琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

「ネット上に書くこと」と「秘密を守ること」

http://www.enpitu.ne.jp/usr10/bin/day?id=103512&pg=20060524

↑の文章を読みながら、人気サイト(ブログ)管理人、とくに女性は大変なのだなあ、とあらためて思いました。ここまで気をつけないと、WEBに文章を書けないのか……と。
でも、これを読んで、僕には何かこう、違和感が残ったんですよね。その違和感を言葉にしてみると、

そこまでフィクションでいろんなものを覆い隠して、自分が誰だかわからないように、書いてあることが何であるのかわからないようにしなくてはならないと思っているのならば、なんでわざわざWEB上に文章を書こうとするのだろう?

というものなのです。
そんなに「個人情報守秘」にこだわるのならば、「言わない」「書かない」のがいちばん良いんじゃない?
そもそも、「私、口が堅いから、秘密は守るから」と宣言している人よりも、普段から余計なことは言わない人のほうが、よっぽど「機密性」は高いですよね。「沈黙は金」とは、よく言ったもので。

そして、お金になるわけでもない個人サイトにとって、もっとも一般的な「目的」というのは、やはり、「自己アピール」だと思うのです。もちろん、そのアピールにもいろんな程度があって、職業文章家になれるように名を売りたいと思っている人もいれば、新しい友達がひとりでもできればいい、と考えている人もいるでしょう。コメント欄に「わかるわかる」って書いてもらえるだけで幸せ、という人だっているかもしれない。あるいは、「自分が書いたものが、どれだけの人に読んでもらえるか?」という純粋な「力試し」目的の人だっているのでしょうけど。

いくらいろんなものを隠してみたところで、結局のところ、個人サイトって、多かれ少なかれ、「その人らしさ」が出てしまうものなのですよね。そもそも、エッセイへの興味なんていうのは、「内容」だけではなく「書き手の魅力」に依存している面が非常に大きいものです。
こうして書いている人間というのは、「書きたいというカルマ」みたいなものを、みんな背負っているのではないか、と僕は思うし、「母さん」(http://mother.cside.com/)とか、プラッチックhttp://www6.ocn.ne.jp/~fronts/)のような、「純粋にネタだけで勝負するサイト」を除けば、日常日記、エッセイをWEB上に書くというのは、「自分や周囲の人たちを晒すこと」に繋がっています。いや、いくら「事実に基づいたフィクション」だからって、やっぱり、そこにはいろんな「ヒント」がちりばめられているはずですし、そもそも、「ネタにされた人が読めばわかるし、不快になる可能性がある」ものであれば、あまり「隠しているから大丈夫」なんて胸を張って言えるようなものではないんですよね。そして、もちろん僕が書いているものも含めて、WEBに公開されている日記やブログの大部分は、「ネタにされた人にとっては、たぶん不愉快なもの」なのです。だいたいさ、自分が知らないところで、自分のことが誰かによって全世界に公開されて、笑われたり、責められたりしているというのは、「ネタにされる側」にとっては、かぎりなく嫌なものだと、僕は想像しています。いや、仮に1日10アクセスくらいのサイトだったとしても、ネットのことに詳しくない人の認識なんて、「だって、これって世界中の人が自由に見られるんでしょ!」というようなものだと思いますよ実際は。
こうやって、会員制でもないサイトやブログに書いている以上、「自分は守秘義務を遵守している」なんて口が裂けても言えません。
僕の本音は、「頼むから、みんな『犯人探し』をしないでくれ…」「知り合いが見つけても、知らんぷりしてくれ…」という、「祈り」なんですよね。いや、表にさえ出さなければ、生温かくヲチしてくれて構わないから。もし晒されてもなるべく問題にならないように書いているつもりなのですが、そういうのって、「書いている側の基準」というのは、往々にして甘くなりがちだし、書かれている側にとっては、「内容以前に、書かれることそのものが不快」だったりするわけで。

結局のところは、ものすごく不安定な場所で、「誰か見つけてくれ」と「お願いだから探さないでくれ」のあいだを、ゆらゆらと彷徨いながら、多くの個人サイトやブログというのは続いているのです。
それでも書かずにはいられないというのは、なんだかもう、自分でも、どうしようもないなあ、とあきれかえってしまいます。

本当は、「書かない」のが最大の「守秘」なのは、わかってはいるのですけど……

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