琥珀色の戯言

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【読書感想】カウンターエリート ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

トランプ ヴァンス 石丸伸二 尹錫悦……
なぜ破壊者は台頭するのか。

「何かが間違っている」。そう主張し、政府やメディアなどを「既得権益化したエリート」として批判する〝カウンターエリート〟が支持を集め、世界中で地殻変動が始まっている。シリコンバレーで生まれた彼らの思想を手がかりに、その背景や論理、これから起こる変化を徹底解説。ニュース解説メディア『The HEADLINE』編集長、初の著書。


 アメリカのトランプ大統領都知事選挙で善戦した石丸伸二さん。僕は彼らのこれまでの行状をみてきて、「言っていることは無茶苦茶だし協調性もないし、なぜこの人たちがこんなに支持されるのだろう?面白半分でみんな投票しているのか?と、ずっと思っていました。
 
 僕が20代前半の頃、学生時代にオウム真理教がメディアで話題になったときのことを思い出します。
 現在、2025年には、1990年代はじめからすでにオウムは「カルト教団」として危険視されていたように描かれることが多いのです。
 しかしながら、坂本弁護士一家の事件が発覚し、地下鉄サリン事件が起こるまで、僕が1990年代にリアルタイムで見ていた頃のオウム真理教は、ワイドショーを席巻し、「空中浮揚」や「尊師マーチ」「オウムシスターズ」などの様々な面白いネタを供給する集団だったのです。当時のニュースやワイドショーの関係者の回顧を読むと、オウム報道は視聴率が高く、テレビ局を潤わせた、という話がたくさん出てくるのです。

 記憶は改変される、後世に起こったショッキングな事実で、過去の記憶は上書きされる。
 
 ナチスヒトラーも、当時のドイツの人々にとっては、最初は「演説が面白いおじさん」みたいな存在だったのではないか、と想像してしいます。

 とはいえ、ガーシーが国会議員になるくらいなら「話題性」とか「既得権益へのカウンター」で済むのかもしれないけれど、アメリカ合衆国の大統領が、落選したときに支持者を扇動して国会議事堂への突入事件が起こってしまう、しかも、当のトランプ氏は、その後大統領に再選される、なんて、「アメリカはもうヤケクソなのか?」とか、考え込んでしまいます。

 民主党を支持するセレブたちを見ていると、「民主党が勝っても、既得権者たちの世界が続き、彼らに従順な「被差別者」たちだけがお恵みをもらえる社会が続くのだろうな、という気持ちもわかります。
 人間、大富豪になったら、ちょっとくらいは「世の中に良いこと」をやっておこう、と思うくらいの余裕もできるのでしょうし。

 それにしても、理不尽で独善的な巣長ばかりしている(ように見える)人たちが、ここまで世界中で支持を集めるようになってしまったのはなぜなのか?
 世界はもうヤケクソで、現状をぶっ壊してくれさえすれば、もう何だっていいのか?


 こんな僕の疑問に、この本の著者は、アメリカのシリコンバレーで大きな影響力を持っている起業家・投資家のピーター・ティールという人を始点に「カウンターエリート」たちの主張とその変遷、なぜ、彼らがトランプ大統領を支持するようになっていったのか、を丁寧に検証・解答してくれているのです。

 テクノロジーによる人類の、アメリカの「進歩」を目指していたシリコンバレーのエリートたちは、政治にも関わるようになってきます。
 ITバブルでアメリカのIT企業の株価は上がり、新たな大富豪がたくさん生まれたけれど、その一方で、貧困や格差、環境問題には大きな改善はみられませんでした(ネットが通じてさえいれば、世界中のどこでも同じ情報が得られるというのは、大きな変化ではあったけれど)。

