琥珀色の戯言

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【読書感想】ぼくらの仮説が世界をつくる ☆☆☆☆


ぼくらの仮説が世界をつくる

ぼくらの仮説が世界をつくる


Kindle版もあります。

内容紹介
糸井重里さん推薦】
「これは、ここからを生きる人の『ぼうけんの書』だ」


1600万部超! 『宇宙兄弟
600万部超! 『ドラゴン桜
を大ヒットに育て上げた編集者であり、
作家エージェント会社「コルク」を起業した、
いま注目度ナンバーワンの編集者/経営者、初の著書!


 佐渡島さんは、講談社の敏腕編集者でした。
 大きな出版社で将来を嘱望されており、「自分がやりたいことをやるためには、講談社という大きな器のなかで改革を行なったほうが良いんじゃないか」と周囲に反対されながらも、会社を辞め、作家と読者をつなぐ「エージェント」の仕事をする会社、「コルク」を立ち上げたのです。
 

「何かを成し遂げるためには、仮説・検証が重要だ」とよく言われます。しかし、日常的にそれを実行するクセが付いている人は、どれほどいるでしょうか。
 出版の現場で、仮説・検証が実行されているところを、あまり見たことがありません。
 作品が思うように売れなくても「作家も編集者も営業もがんばったのに、残念だったね。さあ、次の作品でがんばろう」という場合がほとんです。ヒット作は、いつも「予想外」なものばかり……。
 ヒット作は狙って作れないのでしょうか?
 僕はこの「仮説・検証」という作業をかなり意識してやってきました。それも、数年かかるような大きな範囲のことから、今日から始められるような小さなことまで。思いつくことは、つねに仮説・検証というフレームワークの中で思考してきました。
 そのことである程度、「ヒットを生み出す」ことができるようになったのではないかと思っています。


 いつも念頭に置いているのは「仮説を先に立てる」ということです。
「仮説を先に立てる」だなんて、当たり前のことだと思うでしょう。でも、実際は、そうではないのです。ほとんどの場合、「情報を先に見て」、それから仮説を立ててしまう。ぼくも少し気を抜くと、そのような思考に陥ってしまいます。


 「情報を先に見る」「分析する」のが、当たり前なんじゃない?
 僕はそう思っていたのですが、それだと「前例通り」の発想しかできなくなる、と佐渡島さんは考えているのです。


 佐渡島さんは担当していた『宇宙兄弟』をヒットさせるために、こんな「仕掛け」をしました。
「女性読者が増えると、『宇宙兄弟』がヒットし始める」という仮説をもとに、「女性のみ」をターゲットにしたプロモーションを考えたのです。
 

「女性は何が好きだろう?」「日常どういうふうに行動しているだろう?」「どんな場所で本を手に取るだろう?」「見る映画をどうやって決めているんだろう?」……そんなふうにひたすら考えました。
 そして「女性がよく行くところで、影響力がある場所はどこだろう?」と考えていたときに、ふと「美容室だ!」と思い浮かんだのです。
 そこで早速、なじみの美容師さんに「この美容室には一日何人くらいお客さんが来るんですか?」と聞いてみました。すると「うちの店は椅子が6つあって、だいたい1日に3回転するから……18人くらいですかね」という返事でした。
 人が髪を切るのは1〜2ヵ月に一回くらいで、それくらいの規模の店舗でも、だいたい1000〜2000人くらい定期的に訪れるお客さんがいるとわかりました。
 さらに「お客さんとはどんなことを話しているんですか?」と聞くと「最近おすすめの音楽とか映画とか本とかの話はよくしますね」と言うのです。「これだ!」と思いました。
 フェイスブックツイッターを見ていても「この人センスいいな」と普段から思っている人が勧める本や映画なら見たくなるでしょう。それと同じで、美容室に行く人で「自分の行っている美容室はダサい」と思っている人はいないはずです。自分が「オシャレな人」と認める美容師さんから、「このマンガおもしろいよ」と勧められたら、きっと読んでくれるだろうと考えたのです。
 こうして「女性読者を増やすためには美容室から火をつける」という具合にぼくの「仮説」は補強されて、実行に移しました。
 では現実的に、何店舗くらいに『宇宙兄弟』を送れるだろうか? 計算してみたら、たった20万円くらいの予算で、美容室400店に、2冊ずつ郵送できることがわかりました。


 佐渡島さんは、「これは自分が5年間かけて育てた新人のマンガです。ぜひ読んでみてください、そして気にいっていただければ、お客さまにこのマンガのことを話していただけませんか?」という手紙をつけて、『宇宙兄弟』の1・2巻を首都圏の美容室に送ったそうです。


 『宇宙兄弟』の大ヒットが、この「美容室作戦」のみでもたらされたものかどうかはわかりません。
 これ以外にも、さまざまなプロモーションがあり、ネットでの口コミも影響したかもしれません。
 でも、結果的に『宇宙兄弟』は大ヒットしましたから、佐渡島さんの「仮説」は正しかったということになります。
 佐渡島さんは、ネット時代だからこそ、スパムメールのばらまきのような方法ではなく、「作家と読者の距離を縮める」ことや、ひとりひとりのターゲットに、心をこめたメッセージをおくっているのです。

