琥珀色の戯言

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【読書感想】サバイバル組織術 ☆☆☆☆

サバイバル組織術 (文春新書)

サバイバル組織術 (文春新書)


Kindle版もあります。

サバイバル組織術 (文春新書)

サバイバル組織術 (文春新書)

内容(「BOOK」データベースより)
理不尽な人事、職場のいじめ、女性と仕事、予期せぬクライシス―。会社から国家まで、現代人は「組織」とのかかわりなしには生きていけない。日本の文学や漫画、ドラマなどをテキストに「組織」を読み解き、実体験も交え、生き抜く極意を指南。人事は最も危険な仕事、漱石が描いた「組織と個人」、クライシスを生き抜く非情の戦略、現場にツケを回す上司のキーワード、人材の枠を狭めると組織は滅ぶ、生活保守主義の恐ろしさ、人脈はABCに分類せよ、上司と戦ってはいけない、ほか。実戦で使える思考とノウハウ。


 外務省という組織のなかで頭角を現したものの、鈴木宗男事件に絡む背任容疑で逮捕され、失職してしまった佐藤優さん。
 「組織の中で生き残るには」というのは、佐藤さんにとっては、きわめて身近なテーマであり、これまでも何度か同様の趣旨の本を上梓されています。
 これだけの理念と戦略を持って行動していたはずの人でも、失脚してしまうのが組織の怖さ、でもありますね。

 この本では、佐藤さんが、『忠臣蔵』や『坊ちゃん』などの古めの作品から、『逃げるは恥だが役に立つ』のような最近の作品まで、文学や映像作品を題材に、組織の中で、人はどうふるまい、生き抜けばいいのか、を検討しているのです。

「組織」は、時に私たち「個人」に理不尽な仕打ちを行います。なぜなら、組織の目的は、基本的には組織自体の維持・存続であって、そのためなら組織の一部分に過ぎない個人を犠牲にすることは「合理的な判断」とされるからです。「組織にとって、いかなる個人も入れ替え可能である」、これが組織と個人を考えるうえでの大原則です。そのなかでいかにサバイバルするかが、本書のテーマです。
 本書では、日本の小説やテレビドラマのシナリオなどをテキストにして、そうした危機的な局面をみていきたいと思います。なぜ組織内でのサバイバルを考えるこの本で、文学作品を取り上げるのか? 
 それは組織に関わる問題の多くは、マニュアル化できないものだからです。論理では説明しきれない様々な要素が入っている。こうした問題に対応するには、アナロジカル(類比的)に考えるしかありません。過去に似たようなケースはないか、そこから学べる教訓はないかと探すという方法です。私たちはよく「歴史に学ぶ」と言いますが、それはこのアナロジカルな思考法を使って、解決策を探索しているわけです。
 しかし、歴史はまだ現実に近すぎます。情報量が多すぎるのです。実際に起きたことから教訓を抽出するには、膨大な情報処理と分析を必要とします。
 それに対して、すぐれた文学作品は、作家の直観力によって、現実がまとっている余分な枝葉が取り払われているために、「組織と個人」の本質的な姿が浮き彫りにされています。なおかつ凡百のビジネス書で描かれる組織論よりも、リアルで実践的です。小説などを読むことで、私たちは、登場人物が遭遇するさまざまな危機、そこから得られる教訓を追体験し、予行演習することができます。


 城山三郎さんの『官僚たちの夏』をテキストにした章では、通産省の人事を掌握して力を持った官僚・風越信吾(実際にモデルになったとされる官僚がいるそうです)の「人事というものが好きだ。有能な人物を適所に配属することによって、組織を引っ張っていきたい」という内容の言葉を引用しています。

