琥珀色の戯言

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【読書感想】実録 脱税の手口 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

芸能人や会社経営者の脱税や所得隠しが大きなニュースになっても、その手口の詳細について報じるメディアは少ない。税金事件の取材を長年続けているベテラン国税記者が、実際に使われた「脱税の手口」の数々を隅々まで解説する!

【本書で描かれる脱税事件】
国税庁批判の末に逮捕された青汁王子
納税意識ゼロだったチュートリアル徳井の所得隠し
3億円稼ぐも確定申告を知らなかった人気AV女優
マルサが手掛けた日本初のFX取引脱税事件
ランクルームに10億円隠した元ヤンキー経営者
国税当局を挑発し続けた“ネオン街の大家”丸源の敗北
脱税資金で顧客に損失補塡した元巨人軍投手
脱税と詐欺を繰り返したペジーコンピューティング社長
ほか


 プロスポーツ選手や芸能人、企業経営者の「脱税」のニュースに対して、多くの人が「納税という国民の義務を果たさないで私腹を肥やしているなんて、とんでもないヤツだ」と憤りを表明しています。

 しかしながら、世の中の高収入の人たちが、なるべく「節税」したい、うまくやりくりして、払い税金を(合法的な範囲内で)安くしたい、と考えているのもまた事実なんですよね。

 他人が払わないのは許せないけれど、自分が払うのはなるべく少なくしたい。
 その気持ちは僕もよくわかります。
 毎月、給与明細をもらうたびに、支給額と手取り額の差に悲しくなりますし。
 職場を変わるとき「年収がこんなに上がるのか、だいぶ生活がラクになるはず!」と思っていたのに、手取り額はそんなに変わりなかったものなあ。

 みんな、自分が嫌々払っているからこそ、「払わない人たち」を強く批判したくなる、という面もあるのです。

 この新書、共同通信社会部とテレビ朝日社会部で国税当局と証券取引等監視委員会を担当していたという著者が、さまざまな「脱税の手口」を紹介したものです。

 読んでいると、「めんどくさくて申告していなかった(忘れていた)」という事例から、さまざまな迂回策をつかって、納税を回避しようとする高度な手法まで、本当に「脱税もいろいろ」なんですよ。
 「複雑な手法」に関しては、わかりやすく書こうとしているのは伝わってくるのだけれど、読んでいて頭がこんがらがってきてしまうものも少なからずありました。
 ここまでやらないと脱税できないのか、ここまでやっても、国税局は見破ってしまうのか……

 こうした(国税局の)調査部門の中でも、1987年に公開されて大ヒットした映画『マルサの女』の舞台となった査察部が突出して有名だ。当局内の隠語に過ぎなかった「マルサ」は瞬く間に一般化し、国民の大半が未だに「税務調査はすべてマルサ」と勘違いしている。だが調査の主体はあくまでも、基本的に納税者の同意に基づいて調査する税務署であり、課税部であ、調査部、査察部が取り扱う事案はむしろ、きわめて悪質性の高いものに限られる。すべての税務調査をマルサが行うわけではない。
 ちなみにマスコミに登場する「申告漏れ」「所得隠し」「脱税」は、その意味するものが明確に異なる。「申告漏れ」とは単なる経理ミスなどから生じたもので、国税当局が意図的な税逃れではないと見做した事案。「所得隠し」とは意図的な仮装・隠蔽行為があったと認定され、懲罰的な意味を持つ税率35%(無申告の場合は40%)の重加算税を課された事案。そして「脱税」とは所得隠しの中でも特に悪質性が高いとして、査察部が検察庁に告発した事案を指す。つまち脱税は告発された事案だけに使われる用語なのだ。


 実際は、マルサが登場するのは、よほど悪質な事例だけで、ほとんどの「節税がいきすぎた税金逃れ」レベルのものは、「脱税」として告発されることはないのです。

 芸能人の個人事務所の形態は、(1)特定の芸能事務所や企業に所属せず、完全に独立した自分自身をマネージメントする個人事務所、(2)(チュートリアルの)徳井氏のように他の事務所に籍を置いた状態で設立する個人事務所──という2パターンに大別できる。
 事務所に所属しながら個人事務所を設立する場合、その目的は節税以外の何物でもない。所属事務所から受け取る高額のギャラに課せられる税額は、個人事業主として受け取る場合の所得税より、自身の資産管理を目的に設立した法人(個人事務所)として受け取る場合の法人税の方が、格段に少なく済むからだ。
 例えば年収4000万円を超える芸能人の場合、個人事業主なら収入から経費を差し引いた所得額の55%(住民税含む)を納税しなければならない。だが資本金1億円以下の法人を設立し、そこを経由してギャラを受け取る形にすれば、所得にかかる実効税率は33.58%(2018年度)に抑えられ、所属事務所に源泉徴収されることもない。ギャラが高額な芸能人ほど個人事務所を設立して、そこでギャラを受け取るほうが節税できるのだ。
 しかも個人より法人の方が、経費として認められる支出も多い。自分自身を代表者にした法人であれば、自身に対する役員報酬は経費として扱われ、家族を社員にして給料を支払うこともできる。要するに徳井氏が2009年に個人事務所「チューリップ」(3月決算、社員は代表者の同氏1人)を設立したのは、こうした税制上の比較優位性を利用して節税するのが狙いだった。芸能プロダクション関係者が話す。
「個人事務所を設立して、高級外車の購入費用を事務所の必要経費として計上したり、豪邸を自宅兼事務所にしたりする芸能人は数多い。所属事務所の方はギャラの支払先が変わるだけなので、敢えて思い止まるよう説得する理由もありません」
 芸能界の事情に詳しい税理士もこう語る。
「収入から経費を差し引いた所得が1800万円を超えると、所得税と住民税を合計した税率が50%に達します。確定申告などの税務を芸能人から依頼されている税理士は、ギャラが3000万円を超えたあたりから個人事務所の設立を進言することが多く、芸能人もそれに従うのが普通。2006年の『M-1グランプリ』優勝を契機に収入が急増した徳井氏も、先輩芸人らの勧めで個人事務所を設立したのでしょう」


