琥珀色の戯言

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【読書感想】うなドン ☆☆☆☆


うなドン 南の楽園にょろり旅

うなドン 南の楽園にょろり旅

内容(「BOOK」データベースより)
ニホンウナギの産卵場を突き止めた塚本教授率いる東大研究チーム。次のミッションは、「世界中のウナギすべて」を集め、その進化の道筋を解明すること。しかし、これまで地球上に生息するウナギ全18種類の採集に成功した者はいない。少ない予算を極限まで切り詰め、前人未踏の自然科学の頂きをめざす。脳みそを揺さぶるような感動を求めて、いざ自然界の奥地へ。

 著者の前の本『アフリカにょろり旅』が、すごく面白かったので購入。
 というか、確認してみたら、この本、2011年2月に出ていたんですね。知らなかった……

 ゆっくり眼を開くと、そこには椅子に座った体を、ロープで机や柱に縛り付け、思い思いに酒をあおる東京大学海洋研究所の研究者たちがいた。
(何だこいつら……。東大? 海洋生物学者? 嘘だ、そんなはずはない。こいつら絶対、化け物だ!)
 種子島周辺海域での調査を終え、大時化の中、一路母港の東京へ針路をとった研究船淡青丸の船内では、調査航海の打ち上げが行われていたのだった。


 この航海の内容は、黒潮の中でふわふわと漂うウナギの稚魚(レプトセファルス)やシラスウナギを採集することだった。
 一般に川の魚と考えられがちなウナギであるが、実は、およそ三千キロ離れたグアム島付近の海で産卵する「降河回遊魚」である。外洋で孵化したウナギは、透明な柳の葉のような形をしたレセプトファルスとして、海流に流されながら東アジア一帯へ来遊する。そこで親と同じ形の透明なシラスウナギへ姿を変え(変態と呼ばれる)、沿岸、河口域へ到達するのだ。
 私たちが普段口にする蒲焼は、ほぼ百パーセントこうしたシラスウナギを捕らえて、養殖池で大きくしたものである。
 レセプトファルスは、実際、どこで変態するのか。また、シラスウナギはどのような経路で沖合から沿岸まで回遊してくるのか。未だ解明されていないこれたの疑問に答えるため、師走の十二日間にわたって行われた調査は、種子島周辺海域で大型プランクトンネットによる採集を行い、さらに種子島に入港して小さな川の河口でシラスウナギを掬うという大々的なものだった。
 見るものやることすべて初めての私は、寒風の吹きつける淡青丸の甲板や種子島の海岸で、ただ恐ろしい先輩たちにどやしつけられながら、黙々と言われたことをこなしただけだった。

 これは、著者の「はじめての採集旅」のことを書いたものの一節なのですが、この本を読んでいると、のちに世界的な発見をすることになる、塚本教授率いる東大研究チームが、すごく身近な存在のように感じられます。
まあ、ある意味人間離れした生命力と好奇心を抱いた人たちの集団ではあるのですけど。
東大の研究チームといっても、ビジネスクラスで行動し、現地では一流ホテルでリゾート気分、なんて甘いものではなく、少ない研究費をやりくりして、ボスの塚本教授も含め、バックパッカーに近いようなハードな旅をして、「世界中のウナギを追い求める」のです。
地元の人たちとの素晴らしい、あるいはお互いにちょっとズレがちな出会いの話などもあるのですが、ラマダンの時期にインドネシアで採集旅行をしたときの話などは、あまりに切実にもかかわらず、ちょっと笑ってしまいました。
いやほんと、「異文化の常識」っていうのは、体験してみないとわからない。


読んでいると、「なんて危険な!」「それはちょっとやりすぎなのでは……」と思うようなところもあるのですが(地元の人が川に毒を流して魚を捕ろうとしたときの迷いとか、レンタカーが故障したときのこととか)、そのワイルドなフィールドワークの様子は、読んでいてなんだかすごく清々しい気分になります。

研究室のなかで完結してしまう「研究」も少なくない現代にも、こんな「冒険家みたいな研究者」がいるというのは面白いなあ、って。
これはもう、研究のためだけじゃなく、「生きざま」なのかもしれませんけど。


その一方で、著者は「博士号をとること」への想いを吐露してもいます。

 博士号を取得するための学位論文は、少なくとも、その分野で世界のトップにあることが要求される。先生の心配は、たとえ科学的な意味はあっても、私の研究がドイツや台湾の二番煎じになって、博士論文として成立しなくなる可能性を指摘していたのだった。
 そもそも、私が大学院に入学したのは、研究をしたいとか、学者になりたいといった理由ではなかった。ただ純然と博士の学位とそれに見合った実力がほしかっただけである。大学卒業後、青年海外協力隊に参加した私は、南米・ボリビアで自分の無力さを思い知らされていた。たかだか大学を出た程度にもかかわらず、現地ではいっぱしの専門家扱いされた。しかし、実際には何も知らないし、何もできなかったのである。若さに任せた勢いだけで活動はしてきたが、それを裏づける知識も技術もなく、心の中に妙なほろ苦さを残していた。
 さらに、国際舞台における「博士号」の力も目の当たりにしていた。私が大声で叫び続けても、相手にすらされなかった案件が、博士様のつぶやき一つで、最高のアイデアとして取り扱われることが度々あった。世界における博士偏重の傾向は、とうてい日本の比ではないような気がする。
 世界に通用するいっぱしの専門家になって、自分の青春にケリをつけたい。この想いだけで、大学院へ進学した私であった。
(この研究を完遂しても博士号がとれない)
 これはすなわち、私の大学院進学の意味そのものを否定することだった。このあたりの事情をよく知る先生は苦悶の表情を浮かべている。

