- 作者: 清原和博
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2018/07/27
- メディア: 単行本
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Kindle版もあります。
- 作者: 清原和博
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2018/07/27
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内容紹介
「自分の人生を振り返って、どこからおかしくなったのかとか、
狂い始めたんだろうとか。苦しかったですね……」
覚醒剤取締法違反で逮捕されてから2年。栄光と転落の半生と、
自らの罪を悔いながら、鬱病、薬物依存とたたかう日々を赤裸々
に綴る。
岸和田リトルで野球を始めた少年期から、怪物の名をほしいまま
にしたPL学園と甲子園の記憶、盟友・桑田真澄と袂をわかった
ドラフト事件の真相とその後。西武ライオンズで4番として輝い
た瑞々しい日々と数々の栄冠。憧れの巨人移籍後の重圧と屈辱――。
野球の申し子、甲子園のヒーローはなぜ、堕ちたのか。
執行猶予中、1年間にわたりすべてを明かした「告白」。
これは、どうしようもない、人間らしさの記録である。
『Sports Graphic Number』の931号から、954・55・56合併号まで、約1年間連載された「清原和博 告白」を一冊にまとめたものです。
僕は『Number』に掲載され、のちに単行本にもなった、『清原和博への告白 甲子園13本塁打の真実』が印象に残っています。
ああ、打たれた側にとっては、清原和博というのは、「甲子園の神様」だったのだな、と、腑に落ちたんですよね。
この本の著者の鈴木忠平さんが、今回は、聞き手として清原さん(いまの清原和博という人を、どう呼ぶか、僕はけっこう迷ってしまうのです)の「告白」を引き出しています。ただ、現在の清原さんの話は、ずっと、薄くモヤがかかったような感じで、言い訳じみていて、甲子園で清原に打たれた投手たちが、それぞれの人生に悪戦苦闘しながら立ち向かっている姿と比べると、読んでいて、「ああ、こんな話が聞きたかったわけではないのに」と言いたくなるのです。
率直なところ、この本に書かれているのは「ひとりの野球選手として、清原さんが、現在、語れる範囲で自分をこういうふうに認識している」という内容であり、それ以上でも、それ以下でもありません。
現役時代の薬物疑惑とか、覚せい剤使用についての経緯や薬物依存時代の本人の感覚については、ほとんど触れられておらず、読んでいて、物足りない感じはするのです。
執行猶予中だし、抗うつ剤を使用しているという体調的にも、家族のことや、他の選手が関わることについては「語れない」のもわかるんですけどね。
2017年5月、初夏を思わせる陽射しの強い日に、私は、Number編集長。松井一晃、次長・薦田岳史とともに清原和博氏に会った。
覚醒剤取締法違反で逮捕された後、初めてのインタビューであり、私にとっては電話で話したことがあるだけで、清原氏と顔を合わせて話すこと自体が初めてだった。
都内ホテルの一室。
ほぼ約束の時間ぴったりにドアが開いた。黒いスポーツウェアに身を包んだ巨体が入ってきた。清原氏だった。ただ、私がこれまでに描いていたイメージと目の前にいる人物とは大きく異なって見えたし、明らかに様子がおかしかった。
入ってくるなり、そわそわと室内を見渡すと、松井や私が着ていた黒いスーツを見て、威嚇するようにこう言った。
「捜査員みたいですね。なんか……、取り調べみたいですね」
私たちは一瞬、身を固くしたが、よく見ると、清原氏の声は小刻みに震えていた。何より、決して我々と視線を合わせずキョロキョロと宙へ逃げる、その瞳が怯えていた。
目の前にいたのは、私たちの知っている清原和博ではなかった。変わり果てた、英雄の”抜け殻”だった。
その衝撃はインタビューが進むにつれて、イメージとの落差を浮き彫りにし、さらに深く我々を打ちのめした。
私たちはどこかで美しい物語を期待していたのかもしれない。