 これが「賢いやり方」なのか、「収入が高い人に、そういう『節税方法』があるのはズルい」と考えるのか。
 まあ、これが合法であるならば、そりゃ、作りますよね、個人事務所。僕も個人事務所をつくったら、もっと税金が安くなるのではないか、と思ったくらいです(僕の場合は、残念ながら経費と手間のほうが高くつきそうですが)。

 「あの徳井さんのことだから、『うっかり忘れ』みたいな感じなのかもしれないな」なんて思うところもあったのですが、この本で、その詳細を知ると、「さすがにこれは『めんどくさかった』で済む話じゃないよな」とあきれてしまうのです。
 むしろ、「よくここまで、申告しない、税金を払わないという姿勢を貫けたな……」と不思議にすら思えるのです。

 だが、徳井氏が会見で「2015年3月期までは毎年きちんと税務申告していた。意図的に申告しなかったわけではない」との趣旨の発言をしため、「過去の無申告を隠して嘘をついた」と指摘され、活動自粛に追い込まれた。国税OB税理士が解説する。
「申告内容に悪質な仮装・隠蔽が見つかれば7年間遡って調査できますが、単純無申告は5年分しか遡れません。仮装・隠蔽に対する重加算税が最大45%なのに対して、無申告加算税は最大でも30%にとどまります。また、ペナルティとして追徴税額に加算される延滞税も、重加算税が課せられなければ格段に少なくて済む。そこで『税務署にバレてもともと、バレたら支払えばいい』と考えて、最初からまったく申告しない『バレ元スキーム』という手口が存在します。徳井氏の場合も一見すると、このスキームに該当するように思えます」
 だが、このOB税理士によると、国税当局が今回の徳井氏の無申告をバレ元スキームと見做してマルサの刑事告発に繋げるには、いくつかのハードルが存在するという。


 徳井さんが実際どうだったのかはわからないのですが、「嘘の申告をするよりも、まったく申告しないほうが、摘発されたときに重加算税の税額は減り、課税期間も短くなる」のです。もちろん、あまりにあからさまなものは国税局も黙ってはいないでしょうが、徳井さんの事例がマルサの刑事告発に至らなかった理由についても、著者はこの本のなかで推測しています。
 ただ、刑事告発はされなかったものの、芸能人としての謹慎期間の長さやイメージの低下を考えると、どう考えてもプラスにはならないですよね。


 また、仮想通貨で「億り人」などともてはやされた人たちが、その後の仮想通貨の暴落で税金が納められず、窮地に陥ってしまった理由についても説明されています。
 多少値下がりしたところで、買った金額に比べたら暴騰しているのだから、十分ラッキーじゃないか、と思っていたのですが、そんなに単純な話ではないみたいです。

 仮想通貨に対する課税の仕組みというのは、法定通貨に交換した時点で課税されるのではなく、仮想通貨どうしで買い換えを行った際にも、その時点での利益に対して税金が発生するそうなのです。ずっと値上がりしていれば良いのですが、他の仮想通貨に買い換えて税金が発生+その仮想通貨が暴落、という状況になると、仮想通貨の含み損の上に、買い換えた時点で発生する税金を支払う必要が出てきます。
 とはいえ、払える現金は持っていないし、手持ちの仮想通貨を売るにしても、暴落しているのだから、ここで売ったら大損だし……と、「調子が良かった時期の課税義務だけが残る」ことになってしまうのです。
 
 正直、「何が億り人だ、ザマーミロ!」的な気持ちもあるのですが、こういう課税のシステムは、取引を繰り返す人たちにとっては、あまりにも理不尽であるようにも思います。
 年間、あるいはある一定の期間トータルでの収支に対して課税する、というのが感覚的には妥当ではないかと。


 以前、卍さん、という競馬予想の天才が、ものすごい金額を課税されて裁判になったことがあったのを思い出します。
 僕も馬券では損ばかりしているのですが、「こんな課税がみんなに適用されたら、馬券を買う人はいなくなるのでは……」と言いたくなります。


fujipon.hatenadiary.com


「税金」って、知っていないと、とんでもない目にあうことが、けっこうあるんですよ。
 仮想通貨などの社会にとってまだ目新しいジャンルについては、課税のされかたも、現実に即していないというか、理不尽なところもあるのです。
 でも、それに従わなかったら「脱税」になってしまう。

 あんまりズルをするのは良いことじゃないような気はしますが、知らないと、とんでもない落とし穴にはまってしまうおそれがあるのも、税金というものなのです。

 常に万人に正しく徴税されているのならまだ納得できるのですが、この本で紹介されている、ペジー・コンピューティング社の「脱税+
国からの助成金詐欺のスーパーコンボ」の話など、呆れてしまいます。

 税金というのは、大事なものではあるけれど、払うのが大好きという人は、あまりいませんよね。
 もちろん、僕もそうです。
 でも、知らない、あるいは知らないふりをしていると、手痛いしっぺ返しを食らうリスクがある、ということをあらためて意識させられました。

 他人の脱税は絶対に許せないけれど、自分の節税は正当な権利。
 なんだかモヤッとするところは、あるんですけどね。


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