 そして、「人事」について、佐藤さんはこんな見解を述べているのです。

 ここで風越は、人事という仕事の魅力について雄弁に語っていますが、魅力の裏側には魔力があります。実は、人事は、組織において最も危険な仕事なのです。
 冒頭でも述べたように、ポストには組織における価値が集約されています。当然、そこには勝者と敗者が生まれます。そこで人事を担当する者が必ずわきまえておかなければならない鉄則があります。それは「抜擢された人は感謝しないが、外された人は必ず恨む」ということです。
 人間には認知バイアスがあり、自分の能力、自分の成果を必ず実際以上に大きく評価するものです。日のあたるポストに登用された人は、「自分の能力が正当に評価された」と感じるだけで、人事担当者に感謝などしないか、感謝しても短期間にすぎません。他方、コースから外された人は「能力がある自分が左遷されたのは、人事担当者の恣意によるものだ」と反発するのです。
 これは人間の本性といってよく、いくら謙虚な人でも、このバイアスから完全に逃れることはできません。ただ「人間には自分を過大評価する傾向がある」ということを知っておいて、折に触れて、軌道修正を試みる必要はあるでしょう。


 ああ、これはわかるな……
 僕もいろんな職場で働いてきましたが、「自分はやっている仕事以上に評価されている、給料をもらっている」と普段から口にしている人って、周りにはほとんどいませんでした。
 これを書いている僕も、自分は能力が低いと思っているけれど、それでも、「僕にばっかり仕事を押し付けて、そのわりに給料安くない?」とムカついていることも少なくないのです。
 自己評価が高い人は、人事の評価に不満だし、自己評価が低いとしても、他者から低評価をつけられて受け入れるのは難しい。
 抜擢されても、「自分の能力なら当然」と思うか、「火中の栗を拾わされた」と感じるかで、人事に「感謝」する人は少ないはずです。
 もちろん、「人事は恨まれるほどの権力がある仕事」だというのも事実なんですけどね。


 この本を読んでいて痛感するのは、結局のところ、個人は組織と戦っても潰されるし、上司と争ってもほとんど勝ち目はない、ということなのです。
 理不尽なのだけど、それを前提にして立ちまわったほうが良いのです。

 多くのビジネスパーソンにとって、組織における悩みの大半は上司と部下の関係から派生してきます。では、そりが合わない上司とはどのように戦ったらよいのでしょうか?
 私の答えはシンプルです。上司とは戦ってはなりません。なぜなら上司は組織を体現するものだからです。上司と戦ったとして、たとえ局地戦で勝利したとしても、次の上司が出てくるだけでしょう。そして三人目の上司が送り込まれるころには、組織に反抗した人間として必ず潰されます。上司と戦っていい目をみている人間が本当にいるかどうかをよく観察してみてください。その戦いにエネルギーを割くことになってしまえば、仕事もうまく回っていきません。しかも、組織が本気になって、その個人を調べ上げたら、二つや三つは何か都合の良くない事実が出てきます。その気になれば、デッチ上げや歪曲も可能です。外務省という官僚組織に切られた私が言うのですから、間違いありません。
 そもそも「上司と戦う」という発想を持つこと自体、組織の本質を理解していません。個人としての上司を追い出すことはできるかもしれません。しかし、組織の一員としての上司には絶対に勝てない。いかなる上司も――部下からみてどんな駄目な上司でも――人事という組織の判断の結果、そのポジションに置かれています。だから、上司に逆らうことは、組織に逆らうことにほかなりません。個人はいつも一人、組織はいくらでも人を入れ替えることができる。組織の数的優位は明らかで、戦力の大きいほうが最終的に勝つのは軍事の初歩中の初歩です。
 上司との戦い方があるとすれば、たったひとつ、それは仕事で成果をあげることです。仕事で成果を上げている限りにおいては、上司は部下を評価せざるをえません。なぜならそれは上司自身の評価につながるからです。もっとも成果を上げすぎると、かえって上司に疎まれる可能性もありますが、通常は、部下の業績に嫉妬して妨害するような中間管理職は、会社の利益を阻害する存在ですから、いずれ排除される運命を辿ります。会社は営利を追求する組織ですから、その組織の論理に即している限りは、多少のことは許されます。


 この本のなかには、もっと実践的かつ詳細な「困った上司への対処のしかた」も書かれているのですが、基本的には「組織や上司と真正面から戦う愚を犯さない」ことが最良の戦略なのです。
 だからどんなひどい相手にも従え、というわけではなくて、うまくやりすごすとか逃げるということも含めて、立ち回りを考えたほうがいい。
 きれいごとばかりではない、「組織でのサバイバル術」。
 大きな組織の一員である、あるいは、そうなろうとしている人は、一読しておくことをおすすめします。


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