 「博士号」の力について。
 いまの日本では、大学院まで出たものの、その学歴に見合ったポストが無い、就職も難しいという「ポスドク難民」なんて言葉も耳にします。
 とはいえ、著者がやっているような研究の世界では、「まず、博士号をとらないと、『研究者』として認めてもらえない」のです。
 東大を出て、そのまま研究室で純粋培養されたわけではなく、私大を出て青年海外協力隊に参加し、ここに書かれているような理由で専門家としてひとりだちするために「外様」として東大の門をくぐった著者の「決意」と「焦燥」が、ここには率直に書かれています。
 誤解を招かないように書いておきますが、塚本先生の研究室で、著者が「外様」だからといって差別したというような話は、一切書かれていません。
 むしろ、「こんな偉い先生が、過酷なフィールドワークを著者たちと一緒にやっているなんて!」と驚かされます。
 でもまあ、そういう研究室ばかりではないのが現実だし、著者自身にも「それなら、フィールドワークでは負けないぞ」という意地もあるのではないかと思います。
 
 この本のなかで僕がいちばん印象的だったのは、著者が長年のフィールドワークのパートナー、渡邊俊さんのことについて語っているこの部分でした。

「旅慣れてる」って何だろう。確かに俊のパスポートには、まだ数ヵ国のスタンプしか押されていない。しかしこの男は、腐ったウナギを隠し持ってインドネシアの片田舎のバスに潜り込んだ時、乗客全員から、臭い臭いと猛烈な批難を浴びたことがある。そして、大変な剣幕で降りろと凄む運転手に金を渡し、なんとか乗客たちをなだめながら、目的地までたどり着いたのである。
 また、ボルネオのマハカム河では、執拗な値段交渉の末、ようやく折り合いをつけたボートの運ちゃんが、ワニだらけの河の上へ走り出したとたん、運賃の値上げを宣言したことがあった。その時、
「おまえなんか殺して河へ放り込むぞ!」
 と運ちゃんを脅す私を尊敬のまなざしで見つめていた。本体は、運ちゃんの国で運ちゃんのボートに乗っているのだから、あちらの方が断然強いはずなのだが、そんなことに怯んではならない。世界では、多少理不尽であったとしても、しっかりと主張しなければならないということを、俊はこのときに学び、以来実践するようになった。
 まだある。マレーシアでイスラム教の祭りに出くわした時、仲良くなった町の人の家へ次々と招待された。酒を飲まないイスラムの祭りは、すなわち食べることである。何軒もの家を訪れる度、
「とにかく飯だ、飯だ」
 と、半ば強制的に食わされた。早々にギブアップした私をよそに、彼らの心遣いを裏切るわけにはいかないと、一軒ずつ出されるままに食っていた俊は、最後には吐いてしまったのである。酒も飲んでいないのに、飯だけで吐いてしまったのである。
 こんな話なら、一晩あっても語り尽くせないほどある。そこには、異文化という非日常の中で、客観的に自分と周囲を見つめ、絶妙の駆け引きをもって凛と立つ、いや、立とうとする姿が浮かんでくる。こんな俊は、旅慣れていないのだろうか、何度も外国に行ったことがあれば、「旅慣れてる」わけではないと思う。自分の生まれた町から一歩も外へ出たことがなくても、実は「旅慣れてる」人だってたくさんいるような気がする。

 これは、飛行機のなかで、「世界各国をまわって、旅慣れている」というカップルに挟まれて、延々と自慢話を聞かされてうんざりしている様子の俊さんをみながら、著者が考えていたことです。
 ちなみに、このカップルは、「聞えよがしに旅の思い出を語り、シャンパンを飲み続けていた」のだとか。


 よその土地に出かけることによって、世界の広さを知るということは、やっぱりあると思うんですよ。
 でも、たしかに「自分の生まれた町から一歩も外へ出たことがなくても、『旅慣れている人』」というのは、いるんじゃないかという気がします。
 逆に「パスポートのスタンプがどんなにたくさんあっても、『旅』をしていない人」というのも、いるのではないかなあ。


 まずは文庫にもなっている『アフリカにょろり旅』のほうから読み始めてみることを、僕はおすすめします。
 そちらが面白ければ、こちらもきっと、楽しめるはずですから。


アフリカにょろり旅 (講談社文庫)

アフリカにょろり旅 (講談社文庫)

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