琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

【読書感想】小保方晴子日記 ☆☆☆☆

小保方晴子日記 (単行本)

小保方晴子日記 (単行本)


Kindle版もあります。

内容紹介
精神科入院、博士号剥奪、手記の執筆……
STAP騒動を経て、壮絶な日々をどう生き延びたのか。
理研退職からの650日間を綴る。 〈『婦人公論』好評連載をもとに、その後の日々を大幅加筆〉


婦人公論』で話題を呼んだ瀬戸内寂聴さんとの特別対談を再録!


 STAP細胞に関するさまざまな出来事は、僕にとっても、印象深いものでした。
 若くて感じの良い、割烹着姿の女性研究者が注目されているのをみて、「ああ、世の中には、若くして、こんなふうに『世界を変える』ような仕事をしてしまう人がいるのだなあ」と、称賛と羨望と嫉妬が入り混じった気持ちになったのですが、その「ヒロイン」は、捏造疑惑で「科学の敵」として、大きなバッシングを受けることになりました。
 僕が知るかぎりの証拠や、追試でSTAP細胞の再現性が確認できないことを考えると、小保方さんの論文に書かれていたことは、科学的な事実とは認めがたいのです。
 しかしながら、それが意図的になされたものなのか、なんらかの偶然で起こってしまったことに対して、過剰に信じすぎてしまったのか、小保方さんひとりが責を負うべきなのか……いろんな「真実」はわからないまま、「小保方晴子というひとりの女性への興味」だけが残ってしまったようにも思われます。
 いかにも「悪いことをしそうな人」であったら、みんなけっこう「ああ、そんな感じだよね」って言って、納得できたはずです。
 ところが、小保方さんには、「ある一定の割合の人は、彼女を信じたくなってしまうようなオーラ」みたいなものがある。
 

 あのSTAP細胞事件というのは、科学研究の世界が潜在的に抱えていた問題をあらわにしたのです。
 「研究者は、自らの良心に基づいて正しいデータ、正しい実験をしている。もちろん、結果的に間違った結果を発表してしまうことはあるけれども、それはあくまでも『過失』にすぎない」
 そういう前提にしておかないと、科学研究には、コストがかかりすぎるのです。
 『ネイチャー』や『サイエンス』というような、論文が載ることで科学の世界に大きな影響を与え、研究者としての評価が高まるような雑誌で、投稿されてくる論文の元になるデータのひとつひとつが真正なものかどうか検証していたら、ものすごい時間と手間がかかってしまいます。
 実際は、不正はやろうと思えばできるし、それを論文の段階で完全に見抜くのは難しい。
 「間違った論文」というのは、今の時代にはじまったことではなく、何かに取りつかれたかのように、捏造論文を発表しまくった人も、歴史上、少なからずいるのです。
 ただ、このSTAP細胞なんていう、応用段階で広く使われることが予想され、みんなが実際にやってみればすぐに「できない」ことがバレるような研究で、そんな不正をするのだろうか?もしやったら、どんな結果になるか、予想がつきそうなものなのに……とも、思うんですよね。
 本当に、わからない。


fujipon.hatenadiary.com



 前置きが長くなってしまいましたが、この婦人公論に連載されていた小保方さんの日記、僕は読むことに躊躇していたのです。
 これ、本人が書いているのだろうか?
 本当のことが書いてあるのだろうか?


 前者に関しては、校正や修正が入っているとしても、原型は本人が書いたものである可能性が高いと感じました。
 後者に関しては、正直、読み終えたいまでも、よくわからない。ただ、全部が嘘ではないとは思う。
 ここには、小保方さんにとっての事実が、そのまま書かれているのではないか、というのが僕の感覚で、日記というのは、それで良いのだろうな、と。

10月3日(土)
 朝から晩まで、理研と神戸の部屋から運ばれてきたダンボール箱の存在が気になる。ダンボール箱を見るだけでも心に拒否反応が出てしまい、目に入らないように別の部屋に置いてあるのに、その部屋から妖気が流れ込んできている気さえするのだ。
 執筆していても集中できず、思いきってダンボール箱を開けた。通勤に使っていたお気に入りの服が遺品のように思える。もう着ることはないだろう。理研からの荷物には、私宛てのハガキや手紙がいっぱいに詰まった大きなダンボール箱もあった。数枚手に取っただけで、死ね、死んで詫びろ、責任を取れ、の文字が見えた。自分の過去がすべて悲しいものに思えて、大勢の人からこんなふうに非難されながら、これから先の人生に耐えていくなんてできるだろうか。


 「科学研究や論文への信頼」を大きく傷つけたという点で、STAP細胞事件の主謀者とされている小保方さんには、大きな「罪」がある。
 もちろんそれは、「わざとやっていたのならば」という前提なのですが。
 それでも、多くの匿名の人からの激しいバッシングや母校からの博士号取り消しの経緯、マスメディアからの自宅への取材目的での度重なる来訪などを読むと、ここまでの「罰」を彼女ひとりが受けるべきものなのか、と疑問になるんですよ。
 小保方さんは、対人恐怖に怯えつつ、精神科の薬を大量に飲みながらも、自分のよりどころである早稲田大学での卒論を修正し、学位を維持しようと努力するのですが、大学側は、世論を重視して、「いくら修正しても認めるつもりはない」「あなたは信頼できない」という前提で無理難題を押し付けてきます。