この本は「衝撃の告白」というよりは、「清原和博という野球選手は、これまでの野球人生で、どんなことを考えていたのか」を淡々と「告白」しているものなのですが、読んでいると、清原さんの気持ちの振れ幅の大きさや語り口に、「いまは薬物をやめていても、実刑判決ではなく、執行猶予で社会で生活できていても、支えてくれる女性がいても、そう簡単に、人は挫折を乗り越えることなんてできないのだな」というのが伝わってくるのです。
いや、「挫折」というより、「薬物の影響」と言うべきか。
桑田に対してはライバルっていう言葉がふさわしいかどうかはわかりません。ただ、常に意識していたのは確かです。1年生の頃、先輩から連帯責任でみんなが厳しい指導を受けた時に桑田はいなかった。僕は先輩からかなり厳しく指導されていたのに、あいつがやられているのは見たことがない。桑田はきっとPLに入る時、学園とそういう約束をしていたんじゃないかと思いました。「やっぱり桑田の代わりはいない。僕の代わりはいくらでもいるんだ」という気持ちにもなりました。実際にそれはその通りだったと思います。
周りの人たちが僕と桑田の仲をいろいろと言うかもしれません。でも、僕らは1年生から二人で試合に出て、先輩と口もきけない緊張の中で一緒に戦った。他の人では分かり合えないことを分かり合っていた。じゃあ、実際はどうなんだと言われれば、それはいろいろなことがありましたから……。ドラフトもあったし……。好きか嫌いかと言ったらやっぱり……。
まあでも、もうそれはいいんじゃないですかね……。高校3年間に関しては、お互いに信頼し合っていたんで。周りの人たちはいろいろと思うのかもしれないですけど、外から見る僕たちと、本人同士ではまた違うものがあったと思います。
ドラフトについては、普段はあんまり思い出さないんですけど、この時期が来れば……。1年に1回は必ず思い出しますね。最後の夏、甲子園が終わった後、僕たちは鳥取で行われた国体に出ました。この大会、僕は中村(順司)監督にお願いして木のバットで打たせてもらったんです。なぜかといえば当時、巨人の監督だった王(貞治)さんが甲子園の決勝でホームランを打った僕について「清原くんが木のバットで打つ姿を見てみたい」とコメントしてくれたからなんです……。
そして国体が終わった後、僕は巨人への入団希望を報道陣の前で表明しました。小さい頃からおじいちゃんの膝の上で巨人戦の中継を眺めて育ちましたから。無口なおじいちゃんがたまに「和博、日本一の男になれよ」とボソッと言う言葉はずっと残っていましたし、おじいちゃんの言う「日本一の男」というのは巨人を優勝させる選手のことでした。つまり、それは子供の頃の僕にとっては王さんでした。その王さんが、僕が高校2年生になる時にジャイアンツの監督になった。そしてペナントレースで優勝できずにいる中、甲子園で優勝した僕のことを欲しがってくれている。もう完全に自分の頭の中ではでき上ってしまっていたんです。巨人は僕を1位で指名してくれる、と……。実際にスカウトの人がお父さん、お母さんにそういうことを話していましたから。
聞き手の鈴木さんが「巨人からは1位指名について、(覚書や口約束のような)確証があったのですか?」と確認したところ、清原さんは「そういうものはなかったけれど、巨人は僕を欲しがっていて、指名してくれると信じていた」と答えています。
ドラフトのときの清原さんは、大人の世界の「駆け引き」に翻弄され、それをずっと引きずってしまったのでしょう。
この本を読んでいると、清原さんの「桑田」と「巨人」へのこだわりが、すごく伝わってくるんですよ。
甲子園のヒーローであり、プロ野球選手としてもルーキーイヤーから大活躍、漫画のキャラクターにもなり、タレントとしても大人気だったのだから、そんなトラウマは、克服できてもよさそうなものなのに。
そういう「こだわりの強さ」には、薬物の影響もあるのかもしれないけれど。
清原さんは、あれほどの実績を残してきたにもかかわらず、いろんな人と自分を比較してしまうところもあったのです。豪快なイメージが強かったけれど、それは「気になりすぎる性格」を隠すための仮面だったのだろうか。
清原さんは、巨人にFA移籍後の2000年のシーズンを振り返って、こう語っています。