 今では、ツイッターフェイスブック、LINE、インスタグラム、メルマガ、サイト……。これらすべてをコルクで運営し、毎日、さまざまな形で読者に情報を伝えています。
 小山宙哉さんのサイトで、『宇宙兄弟』にまつわる商品の販売も始めました。作中の人物がつけているヘアピンを制作して発売したところ、1500人もの人が購入してくださったのです。
 読者との接点を増やそうと試行錯誤する中で、いろんな変化が起こりました。
 本だけを売っているときはファンの方々の顔は見えてこなかったのですが、サイトで直接買ってくださるファンの方は、ぼくたちスタッフも、どんな連絡をくれた人かを覚えていて、名前やアカウント名を把握できるようになったのです。
 多くの人は、アナログが温かくて、デジタルが冷たいと考えがちですが、実際はその逆だったのです。デジタルの中で、人間的な付き合いが生まれるようになってきていて、その関係性がすごくおもしろい。そう感じているところです。


 ネット時代には作者から読者に直接作品を届ければ良いのだから、編集者は不要なのでは?という問いに対して、佐渡島さんは、こう答えておられます。

 しかしぼくは、インターネット時代こそ、編集者が必要だと考えています。
 ぼくが言う「編集者」とは、ただ作家から原稿をもらってそれを印刷所に渡すだけの狭い意味でも編集者のことを指してはいません。
 本来、編集者というのは、そのコンテンツをいかにして読者に届けるかを徹底して考え実行するプロデューサーであるべきです。
 コンテンツの中身だけを編集するのではなく、どうやってその作家のことを世界に知らしめるかということを「プロデュース」しなければならない。そして、コンテンツという商品をいかに読者に届け、マネタイズしていくかを考えなければいけないのです。

 「創作する能力」のと「それをうまく売る能力」を併せ持っている人は、そんなにいない。
 佐渡島さんが定義する「編集者」は、これまで編集者と名乗っていた人々よりも、多様な仕事を求められることになるのです。


 僕がこの本を読んで、いちばん印象的だったのは、佐渡島さんの行動力と「失敗をおそれずに、自分の仮説を実行してみる姿勢」だったのです。
 身の回りでも、ネット上でも、大きな「起業」みたいな話じゃなくても、ちょっと人と違うことをしようとすると「そんな無謀なこと、やめておきなよ」「そんなの無理にきまってるよ」と多くの人がアドバイスをしてくれます。
 実際に、うまくいかないことのほうが、多いと思う。
 でも、佐渡島さんは、「せっかくこうして生きているのだから、自分の仮説を証明するために、とりあえずやってみたほうが面白い」という姿勢を貫いているのです。
 もちろん、失敗することだってあるでしょう。
 それでも、失敗によって、学べることは大きい。


「日本のロケットの父」と呼ばれる、糸川英夫さんに、こんなエピソードがあります。

 糸川さんは、うまくいかなかった事は「失敗」じゃなくて、「成果」なんだと常に言っていた。


 「失敗するくらいなら、何もしないほうがいい」とは、佐渡島さんは考えない。
 「失敗をおそれて何もしなければ、成功することなんてできない」のだよなあ。
 能力はあるのに、失敗すること、恥をかくことをおそれて、何もできなくなった人を僕も大勢みてきました。
 むしろ、子どもの頃から「優秀である」と言われていた人ほど、そういう傾向が強いかもしれない。
 僕自身にも(優秀じゃないですが)、そういう「失敗をおそれて、チャレンジしなくなっている」ところがあります。

 アランの『幸福論』の中で、共感した言葉があります。
「悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである。気分にまかせて生きている人はみんな、悲しみにとらわれる。否、それだけではすまない。やがていらだち、怒り出す。ほんとうを言えば、上機嫌など存在しないのだ。気分というのは、正確に言えば、いつも悪いものなのだ。だから、幸福とはすべて、意志と自己克服とによるものである」
 世間がいいと思っているものを手に入れても幸福は手に入りません。世間がもっとも信頼しているもの、つまり「お金」も、幸福への近道ではありません。
 人生で最大のリスクとは何か? お金を失うことでしょうか?
 ぼくは「死ぬときに『自分の人生は間違いだった』と思うような生き方をしてしまう」ことが最大のリスクだと考えます。ぼくは自分の人生を投資し、自分が楽しいと思うことに時間を費やしたいのです。


 佐渡島さんにとっては、己の人生そのものが「仮説を証明していくプロセス」なのでしょう。
 こんな天才の真似なんて、そう簡単にできるものじゃない。
 でも、「やってみる」ことは、誰だって本気でやればできるはず。
 「死ぬときになって後悔する」っていうのは、ものすごく怖いというか、つらいだろうし。

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