 パニックが始まったのは先生たちがお帰りになった後。先生、違います。私はほかの学生と同じように正式に審査を受けて学位を授与されました。何らかの手段を使って強奪したわけではありません。指導して審査して合格を出して学位を授与したのは、ほかならぬ先生方です。今になってその判断を変えようとするのはおかしいと思いませんか。私一人にだけ違う扱いをするのは理不尽だと思いませんか。どうして笑いながらそのようなことをおっしゃるのですか。どうして、どうして、どうして。
「無駄かもしれないけれど博士論文の書き直しを始めるつもりです」と、心配してメールをくれた友人に返信をした。
「人生の焼け野原にぽつんと立っているような気持ち」とノートに書いた。


 この件に関しては、小保方さんが言うことに、一理以上あると僕は思うのです。
 なぜ、学位審査のときに、その不備を見抜けなかったのか。そのために審査をしたのではないか。
 「世の中が許さないから、学位は剥奪するし、論文も認めない」というのが既定路線なのに、再審査をするフリをして一個人に期待をもたせるのは、あまりにも残酷なのではないか。
 大学側としても、「学問の場としての建前」を維持しなければならないとはいえ、苦渋の選択ではあったのでしょうし、僕が審査する側だったとしても、「われわれにも責任がある」とは言い出せなかっただろうけど。
 

 家に帰った数時間後、インターホンが鳴った。基本的にインターホンには出ない。でも続いてドアをドンドン叩かれたのだった。異変を感じて、インターホンのモニター画面を見ると、見覚えのある週刊誌の記者の顔だった。
 一瞬にして血の気が引き、恐怖が全身に満ちた。
 爪を剥がしながら必死に這い上がってきた崖の上から、足蹴にされて再び地獄に叩き落された気分だ。


 この日記のなかでは、人目を避けるために、ずっとマスクをしていて、ひとりひとり仕切りがあるラーメン屋(一蘭?)でしか外食ができなかったことや、過食や体調の変化などの日常もつづられています。
 日記好きの僕としては、「不謹慎かもしれないが、この人の日記は面白いなあ、よく書けているなあ」と思いながら読んだんですよ。
 文章も上手い。
 ところどころで、ペットの亀への愛情がつづられていたり、献身的に助けてくれる「親友さん」や研究室の先輩(同僚)の話も出てきます。
 登場人物の性別が推測できるような「彼」「彼女」という三人称や会話などが、注意深く取り除かれていたことに、読んでいて不思議な感じがしたのです。
 「親友さん」=「恋人」なのだろうか、ここまでのことをしてくれるのだから、というようなゲスな勘繰りもしてしまったのですが、誰のことか濁してないと、その人に迷惑がかかるから、という意図なのかもしれず、これもよくわかりませんでした。でも、親友に「さん」は付けないよね一般的には。浮世離れしたファンタジーの世界のとらわれの姫みたいな日もあれば、淡々とした一日もある。そして、怒りや絶望に支配されていることもある。

 のどが渇いて、お腹が空いてつらい。一人でしゃぶしゃぶをして、焼き菓子を食べて、八宝菜を作って、全部食べた。それから、柿、チョコレート、甘鮭、チャーシュー、マドレーヌ、チーズケーキ、ヨーグルトを食べた。気分が悪くなって、駆け込んだトイレで泣いた。

 朝は食べるのをやめて、お昼にお茶漬けを食べた。午後には調子が悪くなってダウン。かかって来た電話に出られなかった。夜はステーキを3枚焼いて食べた。


 過食と拒食の繰り返しや体重の変化、日々のメニューなども書かれているんですよね。
 何をどれだけ食べたか、というのは、その人の精神的・身体的コンディションに直結している情報なのだな、とあらためて思います。


 これを読んでいて、僕は壇蜜さんの日記を思い出しました。
 小保方さんも、「小保方晴子を演じている、あるいは、観察している」時間と、「やっぱり自分が小保方晴子なんだ」と感じている時間が入り混じっているのかもしれません。

 一人だと思って大浴場に入っていると日帰り入浴のお客さんが入ってきた。思わずタオルで顔を隠した。体ではなく顔を隠しているなんて滑稽。頭の3パーセントほどではそう思っているのに残りの97パーセントが恐怖で埋め尽くされてしまう。


 け、けっこう仮面……


 ……というような、不謹慎なことを思いつつ読みました。
 状況は極めてシリアスなのに、けっこうユーモアも交えて書かれていて、面白い人、面白い日記だなあ、というところも多々ありました。
 被害者意識にとらわれている日もあれば、自分の状況を客観的にみている日もある。


 どこまで本当のことが書かれているかどうかはわからないけれど、「ハマる」日記ではありましたよ。


fujipon.hatenadiary.com
fujipon.hatenadiary.com

あの日

あの日

合本 壇蜜日記【文春e-Books】

合本 壇蜜日記【文春e-Books】

けっこう仮面 (SPコミックス)

けっこう仮面 (SPコミックス)

アクセスカウンター