琥珀色の戯言

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【読書感想】本人に訊く 壱 よろしく懐旧篇 ☆☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容紹介
「この本アナタが書いたんだよね」「そうでしたっけ?」
世にも珍妙な取り調べがはじまる
デビュー作『さらば国分寺書店のオババ』から『はるさきのへび』まで78作品の裏事情。
椎名誠全著作検証シリーズ第1弾

デビュー作『さらば国分寺書店のオババ』から、青春小説の金字塔『哀愁の町に霧が降るのだ』、SF小説の傑作『アド・バード』『武装島田倉庫』など、94年までに発表した78作品の創作の裏事情に、盟友の文芸評論家・目黒考二がスルドク切り込むおもしろすぎる対談集。コワモテ高校生時代、敏腕商業誌編集長時代に書いた小説や秘蔵写真など、おまけ収録も盛り沢山。椎名誠全著作検証シリーズ第1弾。


 椎名誠さんが、これまでの全著作を長年の盟友である目黒考二さんとの対談形式で振り返る、というシリーズの第一弾です。
 単行本が出たとき、「面白そうだけど、全著作となると、振り返りを読むのも大変そうだな……」と、結局、スルーしてしまったのを思い出しました。
 今回、文庫化されたので、その最初の巻を読んでみたのですが、ものすごく面白かった。
 椎名誠さん、目黒考二さんの作品や『本の雑誌』をずっと読んできた僕にとっては、永久保存版になりそうです。
 長年読み続けてきただけに、「この小説を読んだときは大学生だったんだよな……」とか、「そういえば、旅先でこれを読んだな」とか、自分自身のこともあれこれ思い出してしまいます。
 椎名誠さんはテレビのドキュメンタリーに出たり映画をつくったりもされているのですが、目黒さんが、映画制作には反対していた、というエピソードも出てきます。
 目黒さんは、映画に時間をとられるより、椎名さんにもっと小説を書いてほしかったみたいなのです。
 
 この本の面白さは、作家であり、写真家、映画監督、冒険家でもある椎名さんの著作を、目黒さんが長年の盟友として、そして書評家として、率直に評価して、椎名さんに直接ぶつけているところなんですよ。
 僕もいろんな作家のライナーノーツをみてきましたが、ここまでぶっちゃけているものは初めてです。
 

わしらは怪しい探検隊』(1980年)の回より。


目黒:わしらは怪しい探検隊』の続きなんだけど、これ、実はところどころ椎名の創作だよね。たとえば冒頭、こういう一文で始まるんだ。
「『神島にしようじゃないの』
 と、その年の春、陰気な小安は早くも二級酒四合をぐびりぐびりと飲み干し、板わさ、もつの煮込み、もろきゅう、とったところをあらかたつつきおわったところでぼそぼそと陰気に言った」
 つまり、探検隊の夏の遠征先を決める会議を、その数ヵ月前に開いたということなんだけど、こんな会議、やったことないでしょ?

椎名:やったことないな。

目黒:ほら、創作じゃん。

椎名:あのなあ、創作っていうと作りごとのように聞こえるから、その言い方やめてほしいんだよな。歴史に残るドキュメンタリーじゃないただのアンちゃんたちのバカ行動だから正確に書いてもしょうがないじゃんか。わかりやすい話の順番として書いてんだよ!

目黒:それはまあそうだね。

椎名:話に面白く入ってもらおうというな。探検隊といっても日本を代表してどこかに挑む、というわけじゃないんだから。

目黒:わかった。じゃあ訂正しておこう。行き先は全部、椎名が一人で決めていたんでしょ?

椎名:そうだな。


 こういう話って、当時、リアルタイムで聞いていたら、僕は「なんだ作り話なのか……」と、少し興ざめしていたような気がします。『怪しい探検隊』がノンフィクションやドキュメンタリーだとは思っていなかったとしても。
 「事実のなかに、面白くするためにフィクションを織り込む手法」についての世の中や読者の考え方も、1980年と現在では、かなり変わってきているのです。

 目黒さんは、これ以外にも、椎名さんの著書のなかで事実と異なったり、無かったことが書かれていたりするところについて、細かく指摘しています。
 椎名さんは自分の著書をほとんど再読していない、という事実も、対談のなかで明かされていて、驚いてしまいました。
 そうか、そんなに「再読しない」ものなのか。

