琥珀色の戯言

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【読書感想】名画で読み解く イギリス王家12の物語 ☆☆☆☆

名画で読み解く イギリス王家12の物語 (光文社新書)

名画で読み解く イギリス王家12の物語 (光文社新書)


Kindle版もあります。

内容紹介
たった9日間の王女ジェーン・グレイ
邪魔者を力ずくで排除し続けたヘンリー八世
生涯独身を貫いたエリザベス一世


「名画」を読み解けば、歴史も、絵画も、人間もわかる。
累計17万部突破のベストセラーシリーズ、最新作!


王家が転変する度に途轍もない人物が生まれ、ドラマが生まれるのが英国史の面白さといえる。また大国でいまだ王室を戴いているのはイギリスだけというのも興味が尽きない。
本書では、イギリス王室の三王朝、イングランド人によるテューダー家、スコットランド人によるステュアート家、ドイツ人によるハノーヴァ家とその変名の王家について、それぞれ名画にからめた歴史物語を繙いてゆきたい。


 中野京子さんの名画シリーズも、かなりたくさんの本が出ていて、これはもう読んだやつではないか、と確認してしまうくらいなのですが、今回はイギリス王家の物語です。
 イギリス王家は、テューダー家、スチュアート家、ハノーヴァー家と続いていくのですが、王家の名前は変わっても、血のつながりはあるのです。
 読みながら、これはもう「絵」の本というよりも、イギリス史の解説に絵がついているだけなんじゃないか、と思っていたのですが、写真のない時代でもありますし、ひとつの物語に何枚かの絵が紹介されているだけで、けっこうイメージしやすくなるものみたいです。
 テューダー王朝のヘンリー8世は、男の子を産まない妃と離婚するために、離婚を禁じているローマ・カトリック教会と縁を切り、英国国教会を生み出します。
 こうしてヘンリー8世が再婚したのが、アン・ブーリンという女性だったのですが……

 しかし何といっても際立っているのは、アン・ブーリンの悲劇であろう。彼女が駆け抜けた短い人生は、まるでイギリスの宗教を変え、この世にエリザベス1世という傑物を産み落とすためだったかのようだ。しかも彼女が殺されたのはエリザベスを産んだからともいえる。つまり男児を産めなかった。
 アンは8世に約束していた。必ず王子を産みますと。宮廷の占い師たちも口をそろえて言っていた、王子が産まれます、と。ヘンリー8世のような暴力的な駄々っ子は、約束したものを与えてくれぬアンを愛さなくなるだけではすまず、激しく憎むようになる。アンと結婚するためさんざん苦労しただけに、怒りと憎悪は凄まじい。彼は姦通罪及び近親姦をでっちあげ、アンと親族、ついでに敵になりそうな臣下もひとまとめにして首を刎ねた。
 アン処刑終了の砲音を狩場で聞いた8世は喜びの雄叫びをあげながら、新しい恋人ジェーン・シーモアの館まで馬を駆った。彼女が三人目の妃になり、ようやく男児(後のエドワード6世)を産むが、出産時に命を落とす。母子とも危ないと言う医者に対して王は、「子を助けよ。妃の代わりはいくらでもいる」と返したという。


 結局、ヘンリー8世は6人の妃のうち、2人を処刑し、2人が病死、1人は気に入らなくてすぐに離婚し、6人目の妃がヘンリー8世を看取ったのです。この6人目のキャサリン・パーさんも、8世の不興を買って、逮捕寸前になったことがあるのだとか。
 いまの世の中ならともかく、離婚は禁じられていたカトリックが多かったイギリスで、こんなやりたい放題の王がいたんですね。
 著者は、この項の最後を、こう締めくくっています。

