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第172回直木賞受賞!
数百年先に帰ってくるかもしれない。懐かしい、この浜辺に―ー。
徳島の海辺の小さな町で、なんとかウミガメの卵を孵化させ、自分ひとりの力で育てようとする、祖父と二人暮らしの中学生の女の子。年老いた父親のために隕石を拾った場所を偽ろうとする北海道の身重の女性。山口の見島で、萩焼に絶妙な色味を出すという伝説の土を探す元カメラマンの男。長崎の空き家で、膨大な量の謎の岩石やガラス製品を発見した若手公務員。都会から逃れ移住した奈良の山奥で、ニホンオオカミに「出会った」ウェブデザイナーの女性ーー。人間の生をはるかに超える時の流れを見据えた、科学だけが気づかせてくれる大切な未来。『宙わたる教室』『月まで三キロ』『八月の銀の雪』の著者による、心揺さぶられる全五篇。
直木賞受賞作。
伊与原さんの作品には『宙わたる教室』『八月の銀の雪』など、「科学」を題材にしたもの、それも、地道な研究が必要で、ひとりの研究者が生涯をかけても、生きているうちに「結果」がみられるかどうかわからないものが多いのです。
伊与原さんは1972年生まれで、神戸大学の理学部を卒業した後、東京大学の大学院で地球惑星科学を専攻し、博士課程も修了されています。
そんな作者のキャリアを踏まえていると、「科学者による科学の素晴らしさを描いた小説」のように解釈してしまいがちなのだけれど、この『藍を継ぐ海』は、「科学推し」というよりも、「科学的な研究や疑問の解明に生涯をかけて、有名になることもなく埋もれていったたくさんの人々」の墓標のようにも僕は感じたのです。
今の世の中って、インターネットの影響もあって、「なるべく効率的で、生産性が高くて、すぐに結果が出るもの」が求められがちじゃないですか。
研究の世界でも、フィールドワークを重ねたり、実験を繰り返したりするものだけでなく、これまで出てきた論文をコンピュータの力でビッグデータとして分析し、たくさんの論文から傾向や結果をまとめる「メタ解析」が増えてきました。これはこれで、前提条件が違うたくさんの論文をちゃんと解析できるようにする手間は大変なものではあるのですけど。
僕がネット創生期から書いてきて、「面白い」と感じたのは、ネットの世界では、アップロードすれば、すぐに「PV(ページビュー)」とか「読んだ人からの反応」が得られる、ということでした。
研究の世界では、何年もかけてデータを集めて、それを分析したり実験を行ったりして、それでも自分の実績になるような論文を書けるかどうかはわからない。僕より有能な人は、ある程度の設計図を描いてから論文になるように進めていたのでしょうけど、僕はその域に達することはできず、指導してくれる先生にお世話になりっぱなしでした。
自分は地道な研究に向いているのではないか、と思いこんでいたのですが、僕はそんな静謐な人生を理想化していただけで、実際はもっと俗物で、わかりやすい承認やすぐに出る結果や経済的な見返りを求めていたのです。
そして、50歳をすぎて、自分は何をやってきたんだろうなあ、と、ふと思う。
いま、この時代にも、すぐに結果が出ない、お金にもならない、そんな科学的な探究心を満たすために、人生を使っている人たちがいる。
そして、科学というのは、「感情」や「気持ち」と対極にあるものだとみなされがちだけれど、科学を進化させ、幸せにするために利用していくのが「人間」である以上、科学に関わる人たちも「自分の感情」と無縁ではいられないのです。我が心はICにあらず。
『チ。-地球の運動について-』という「地動説」に関わった人々を描いた漫画(アニメもあります)を読んでいて思うのは、命や社会的な地位の危機にあっても「科学的な正しさ」を追い求める人たちの凄さと、その一方で、その時代を代表するような頭脳を持っている人たちが、「神が存在すること」「地球が宇宙の中心であること(天動説)」という、科学的にデータをみて、議論を進めていけば明らかに「間違っている可能性が高い」結論を、その素晴らしい頭脳をフル稼働して導き出そうと(ある意味、こじつけようと)してきたことでした。
人間が、人間であるかぎり、科学的であろうとすることにも限界があるのかもしれません。
この『藍を継ぐ海』という作品集には、単なる「科学礼賛」ではなくて、「科学という、本質的には人間と相容れないかもしれないものに対して、立ち向かったり、妥協したり、感動したりする人間」が描かれていました。
伊与原さんは、研究者として名をなそうとして、紆余曲折があって、小説家として直木賞を受賞されました。
もちろん、直木賞がゴールではないとは思いますが、もしかしたら、「それでも、研究者としてイメージしていた頂点に辿り着けなかった自分」へのコンプレックスを持ち続けていた、あるいは、今も持ち続けているのではなかろうか。
でも、そうやって、流れていくのが「人生」というものだし、「科学」は研究者が名を成すためじゃなくて、人を幸せにするためのもので良いのではないか、そんな思いを僕は勝手に受け止めてしまいました。
僕も、医者としては「負け組」だし、「インターネットの中でも大きな成功は得られなかった」という挫折感と、「それもまた人生」という開き直りとともに、いま、生きているから。










