琥珀色の戯言

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【読書感想】日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?~結婚・出産が回避される本当の原因~ ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

「1・57ショック」(1990年)から30年もの間、出生率が低迷している日本。
当然の結果として、21世紀に入り人口減少が始まっている。
欧米人からは「なぜ日本は少子化対策をしてこなかったのか」と驚かれる。
一方、アジアの国々の人からは「日本のようにならないためにはどうすればよいか」と聞かれる。
日本を反面教師としようとしているのである。

家族社会学者である著者は、日本の少子化対策が事実上失敗に終わっているのは、
未婚者の心と現実に寄り添った調査、分析、政策提言ができていなかったからだと考える。
具体的には、欧米に固有の慣習や価値意識をモデルの前提にし、
日本人に特徴的な傾向・意識、そして経済状況の変化を考慮しなかったのである。
本書では失敗の原因を分析・総括するとともに、
日本特有の状況に沿った対策は可能なのかをさぐる。


 日本で「少子化対策」が叫ばれるようになってから、かなりの時間が経ちました。
 児童手当や保育園などの待機児童対策、働き方改革など、さまざまな政策が行われてはいるものの、劇的な効果はみられていないようです。
 まあ、正直なところ、「国の未来のために子供をつくれって言われても、はいそうですか、ってわけにはいかないよな」という感じではありますよね。

 日本では、平成に入って以来、合計特殊出生率1.6以下の状態が30年以上続いている(1.5以下としても25年である)。
 合計特殊出生率(Total Fertility Rate。略してTFR)は、もともと人口学の専門用語だったのが、今では普通に使われる言葉になっている。「女性1人あたり一生の間に産む平均子どもの数」の目安として使われる。
 これが、2.07人を上回れば、人口は増大し、下回れば減少する。


(中略)


 その合計特殊出生率が、1.6を切った状態が30年続けば、人口は減少し、高齢化率も上昇する。移民(国際移動)や長寿化の効果もあるので、実際に日本で人口減少が始まったのは、2008年頃と言われている。


 ちなみに、日本の合計特殊出生率は、1950年が3.65、1970年が2.13、1990年が1.54と太平洋戦争後どんどん低下してきているのですが、2005年が1.26、2010年が1.39、2015年1.45、2019(推計値)1.42と、近年は下げ止まっている、とも言えそうです。
 
 なぜ、日本では子どもが増えないのか?
 著者は、そのひとつの理由として、日本をはじめとするアジアの国々では、婚外子の割合が少なく、婚姻率が下がっていることが出産数の原因となっていることを指摘しています。
 もうひとつの理由として、若者の経済格差の拡大にも言及しているのです。

 著者は、日本の少子化対策の失敗は、未婚者のなかの、一部人たちの意識を多数派の考えだと勘違いしていたのが原因ではないか、と述べています。

 たしかに、大都市部では、地方に比べれば男女とも1人暮らしの独身者が多い。そして、大卒、大企業勤務の男性であれば、結婚にあたって自分や相手の経済力を気にすることはなく、愛情の有無のみで選ぶことは可能だろう。そして、人口が多い大都市部では異性の独身者と出会う機会は多いのである。
 しかし、地方では、1人暮らしの未婚者はとても少ない。結婚後の生活を考えると、非正規雇用者の男性を結婚相手に選ぶ女性は少ない。地方では、そもそも独身者の絶対数が少ない上に、出会う機会が乏しい。
 もちろん、1人暮らしで、周りに独身の異性が多い環境に置かれている「大卒、大都市居住、大企業勤務」の未婚者は存在する。しかし、日本の若者全体から見れば、絶対的少数なのだ。