『男たちの真剣おもしろ話(1983年)』の回より。


目黒:えーっつ、次は椎名がホストになって各界の著名人を呼ぶという対談集ですね。クレジット会社のPR誌に連載したもので、実業之日本社から1983年2月に刊行。おそらく椎名の唯一の対談集だと思うけど、いきなり結論をいえば、椎名は対談に向いていない。

椎名:面白くないか(笑)。

目黒:いや、面白くないだけじゃない。ちょっと今読むと恥ずかしい。それは仕方がないんだ。椎名はデビューしたばかりなのにビッグネームが対談の相手なんだ。すると、どうなるか、媚びているとまでは言わないけど、それに近いニュアンスの発言が頻繁に出てしまう。相手を必要以上に持ち上げるとかね。たぶん椎名には媚びるっていう意識はなかっただろうけど、そういう印象を与えてしまうんだ。

椎名:全然おぼえていないなあ。

『長く素晴らしく憂鬱な一日』(1988年)の回より。


目黒:それでは問題の『長く素晴らしく憂鬱な一日』です。「ブルータス」に連載した小説。椎名はおぼえているかなあ。この小説が連載中に、椎名と会うたびにおれ、「あんなにつまらない小説は早くやめたほうがいい」って言ってたの(笑)。あの頃はしょっちゅう会ってたから、何度も言っていたんだと思う。そしたら、気がつくと終わってて、あれ、どうしたんだろうと思って聞いたら、お前があんまりやめろやめろと言うから、やる気がなくなっちゃったよって。


椎名:おぼえてないなあ。


目黒:ただね、1987年の作品で、それ以来読んでないから、今回再読する前に、もしかすると今ならまた違った感想を抱くかもしれないって思ってたんだ。ところが、やっぱりつまらなかった(笑)。


 こういう目黒さんの厳しい意見に対して、椎名さんは「うーん」と唸って絶句することはあるものの、怒ったり言い訳したりすることはなく、目黒さんの評価を聞いているのです。
 『水域』というSF小説への目黒さんの高評価については、本当に嬉しそうですし。

 かなりの分量なのに、こういう率直な言葉で書かれているので刺激的だし、あらためて再読してみたくなった作品もたくさんありました。
 僕が大好きな『パタゴニア』を目黒さんが褒めているのも嬉しかったのです。

 そして、いまや「大家」となった椎名さんと目黒さんが、お互いに言いたいことを言い合える関係を続けていることに、「昔からの仲間って、やっぱり良いものだなあ」と思うのです。
 
 椎名さんの代表作のひとつである『岳物語』について、モデルに「なってしまった」椎名さんの子ども・岳さんが書いたエッセイも収録されています。
 「カッコいい男」であり、「お父さんにしたい人」だった椎名さんなのだけれど、いちばん大事だったはずの実の子の岳さんとは、難しい関係の時期もあったそうです。

岳物語』の回より。

目黒:あと、印象深いフレーズは野田(知佑:カヌーイスト、作家)さんの解説の中にある「いい父親であることは難しいが、いい小父さんであることはやさしい」。これは実に名言。本当にそうだよなあと納得だね。たぶん椎名もよその子に対しては、野田さんみたいにやさしいと思うんだ。逆に、もし野田さんに息子がいたら椎名みたいに横暴になって怒ったりしてね(笑)。


椎名:そういうもんだよな(笑)。


 岳さんは、野田知佑さんのことをこんなふうに書いています。

 当時僕は、学校での退屈な数か月間よりもはるかに多くのことを、野田さんと、そして犬ガクと共に過ごした山や川での数日間で学びました。
 野田さんは、話を聞いてくれる人でした。僕の、子供の、くだらないたわ言を真剣に聞いてくれる大人でした。
 その頃から、僕の父親は海外に出かけることが多くなり、野田知佑さんという人物は僕にとっての、もう一人の父親のようでもあり、新しい遊びを次々に教えてくれる親友のようでもありました。


 「理想の父親」というイメージがある椎名誠さんでも、自分の子どもには、いや、自分の子どもだからこそ、うまく関係を築けないところがあったのです。

 「著作を振り返る本」なんだけれども、椎名誠という人生を振り返る内容になっているんですよね。
 一時期でも椎名さんのファンだったことがある人には、ぜひ、読んでみてほしい。


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パタゴニア あるいは風とタンポポの物語り (集英社文庫)

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