鉄路2万7千キロ 世界の「超」長距離列車を乗りつぶす (新潮文庫)
- 作者: 下川裕治
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2018/07/28
- メディア: 文庫
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内容(「BOOK」データベースより)
こんな酔狂な旅があるだろうか?日本で夜行列車が廃止される中、世界で何日も走り続ける長距離列車を片っ端から走破してみよう!と旅立ったものの、風呂なしの日々に思いがけないアクシデント続発。インド亜大陸縦断鉄道から、チベット行き中国最長列車、極寒の大地を走るシベリア鉄道、カナダとアメリカ横断鉄道の連続制覇まで、JR全路線より長距離をのべ19車中泊で疾走した鉄道紀行。
世界中の長距離列車で車中泊しながら旅をするって、鉄道好きにとっては夢のような話だな、と思いながら手にとりました。
まあでも、この本の著者の下川裕治さんといえば、バスや列車を乗りつぐ、バックパッカーとしての旅を書き続けてきた人なわけで、今回も一筋縄ではいかないのです。
還暦を過ぎても、こういう旅を期待されている著者もきついんじゃないかと思うし、「ななつ星 in 九州」に「こういうのは性に合わないんだよなあ、とかブツブツいいながら乗っている姿も、面白いのではないか、という気もするのですが。
読んでいると、これは旅行というより、なにかの修行ではないか、と感じます。
お金はないけれど時間と希望がある若者の「貧乏旅行」には、ロマンチックな要素があるけれど、ある程度、年を重ねている人が同じような旅をすると、単なる「貧乏」でしかないですし。
今回著者が乗った長距離列車は、インド、中国、シベリア、カナダ、アメリカの列車です。
取材時、世界でいちばん長い距離を走るウラジオストクとウクライナのキエフを結ぶ列車(1万260キロ)は運休中で、2位の平壌からモスクワの路線は北朝鮮への旅行を専門に扱う会社でも手配できなかったとのことでした。
3位のウラジオストックからモスクワの路線(9259キロ)の旅が第3章で紹介されているのですが、6泊7日かかっています。
日本での寝台特急の旅に僕は憧れているのですが、「駅に着くたびに走り出したくなる」なんていうのを読んでいると、長距離鉄道の旅というのも、ラクじゃなよなあ、と痛感せざるをえません。
日本の列車の旅だと、揺られながら読書に集中したり、景色をボーッと眺めたりできるのだけれど、同じ人たちと何泊もするようになると、列車内での人間関係にも気を遣わなくてはならないし。
飛行機で隣の席の人に話し掛けられるだけでも「うわっ」と思ってしまう僕には、シベリア鉄道の旅は無理みたい。
インドの鉄道で最も長い路線を走る、ヴィベクエクスプレス(アッサム州のディブラガルから、インド最南端のカンニャクマリまで4273キロ)の旅より。
南アジアや中東を歩く旅の本を読む。「紅茶がおいしい」という文章が出てきたら、つらい旅を続けていると思ってほぼ間違いはない。
つらい?