 こうした状況に不満を持っていたのが、ピーター・ティールだ。ティールは2016年の大統領選挙でトランプ支持を表明したことで、「リベラル的なシリコンバレー」の異端として全国的な注目を集めていた。しかし、シリコンバレー随一の皇帝であるティールが、自らの領土を否定する予兆は、すでに2016年以前から見られていた。
「空飛ぶクルマを望んでいたのに、手にしていたのは140文字だ」というティールの有名な言葉は、自らが2005年に設立した投資ファンドのファウンダーズ・ファンドの初期スローガンだ。
 ティールや仲間たちの問題意識は、同ファンドの「未来はどうなった?」という文書で明文化されている。この文章は、ペイパルの初期投資家であり、ファウンダーズ・ファンドのパートナーであるブルース・ギブニーによって記され、当時大きく話題となった。
 ギブニーは、原子力で動く自動車や商業宇宙旅行などを引き合いに出し、「1960年代の人々が見たいと願った未来は、半世紀後の今日でも私たちが待ち望んでいる未来だ」と嘆く。1960年代から70年代におけるマイクロソフトやアップルのような企業への投資は、今ではテクノロジー業界全体の成功によって「当たり前」の意思決定に思われる。しかし、そうした産業および企業への投資は、当時「並外れて野心的」なことであった。
 ところが1990年代にかけて、VC(ベンチャーキャピタル:投資会社)は「はるかに進歩した未来から利益を得ること」をやめて、「未来への資金提供者ではなく、機能やウィジェット、無関係なものへの資金提供者となった」という。


 シリコンバレーは豊かになり、アメリカはIT大国になった。
 けれど、「情報をめぐるいざこざ」ばかりが目立つようになり、技術者は「お金になるもの」ばかりに目を奪われ、子どもの頃に夢想したような物理的・物質的な世界の進歩は、停滞し続けているのではないか?

 シリコンバレーの歴史とティールの主張を丁寧に読み解くと、「シリコンバレーオバマ政権期にリベラル一色となったが、今では右傾化した」というおなじみの主張は、かなりの程度疑わしいことが分かる。
 重要なことは「民主党共和党か、あるいはリベラルか保守かではなく、破壊主義者か現状維持主義者か」なのだ。この意味において、オバマは破壊主義者(控えめに言うなら変革主義者)として登場したが、蓋を開けてみれば現状維持主義者だった。オバマ「Change」に失望したテクノロジストたちが、次なる破壊主義者を探し求め、その答えが民主党になかったことは自然な結末だったのかもしれない。


 現在(2025年5月)、アメリカの副大統領の地位にあるジェームズ・デイヴィッド・ヴァンス氏は、オハイオ州立大学を卒業してイェール大学のロースクールでJD(法務博士)の学位を得ており、自伝『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』はベストセラーになっています。
 僕は「なんでこんなエリート、しかも以前は反トランプだったはずの人が、熱烈なトランプ支持者になったんだ?権力にすり寄ったのか?」と疑問だったのです。


 J.D.ヴァンスの自叙伝『ヒルビリー・エレジー』には、こんなことが書かれているそうです。

 ヴァンスは、イェール大学のロースクールで最も驚いたこととして、同級生のエリートたちが「社会関係資本」と呼ばれるネットワークや、彼らしか知らない情報、マナーや常識とも呼ばれる暗黙知を持っていることを繰り返しあげる。衰退する街の労働者階級として育ったヴァンスは、エリート同士のネットワークや知見こそが、彼らの成功を確約していることを痛感する。こうした心情がそのまま官僚制の破壊に直結したわけではないだろうが、非民主的なエリートたちの力の源泉を認識するきっかけになったことは間違いない。


 アメリカは「努力が報われ、誰でも成功できる国」だったはずなのに、現実には、既得権益者たちの強固なネットワークが張り巡らされて、自分はその仲間には入れてもらえない。そんな閉塞感と絶望が、ヴァンス氏の「破壊主義者」への傾倒をもたらしたのかもしれません。

 近年も、民主党支持者だったはずのシリコンバレーの大物創業者・起業家たちが、トランプ支持へ「転向」しているのです。
 著者は「転向者たちに共通する見解は、テクノロジーによる加速度的な進歩とシリコンバレー特有の破壊的なイノベーションが、硬直化した政府と官僚制によって妨げられている、とものだ」と指摘しています。

