思います。
ただ、香具矢が「単なる貞淑な妻」みたいになってしまったのは、ちょっともったいないような。
「辞書づくりに没頭して、周囲が見えなくなる夫」に対する葛藤が全くうかがえないというのは違和感もあるのです。


正直、「見せ場らしい見せ場」があるわけでもなく、辞書がつくられる過程を淡々と描いているだけの映画なんですよ。
(まあ、だからこそ「恋愛シーン」を入れざるをえなかったのかもしれませんけど)
にもかかわらず、最後、僕はちょっと泣いてしまいました。
あれ、こんな感動するような場面は無い、はずなのに……
「地味」でも「仕事漬け」でも「社畜」(と言ってよいのかはさておき)でも、自分のやるべきことを一生懸命にやっている人の姿というのは神々しい。
そして、どんな人間も、何かをやり残して、この世界を去らなければならない。
ただ、それは生きている人間の「宿命」みたいなものであって、残された側がそれをちゃんと受け継いでいけば、「心残り」ではないんですよね、たぶん。
それに縛られて、残された人が苦しむことなんて、途中で退場した人も望まないだろうし。
僕だって、何かをやり残して死ぬはずだから、ちゃんと覚えておかなくては。


派手なアクションシーンがあるわけでもなく、大画面・大音響で観るメリットは少ないので、映画館でぜひ!という作品ではありません。
でも、こんな春の夜、なんとなく家で過ごしたくない時間があれば、映画館で観ても損はしないと思います。
辞書だけじゃなくて、身の周りの「あるのが当たり前だと思い込んでいたもの」が、なんだかちょっと輝いてみえる、そんな映画です。



舟を編む

舟を編む

参考リンク:【読書感想】『舟を編む』(琥珀色の戯言)

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