前日の午後からのことを思い返す。
車掌が現れ、僕らのベッドがふたつ確保されたことを告げられた。そう聞かされても、僕らは昼間、ベッドを移動できなかった。乗客が降りたわけではなかったのだ。
僕らのユニットには、正式のベッドを確保していた客がふたりいた。はじめのうちは、自分が予約したベッドであることを主張していたが、昼間は、そのベッドを開放していた。ひとつのベッドに5人が座る。8床のユニットに20人がひしめいていた。僕らも席のない若者たちとベッドを一緒に使うしかなかった。ベッドが確保されたといわれても、情況はなにも変わらなかった。
その日の午後、雑然とした車内に叫び声が響いた。僕の横に座っていた青年が突然、立ちあがり、なにやら叫んだかと思うと、そのまま棒のように通路に倒れたのだ。目が宙を舞っていた。口から泡を吹きはじめた。すると、倒れた青年の顔に近いところに座っていた乗客が、床に落ちていたサンダルをひょいと手にとると、泡を吹いている青年の口に差し込んだ。そしてなにごともなかったかのように、隣に座る乗客と話を続けた。
「………」
インドはなんという国だろうか。倒れた青年は、おそらく「てんかん」だった。インドにはこの発作を起こす人が多いのだろうか。舌を噛み切らないよう、すっとサンダルを口にはさむ動作が慣れていた。通路に倒れた青年は30分ほどすると、むくっと起きあがった。そして短い昼寝から目覚めたような顔つきで僕の横に座った。
気が重かった。夜になったら、どうすればいいのか迷っていた。もし、自分のベッドを確保するなら、この青年も排除しなくてはならない。
日本で同じように人が倒れたら、大パニックになりそうなものですが、インドではてんかんの発作を起こす人が多いのでしょうか。それとも、この乗客が、てんかんの知識を偶然持っていたのか……
周りの人の反応から考えると「よくあること」なのでしょうね、たぶん。
寝床が確保できずに、空いている座席に横になって眠っているというのを読むと、海外の長距離列車ってつらいなあ、と思うのですが、著者が、あえていちばん安いクラスのチケットで旅をしているから、でもあるのですけどけね。
同じ列車でも、お金をかければ、全く違った旅になるのかもしれません。
何十年も前から下川さんが書いたものを読んできた僕にとっては、切符を買うのも壮絶な競争で、車内もとんでもなく混雑している中国の列車がかなり近代化されていたり、LCC(ローコストキャリア)の発達で、飛行機も長距離列車も運賃の差が縮まって、列車で旅をする人が減っているのだな、と歴史の変遷も感じるのです。
とにかくいろいろ大変な旅なのですが、何もない荒野をずっと走っているような長距離列車の旅ならではの魅力もあるのです。
中国の広州からチベットのラサまでの旅にて。
列車は急激に高度をあげていった。耳がつんつんと痛い。暗い窓の外に目を凝らす。すでに日は落ち、列車からの灯りに映し出される川は凍りついていた。氷の世界に入っていた。
左手から月がのぼりはじめていた。満月だった。その光が山に遮られた瞬間だった。車窓に満天の星が広がったのだ。中国の下界を覆う雲を抜けたようだった。乾燥し、凍てついた世界には天上の星が輝いていた。
星はくっきりと明るい光を放っている。オリオン座、おおいぬ座、こいぬ座を結ぶ冬の大三角がはっきりわかる。小学生の頃、机の本棚に差し込まれていた星座表を脳裡に描いてみる。……とすれば、あれがシリウスで、あれが北極星。
僕らはビニール袋から白酒をとりだした。それを湯で割って飲むことにした。40度以上ある強い酒だ。ストレートはちょっときつい。つまみはザーサイ。
夜行寝台は最高のバーだと思っている。ニューヨークやロンドンの名だたるバーも足許に及ばないと思う。バーテンダーの姿もかく、きりっと硬い氷があるわけではないが、動く車窓風景を眺めながらの酒は贅沢だと思う。軽快なジャズの響きより、車輪の音のほうが心地いい。
できれば下段のベッドがいい。見渡す車窓風景が大きいからだ。酔ってきたら、ベッドにごろりと寝てしまえばいい。夜行寝台列車だから終電を気にする必要はない。
これまでもいくつかの夜行寝台バーで酒を飲んできた。しかしそのなかで、ゴルムドに向かうこの列車ほどの星空を目にしたことはなかった。僕らはこの夜行寝台を「星空列車バー」と名づけることにした。
こういうのは、「寝台列車でしか味わえない体験」だと思います。
著者の旅は、概して、ものすごく大変そうで、なんでこんな苦行を……と言いたくなるのですが、ときどき、たまらなく魅力的な光景や体験が描かれているんですよね。
日本でシベリア鉄道の話をすることがある。そのあまりの長さゆえに興味をもつ人は少なくない。定年退職を前にした知人はこんなことをいう。
「会社を辞めたら、一度、乗ってみたいな。なにもしないで7日間、ずっと列車。いいだろうな……」
夢見がちな瞳は次のひとことで色を失っていく。
「7日間、1回もシャワーを浴びることができないんですけどね」
女性に話そうものなら、まるで僕が異星人であるかのような視線を送ってくる。
時間に余裕ができて、自力で世界の長距離列車に乗って旅をしようとしている人がいたら、出かける前に、この本を読んでおいたほうが良いと思います。
実際は、「なにもしないで7日間」というわけにはいかないみたいですよ。
世界のは、こういう列車を「日常の足」として、利用している人たちがいるのだよなあ。
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