 男女雇用機会均等法成立から30年以上経った。それとともに、女性にとっての仕事の現実が見えてきたのである。
 たしかに30年前は、仕事での自己実現を目指そうと社会に出て行った女子学生は多かった。その結果どうだったか。
 たとえば、社会学者の中野円佳氏による、結婚出産で仕事を辞めたキャリア女性へのインタビュー調査を見てみても、両立できなくて辞めたというよりも、両立してまで続けるほどの仕事とは思わなかった(もしくは、やりがいのない職に配転になった)点が強調されている(中野円佳『「育休世代」のジレンマ』光文社新書、2014年)。
 つまり、結婚出産で女性が仕事を辞めるのは、保育所育児休業制度が整っていないからということよりも、仕事を続けること自体に魅力がないからというのが主たる原因なのだ。
 それは、日本社会の仕事の仕方に問題がある。
 まず、日本社会では、正社員であれば、会社への献身的忠誠
──長時間労働、家族を顧みない働き方──が求められる。それができなければ、キャリアコースから外れる。 中野が強調するように、男性並みの仕事能力がある女性は、キャリアコースあ外れると、仕事を継続する気をなくすのである。
 男性の多くは、仕事での自立を求められ、かつ、妻子を養う必要性から、それに従わざるを得ない。
 しかし、女性は、それに従わなくてもよい自由があると考えられている。


 著者は、日本が「少子化対策」のロールモデルとしてきた、西欧や北欧と、日本をはじめとする東アジアの国々の「家族観」の違いにしばしば言及しています。
 西欧や北欧では、女性にとって「仕事をすること」は、収入を得る目的であるのと同時に、(結婚していたとしても)自立して生きていることの証明なのです。
 日本の専業主婦に対して、「もし夫との関係が悪化したり、夫が失業したりしたときにどうするのか?」と疑問を呈されることも多いのだとか。
 それに対して、日本では、まだ「稼ぐのは主に男で、妻の収入は家計の補助」という意識が強いのです。

 また、「子どもを生み、育てることが、自分自身の人生の楽しみであり、一緒に成長していくことを喜びつつ自立を促し、大学生くらいになれば、あとは本人の責任」と欧米の親や考えるのに対して、日本をはじめとする東アジアの家族観では、「子どもを経済的に十分にサポートし、立派な大人に育てるのが親の責任」なのです。成人していても未婚の場合には、親子の同居が長く続くこともあります。
 少子高齢化で賃金も上がらず、今後の経済成長の見通しも厳しい日本で、「子どもには自分以上の環境を与えなければならない」というプレッシャーがかかってくれば、「子どもを育てるのは無理だよなあ」と諦める大人が増えるのも当然のことですよね。

 僕は、「家を継ぐ」とか「血を残す」というような考え方が時代遅れになり、ワークライフバランス、という名の元に「仕事も家庭も子育ても完璧にこなさなければならない」という要求が肥大した世の中では、「結婚しない」「子どもを持たない」という人が増えていくのは当然ではないかと思っています。
 外食産業の発達やさまざまなサービスの充実により、人がひとりで生きていくことは、そんなに難しいことではなくなりましたし、子どもに介護してもらおうなんて、これからの時代は無理にきまっています。
 もちろん、そういう時代でも、「子どもを産みたい、育てたい」という人たちは少なからずいるでしょうけど、「どんどん子どもを産んでください。でも、ものすごく頑張らないとダメですよ」って言われたら、「じゃあ要りません」というのも、当然の選択ではないでしょうか。

 ずばり、結婚や出産を手控える若者、つまり、中流転落不安を持つ層は、次のような層である。
「親が比較的豊かな生活水準を保っている」のに、「自分が将来築くことができる生活は、親の水準に達する見通しがない」若者たち。
 なぜなら、彼らこそが、「子どもにつらい思いをさせてしまう可能性」に晒されているからである。


 そもそも、少子化は「悪」なのか?
 国のために、人類のために、「産まなければいけない」と強要することができるのか?
 人間って、地球の歴史で唯一、自らの意思でゆるやかに滅びていく生物なのかもしれません。
 僕がその終わりを見届けることはできないのは残念ですが。


人口減少社会のデザイン

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