琥珀色の戯言

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【読書感想】ディズニーキャストざわざわ日記――〝夢の国″にも☓☓☓☓ご指示のとおり掃除します ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

「ハッピーなことばかりの仕事などない」
清掃スタッフ(カストーディアルキャスト)が描く、不安と夢の現場報告
――これは私の実体験である

われわれも人間だから、手を抜くこともあれば、ミッションを忘れるほどゲストに対して怒りを覚えることもある。仲間と会社の愚痴も言い合うし、給料が安いと不満を持ったりもする。
それは本書をお読みいただければ、おわかりになるだろう。
私が本書をつづろうと思ったのは、数多のディズニー本に対する違和感が一因だ。
本書は模範回答的なディズニーランド像に対する現場からの実態報告でもある。
そして、本書にあるのは決して「創作された物語」などではなく、すべて私が実際に体験したことである。
――57歳で入社し、65歳で退職するまで、私がすごした8年間で見た〝夢の国〟の「ありのまま」の姿をお伝えしよう。


 僕はディズニーランドに人生で5回くらい(海外含む)行ったことがあります。
 ディズニー大好き!というわけではなかったのだけれど、実際に行ってみたら、けっこう楽しくて、とくに、エレクトリカルパレードには感動したんですよね。
 
 ディズニーランド(シー)に関しては、「ディズニーで働いている人たち(キャスト)のすごいおもてなし」の本がけっこうたくさん出ていて、何冊か読んだこともあります。

 亡くなった人のためへの心遣いとか、困っているゲストへの気配りなど、感動的ではあるけれど、「本当にいつもこんなことやっているのだろうか、こんなところで働くのって、大変じゃない?」とも思っていたんですよね。
 ディズニーとリッツ・カールトンは、僕にとっての「おもてなしの老舗ブランド」なのですが、本に書かれている事例は極端なもので、ちょっと美化されすぎなのでは……と疑問でもあったのです。
 僕自身は、「常連」の店でも、初見のお客さんと同じように扱ってほしい、というか、特別扱いされるとかえって行きづらくなる、というタイプでもありますし。

 そこで、このシリーズなら、「ディズニーキャストの真実」が語られているのではないか、と期待しながら読み始めたのです。

 僕の印象では、ディズニーランドで働いているのは快活な若者ばかりだったのですが、実際は、著者のような企業を中途退職し、再就職した中高年層も大勢いるんですね。そこからすでに、僕は誤解をしていたのです。

 晴れてキャストデビューを果たして2日目のことだった。
 オンステージでスイーピング(掃除)をしていると、女子高校生とおぼしき2人組のゲストが私に近寄ってきた。
「何をしているんですか?」
「?」
 掃除をしていることは見たらわかるだろうと思ったが、質問の意図がわからないまま、とりあえずこう答えた。
「ゴミを集めているんですよ。ポップコーンなんかがあちこちに落ちていますからね」
 それを聞いた彼女たちは怪訝そうに顔を見合わせると、そのまま無言で立ち去っていった。
 それからしばらくして、今度は小学生の女の子を連れたお母さんから尋ねられた。
「何を集めているんですか?」
「ええ、ポップコーンなどが落ちていますから……」
「……あぁ、そうなんですか。すみません」
 なぜだか今度は親子でがっかりされてしまったようだった。
 さすがにこれは変だと思い、休憩時間に同僚キャストの谷口さんに尋ねてみた。
「今日、スイーピング中にゲストから何度か『何をしているんですか?』と聞かれたのですが、あれはなんでしょうか?」
 勤続10年のベテランキャストだった谷口さんは笑いながら答えてくれた。
「その質問、よくゲストから聞かれることがあるんですよ。一番オーソドックスな返答としては『夢のカケラを集めています!』ですかね。
 で、笠原さんはなんて答えたんですか?」
「……」
 キャストへのこのような質問は観光バスのバスガイドが始めて、それがいつの間にか広まったと説があるようだが、真偽のほどは定かではない。

 カストーディアルキャスト泣かせ、それがイレギュラー対応である。
 なかでも一番多いのは嘔吐処理だ。”夢の国”ではあるものの、嘔吐処理はかなり多い。週に1回程度、発生する。
 SV(スーパーバイザー:テーマパークのマネージメントを行うディズニー社員)がグループ通話でカストーディアルキャストに発生場所を流してくる。このメッセージがあったら、発生場所の近くにいるキャスト2~3名が駆けつけて対応する決まりになっている。
 とはいえ、SVは誰がそばにいるかを把握しているわけではない。キャストそれぞれが自分に近いと思ったら自主的に駆けつけるだけだ。


 「夢の国」にもトイレはあるし、アトラクションで気分が悪くなって、吐く人もいる。
 そういうときでも、朗らかに対応するのがキャストの仕事なのです。内心はどうあれ。
 まあ、他人の吐物の掃除が楽しい、という人はあまりいないと思います。感染などのリスクもありますし(ちゃんと手袋をして処置しているそうです)。
 対応してくれるキャストに対するゲストの態度も、いろんなパターンがあるみたいです。
 「夢のカケラを集めています」の話にしても、そういうゲストとのやりとりを楽しめる人じゃないと、ディズニーで気持ち良く働くのは難しいのです。
 なかには「とんでもないキャスト」もいたという話も出てきますが。