ジャイアンツにきてから、ずっと勝負弱かった僕がこの年から勝負強さを取り戻せたんですけど、それはやっぱり怪我をしている間に考える時間があって、松井敬遠、清原勝負ということに対する気持ちを整理できたからだと思います。
それまでは松井が敬遠されるたびに、自分の感情をコントロールできなくて凡打していたんですけど、怪我で休んでいる間に「松井が敬遠されないように、俺が打つんや、松井を援護射撃するんや」という気持ちになれました。もちろんトレーニングして肉体的に強いものを手に入れたことも大きかったと思います。それからはチャンスで結果が出て、松井敬遠、清原勝負ということはほとんど無くなりました。
後から考えれば、それまでは松井のことをライバルとして意識していましたし、どこかコンプレックスのようなものがあったのかもしれません。松井は年々、進化していましたし、技術もすごいんですけど、一番の僕との違いはメンタルの強さだったと思います。いつも同じように球場に来て、同じように球場を去っていく。そういう姿に「こいつすごいな」と思っていました。
例えば、大チャンスに打てなくてチームが負けても、淡々としているんです。松井とはロッカーが近かったので、わかったんですけど、あいつはホームランを打った日も、まるっきり打てなかった日も同じように淡々と着替えて、同じようにスパイクを磨いてかえっていくんです。感情を見せないんです。僕なんかはチャンスで打てなかった日は、ベンチからロッカーに戻って、椅子に座ったまま30分は動けませんでした。
松井は悔しくなかったんじゃなくて、感情をうまくコントロールできる人間なんだなと思います。僕とは根本的に違うんです。だから松井は松井。年齢にかかわらず彼には彼の凄さがあると自分の中で認めたんです。そうしたら、それからはあまり意識しなくなったというか。解放されました。
感情をコントロールできていた松井秀喜選手と、それができなかった清原さん。
松井選手は、本当に凄い。つねに、自分がやるべきことを流されずにやる人だった。
その一方で、喜怒哀楽を押さえつけることができない清原さんには、確かに「人間らしい魅力」がありました。
ただ、その「人間らしさ」がもてはやされすぎたことが、清原さんの後の「暴走」あるいは「迷走」につながってしまったような気がします。
他にはテレビの仕事もやりましたが、あれは野球とは違う緊張感でした。まず、何を求められているのか、その番組を制作する人の要求にどう応えればいいのかを考えるのに、気苦労がありました。自分でも驚いたのは、現役を引退してからも周りの人は僕のことをいわゆる「番長」のイメージというか、そういうキャラクターで見ていたということです。乱闘で怒るシーンや、喜怒哀楽を激しく出すというのは野球の試合中の清原和博であって、やめれば一人の人間としての清原和博に戻れると思っていたら、そうではなかった。いわゆるコワモテのキャラクターを求められているなっていうのは感じていて、テレビでそれを演じるんですけども、それがちょっと難しかったです。それでますます野球をやっていた頃との線引きが難しくなっていくというか……。野球をやっていた頃の自分を演じているんですが、実際には野球をやっているような満足感というのはなかったです。
この「告白」を読んでいて思うのは、超満員の観衆が見守るなか、スタンドにホームランを放り込むというのは、ものすごい「快感」なんだろうな、ということなんですよ。
もちろん、僕には想像することしかできないけれど。
清原さんが「覚醒剤うたずに、ホームラン打とう」というキャッチコピーの麻薬撲滅ポスターに出ていたのは、もはや「黒歴史」的ではあるのですが、ホームランが打てなくなったから、覚醒剤に向かってしまったのかな、とも思えてくるのです。
でも、どんなすごい選手でも、いつかはホームランが打てなくなり、三振もとれなくなる。
人生は、ときに、長すぎるのかもしれない。
スキャンダラスな「告白」はないのですが、読み終えて、「ああ、清原も僕と同じ人間なんだな」とため息まじりに呟いてしまう、そんな本です。
清原和博への告白 甲子園13本塁打の真実 (文春e-book)
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