 モンスターは神に罰せられることなく、手厚い看護を受けながらベッドで永眠。55歳だった。


 歴史というのは、皮肉なものですよね、本当に。
 ドラマだったら、こういう人には天罰がくだるはずなのだけれど……


 母親がこんな仕打ちを受けたエリザベス1世がのちに即位し、大英帝国の繁栄をもたらしたというのも、日本の後継者選びの感覚からすると、ちょっと違和感があるのです。
 生涯結婚せず、子供がいなかったエリザベス女王の後継者にも、エリザベス女王の命で長年の幽閉後に処刑されたメアリ・ステュアートの息子のジェイムズ1世が選ばれています(エリザベス1世の指名で)。他に適当な血縁者がいなかったからとはいえ、こういう割り切り方には驚かされるのです。
 また、この本を通じて、とにかくイギリス王家では、王とその後継者である皇太子が代々不仲だったことが語られています。
 ところが、美点はあまり受け継がれないのに、嫌っていたはずの親の悪いところは、なぜか子供にも共通していることが多いのです。
 まあ、これは王家に限ったことでも、この時代にかぎったことでもないのでしょうけど。


 エリザベス1世には、とにかく偉大な人で、生涯独身を通した、というのが僕のイメージだったのですが、著者は、こんな人物像を紹介しています。

 エリザベスは乗馬の名手で狩猟を好み、激しいジャンプやホッピングのあるダンスに興じた。「熊いじめ」という当時大人気の見せ物にも熱狂している。これは熊を杭につなぎ、複数の犬をけしかけて殺し合いをさせる流血ショーだ。宮廷儀礼は洗練されておらず、王と臣下の垣根も低い。エリザベスは誰彼かまわず罵詈雑言を浴びせ、女官を叩いたりつねったり、廷臣を拳で殴ったり唾を吐きかけたりしたという。一方で高い学識を備えた読書家で、ユーモアもあった。この荒ぶる魂と鋭い知性の混じりあいが国庫を潤し、イギリスに最初の黄金期をもたらしたのかもしれない。何しろ海賊に出資して、上前をはねるという驚きいった手法なのだ。

「私はイギリスと結婚したのです」というエリザベスの言葉には、本音が入っている。彼女がイギリスに我が身を捧げたのを、誰も否定できない。だからささやかな欠点は許されてしかるべきだろう。お気に入りの女官や臣下が結婚すると激しく怒ったり、懲らしめとしてロンドン塔に短期間とはいえ投げ入れたり、老年になってから自分よりはるかに年下の愛人を何人も作ったり、宮殿の鏡を全部取り外させたことなどを——。


 こういうエピソードを聞くと、むしろ、その「人間らしさ」みたいなものに、ちょっと安心してしまうところもあるんですよね。
 ロンドン塔に投げ込むというのは、さすがにやりすぎだとは思うけど。


 ハノーヴァー朝ヴィクトリア女王アルバート公の結婚は、後世の習慣にも大きな影響を及ぼしました。

 ヴィクトリアのほうからプロポーズし、わずか四ヵ月後が挙式だった。この時彼女がシルクサテンの白い衣装に身を包んだことから、花嫁衣装の純白が定着したと言われる。二人が稀に見る幸せな夫婦生活を送ったことで、あやかりたい、と人々が願ったのだろう。


 イギリスの繁栄をもたらした二人の女王は、生涯独身を通したエリザベス1世に対し、ヴィクトリア女王は、夫婦円満で子供にも恵まれたのです。
 ただし、著者は、アルバート公が芸術や文化という自分の得意な分野では主導権を握ったものの、政治に関しては、ヴィクトリア女王の領分とわきまえて、積極的に口出しはしなかったことを指摘しています。
 なんでも、協力する、相談することが円満につながるわけではない、というのは、王家の話だけではないのかもしれませんね。


 歴史好き、絵画好きには、楽しめる本だと思います。
 どちらかひとつのジャンルにしか興味がなかった、という人のほうが、新鮮に感じるかもしれません。


「怖い絵」で人間を読む 生活人新書

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怖い絵 (角川文庫)

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