 しかし、彼らは「破壊者」であると自認しているものの、現実的には大企業を率いて巨万の富を所有している「権力者」と多くの人にみなされてもいるのです。


 そして、トランプ大統領の支持者たちも一枚岩ではありません。

 たとえばジョナサン・ロスウェルらの研究は、経済的困窮がトランプ支持の動機となったという広く受け入れられている定説は、賛否両論の証拠があると指摘する。
 それによれば、トランプ支持者は学歴が低く、ブルーカラーの職業に就いている割合が高いものの、世帯収入は比較的高く、失業している可能性や貿易や移民による競争に晒されている可能性は、他の人々とそれほど違いがないという。つまり移民労働者との競争や工場労働の減少が、トランプの台頭を説明する完全な証拠とは言えないのだ。
 エミット・ライリーらの研究でも、白人がトランプを支持した決定要因が、経済的不満よりも人種的不満であったことが示されている。2024年の大統領選についてはデータが出揃っていないものの、人種的不満がアメリカ大統領選において伝統的なテーマだったことを考えると、今回が例外的だったと結論づけるには慎重になるべきだろう。
 いずれにしても、「白人労働者らの経済的苦境がトランプの台頭を招き、左派がそうした経済問題を無視していた」という神話は、必ずしも全ての問題を言い表しているわけではない。文化戦争が原因という説明は分かりやすいものの、実証的な証拠が十分ではないことに注意する必要がある。

 しかし第5章で見てきたように、カウンターエリートに注目する多くの論者は、MAGA(Make America Great Again(メイク アメリカ グレート アゲイン:アメリカ合衆国を再び偉大な国にする)1.0とMAGA2.0を異なる性質のものとして理解している。両者はアメリカの衰退という問題意識では共通しているものの、前者はその排斥を解決策として掲げ、後者は国家CEOによる君主制を求めている。MAGA2.0やニューライトは、差別主義者も多く取り込んでいるものの、主要な論点はそこにはないのだ。


 たとえばエコノミスト誌も、次のような指摘をおこなう。

 一つの問題は、テック業界とMAGAが「アメリカ・ファースト」に賛同していると言っても、それが意味するものが異なることにある。MAGA運動は、過去のビジョンを復活させることを望んでおり、製造業の黄金時代への回帰という不可能は夢を求めている。一方、テック業界は未来を見据えている。進歩を加速させ、社会を変革しようとしており、MAGAが憧れる世界をますます過去のものとして置き去りにしていくのだ。


 同床異夢、というか、昔の栄光をもう一度、という人たちと、今の常識を壊して、これまでにない新しい世界をつくろう、という人たちが、それぞれの立場で、結果的にトランプ大統領を支持しているのです。
 両者には、既得権益者たちが牛耳り続ける世界を変えたいと熱望しているけれど、もしそれが実現されたら、その後の新しい秩序をどうするのか、深刻な対立が生まれそうです。
 僕としては、急激かつ悪い方向に「改革」を行うよりは、まだ現状維持、あるいは緩やかな変化のほうがマシだと考えているのですが、あらためて考えてみると、それは僕が「既得権益者」だからなのかもしれません。自分ではそんなつもりはないけれど、きっと、世の中の「リベラル」と呼ばれている人たちも、たぶん、ずっと「満たされない」と感じている他者からはそう見えているのです。

 SNSなどで、他人の生活がより透明化されたことで、「なんであいつらだけが」と感じる機会も増えました。
 世界は、「自由で、平等なはず」だからこそ、自分の劣等感が解消できないのなら、キラキラしているやつら、調子に乗っているやつらは、みんな引きずり下ろしてしまえ、とも思う。
 僕だって、Switch2の当選報告をネットで見かけるたびに、ブロックしたくなるものなあ(実際にしてますごめんなさい)。
 「そのくらいのこと」なのかもしれないけれど、当事者は、「なんで自分はこんなに不運なんだ」と感じてしまう。

 「カウンターエリート」がなぜこんなに支持されているのか、たぶんそれは「穏健な方法では、自分がいる世界は変わらない」と絶望している人が多いから、なのでしょうね。
 これからも、個々のカウンターエリートが失脚することはあっても(というか、失脚するまでがカウンターエリートが背負わされた役割ではないか、とも感じます)、「破壊主義者」は支持され続ける。

 芸能人の不倫でSNSが賑わっているのを見ていて、僕は思うのです。
 不倫は褒められることではないけれど、芸能人がみんな品行方正な「聖人」だったら、それはそれで、なんだか物足りないだろうな、って。


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