琥珀色の戯言

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【読書感想】羽生善治×AI ☆☆☆☆

羽生善治×AI

羽生善治×AI

内容紹介
将棋史に残る激闘となった2008年の「竜王戦」。
7番勝負でまさかの「3連勝4連敗」を喫し、渡辺明に敗れた羽生善治は人知れず「研究会」をスタートさせていた。
10年間に及ぶ「2人だけの研究会」で何が行われ、羽生は何を目指したのか。
研究パートナーであり「羽生の右腕」として知られる棋士長岡裕也が、「誰も知らない羽生」をここに明かす。


 2009年1月から、10年間、おおむね月に1回のペースで1対1での「研究パートナー」をつとめている長岡裕也五段がみてきた最強の棋士、そして、人間・羽生善治
 意地の悪い話をすると、僕は、10年間も羽生さんと月1回将棋を指し、一緒に研究しているにもかかわらず、長岡さんがC2級(名人戦の挑戦者決定リーグでは、フリークラスのすぐ上ですから、下から2番目のクラスです)に留まっている、ということが疑問ではあったのです。長岡さんは、まだ公式戦で羽生さんと対局する機会はない、と仰ってもいますし。
 羽生さんが研究パートナーに指名する棋士は、煌びやかな才能を持っていて、すぐに頭角をあらわすような人ではないのか?

 2014年に放送された、夏目三久さん司会の『夏目と右腕』のなかでも、番組から羽生さんへの最初の質問は「なぜ長岡さんと研究会を?」だったそうです。
 
 大勢の棋士がいて、みんな、羽生さんと研究会ができるとなれば、喜んで手を挙げるはずなのに、なぜ、長岡さんだったのか?

 先に羽生さんの答えを述べれば、それは次のとおりである。
「将棋の世界は、最新の序盤戦術などは圧倒的に20代の、若い人のほうが詳しいんです」
「長岡さんが雑誌などに連載していた講座の内容がありまして、その内容が非常に高度で、私が読んでも非常に勉強になる。それを見れば、どれくらい研究しているか、勉強しているかすぐに分かります」
 羽生さんは、心にもないようなことを言う人ではない。だから、私は「若手の研究派から何かを吸収したかった」という羽生さんの言葉を、素直に受け止めている。
 私は2008年まで、将棋専門誌の『近代将棋』(現在は休刊)に2年間ほど「最新振り飛車の考察」と題する戦術解説を連載していた。


 この本のなかで、長岡さんが紹介している羽生さんの人柄からすると、羽生さんが長岡さんに声をかけたのは、長岡さんから学ぶべきことがある、と素直に考えたから、なのだと思います。
 そして、同じ将棋道場に通っていた後輩だった、という親近感もあったのでしょう。
 そんな「羽生さんに認められた」長岡さんでも、そう簡単に頭角をあらわすことができないのが、プロ棋士の世界の厳しさでもあるのでしょうね。
 長岡さんが羽生さんのタイトルに挑戦するような場所にあがってくれば、この研究会は発展的解消、ということになって、10年間も続かなかったはずです。


 長岡さんは、羽生さんの強さの理由について、こう仰っています。

 羽生さんが突出して強い理由は、人と違う「何か」があるという仮説のもと、その「違い」を発見する試みがずいぶん長く続けられた。しかし今日に至るまで、羽生さんの「他人と違う何か」が明確に特定されたという話は聞かない。
 こう言ってしまうと拍子抜けかもしれないが、私と羽生さんの研究会も、外形的に見れば何か特殊なことをしているわけではなく、他の棋士と行う研究会と、やり方はほとんど変わらない。
 私自身、研究会を始める前までは、羽生さんが他の棋士とは違う独自の研究方法を実践しているのではないかと考えたこともあった。しかし、いまは「特殊な研究方法を採用しているわけではない」とほぼ断言できる。羽生さんは将棋の神様で、すべての情報に通じており、何もかもお見通しであるというのは幻想で、むしろ羽生さんでも将棋に関してはいまだに分からないことだらけである——それが、私の率直な印象である。


 羽生さんは、あれほどの高みにありながら、「いまだに分からないことだらけ」であるということを自認し、興味を維持し、楽しみながら研究を続けているというのが、いちばんの強さの理由なのかもしれません。
 しかしながら、そんな羽生さんも、研究でのコンピュータの導入による情報共有に伴う全体のレベルの底上げもあって、以前に比べると、周りとの差は縮まってきているのではないか、と著者は述べています。
 それでも、羽生さんはコンピュータを研究の軸に据えるのではなく、あくまでも、長岡さんをはじめとする、人間相手の研究会を中心にしているそうです。
 羽生さんは、AIに関するテレビ番組のナビゲーターも務めておられたこともあり、コンピュータに強そうなイメージがあるのですが、日常的に接している長岡さんからみると「ITにとても詳しい人のようには見えない」のだとか。
 羽生さんは僕とほぼ同世代なのですが、僕の実感として、「同世代のなかでは、比較的コンピュータが得意」というくらいでは、若い人からみたら、「IT音痴」になってしまう、というのも事実なのです。


 2016年に、コンピュータ将棋ソフトponanzaが佐藤天彦名人に2連勝したことで、人間対コンピュータの「電王戦」にはピリオドが打たれましたが、その後もコンピュータ将棋ソフトは進化し続けています。

 現在、最強の将棋ソフトが実力的にどれだけ人間を引き離しているのかという客観的な指標はないのだが、ソフトの開発研究者たちが考察、発表している論文などによれば、将棋連盟が運営するウェブ上の通信対局サイト「将棋倶楽部24」におけるレーティングに換算した場合、平均的なプロ棋士と最強ソフトの実力差はゆうに1000以上、開いているという。
 レーティングについての詳しい説明は省略するが、先の論文などによればこの差は「平手で指した場合、プロがソフトに勝つ可能性は1%もない」といったレベルであるという。将棋は相当実力差があっても、ひとつ間違えれば下級者が上級者に勝つことがある。しかし、本当の初心者とアマチュア初段ほどの開きがあれば100局指して100回とも初段が勝つだろうし、アマチュア初段とプロ棋士が100局指せば、プロ棋士が間違いなく全勝するはずだ。
 現在は、ソフトとプロ棋士が平手で指しても、プロがまったく勝てない状況にある。ソフト開発者の中には、プロ棋士とソフトの差は大駒の「角」1枚以上の差があると見ている人もいる。


 もう、人間の名人がコンピュータに勝つのは難しくなった、というのは理解していたのですが、コンピュータはその後も人間を引き離して、すごいスピードでどんどん強くなり続けているのです。プロでも「角落ち」以上の差があるなんて。


 この本を読んでいて面白かったのは、羽生さんに日常的に接している人だからこそ知っている、ちょっとしたエピソードが散りばめられているところでした。

 ここ数年、人工知能の問題と格闘していた羽生さんだが、その仕事自体が本業の将棋そのものを強くしたとは考えにくい。むしろ研究する時間をそちらに割いた分、対局には不利な影響を与えた可能性もある。ただし、それでもこの問題が自分にとって重要だと考えたからこそ、羽生さんは世界を飛び回って研究者たちと会っていたはずだ。羽生さん自身は「ちょっとAI関係の仕事をやりすぎてしまった」と話していたが、その姿勢には頭が下がる。


 そうか、羽生さん、ちょっと「やりすぎた」と後悔していたのか……
 たぶん、本当に後悔している、というよりは、何かに興味を持つと、のめり込まずにはいられない自分自身に苦笑していた、という感じなのでしょうけど。

 

超越の棋士 羽生善治との対話

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人工知能の核心 (NHK出版新書)

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