 「夢の国」とはいうけれど、そこで働いている人たちにとっては、「理想の職場」だとは言い切れないのです。

 オリエンタルランドに勤務するキャストの大半は「準社員」である。もちろん私も「準社員」としての雇用契約だ。
 辞書によれば、「準」というのは接頭語で「それに近い取り扱いを受けるもの」「それに次ぐ」という意味を表す。
 しかし、オリエンタルランドでの実態はまったく違う。「社員」と名がつくものの、実態は非正規雇用のアルバイトやパートであり、正社員とは待遇面をはじめとして根本的に異なっている。
 正社員が頭とすると、準社員は手足である。卑下して言っているのではなく、実際に内部で働いたものの実感として、そういう役割分担になっているのである。
 それは賃金面に如実に表れている。
 正社員は月給制なのに対し、準社員は時給制である。
 退職金もなければボーナスもない。いや正確にいうと、週5日勤務していたときには年2回「ボーナス」と称されるものはあった。私の場合、5000円だった。合わせて特別慰労金的な手当てが出たこともあった。1万円だった。
 2021年3月末時点において正社員約5400名に対して、準社員は約1万5800名。じつに全体の約75%を占めている。
 非正規雇用のアルバイトやパートに過度に依存することで利益を出しやすい雇用構造になっているといっていいだろう。


 ちなみに準社員の時給は、最高1350円、最低で960円だったそうです。
 著者は、もっとも人数が多いクラスでは時給1070円、1日7時間、月20日間勤務したとして、月収は約15万円、年収180万円と述べています。
 ひとりなら、贅沢をしなければ、なんとか食べてはいけるかな……という金額です。
 僕だったら、このくらいの収入で、「夢のカケラを集めています!」と愛想をふりまく気分にはなれないけれど……

 正社員と準社員の「格差」もあるし、さまざまな「決まり事」を守らなくてはなりません。
 ゲストにとっては「夢の国」だけれど、働いている人たちにとっては、「やりがい搾取のひどい職場」なのでは……とも感じたのです。

 しかしながら、こんな話を読んで、あらためて考えさせられました。

 カストーディアルキャストの橋本君は、大学卒業後、某ホームセンターに就職して早々、そこがブラック企業だと気づいたという。

「品出しがチョーたいへんなんですよ。ソファーとかベッドとか鉄パイプとか開店までに並べるだけで死にますよ。で、閉店後も仕事があって夜11時とかまで店にいて、残業代もほとんどつきませんから」
 彼は入社して1年間で辞めたという。
 その後、いくつかのアルバイトを経て、ディズニーランドに専業キャストとして勤務する彼はまだ23歳、ここでも非正規雇用のアルバイトである。ブラック企業に勤めた彼にはディズニーランドは”夢の国”に映ったのかもしれない。
「で、そことくらべて、こっちはどう?」
 冗談めかして聞いてみた。
「うーん、仕事ですからね。やっぱりいいことばっかりじゃないですよ。でも、ココじゃ、倉庫で延々と品出ししたり、変な客にクレームつけられたりしませんから、まだマシじゃないですか」
”夢の国”で働くのは楽しいし、ゲストにハピネスを提供することは働きがいがあって素晴らしい。しかし、一方で、非正規雇用のアルバイトのため、不安定な立場であり、低収入ゆえ、計画的な将来像を描くことは難しい。実際のところ、同僚の30代以上の男性キャストで既婚者の割合は世の中の平均よりも少ないように感じた。


 「夢の国」イコール、「理想の職場」ではないのです。
 とはいえ、「賃金は高いとはいえないし、仕事もラクではないけれど、世の中に数多ある『ブラック企業』に比べたら、残業はほとんどないし、ほとんどのゲストは上機嫌」です。そもそも、「お客さんを笑顔にして、お金をもらえる仕事」って、あまり思いつかないですよね。
 人気ミュージシャンやアイドルになることに比べれば、ずっと就業のハードルは低いし、低収入でも安定はしています。準社員であれば、ある程度自分の好きな日にシフトを入れられるという長所もあるのです。

 けっこう厳しい待遇だな……と思ったのですが、ディズニーの準社員って、いまの日本の職場のなかでは、「夢の国」ではなくても、「悪夢の国」じゃないだけマシなほう、なのかもしれませんね。人を楽しませるのが好きなら、なおさら。

 「なーんだ、現実はこんなもんだよね」か、「それでもディズニーは、職場としてもかなりマシなほうだよね」なのか。

 僕は「良くも悪くも、内側からみれば、けっこう『普通の職場』なんだな」と感じたのですが、このレベルの「普通」って、実際は、けっこう貴重なのかもしれません。


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