琥珀色の戯言

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【読書感想】潜入ルポ 東京タクシー運転手 ☆☆☆☆


潜入ルポ 東京タクシー運転手 (文春新書)

潜入ルポ 東京タクシー運転手 (文春新書)


Kindle版もあります。

潜入ルポ 東京タクシー運転手 (文春新書)

潜入ルポ 東京タクシー運転手 (文春新書)

内容(「BOOK」データベースより)
安心・安全を標榜する公共交通機関・タクシー。だが実態や、いかに?ノンフィクション作家自らハンドルを握り、デフレ不況下の東京を走り抜けて分かった「事故」「売上げ」「道路案内」そして「お客」の悲喜こもごも!


 僕はこういう「職業実録もの」が大好きなので、この新書も見かけて即買いしました。
 タクシーって、個人的には「行き先だけ聞いて、あとは黙って運転してくれる」というのがベストなのですが(知らない人と話をするのが基本的には苦手だし、以前、30分くらい延々と自分の息子の自慢話をする運転手さんにあたって、辟易したこともあったので)、「運転手さんがどんな人だか乗ってみないとわからない」というところもあり、あまり乗るのが得意ではないんですよね。
 目的地が近すぎると「この運転手さん、気を悪くしていないかなあ……」なんて勝手に想像して、恐縮してしまったりもするし。


 タクシードライバーの側からは、「お客さん」というのは、どんなふうに見えているのか?
 そんな興味もあったんですよね。


 以前、「大阪では、タクシードライバーとして働くのも、生活保護を受給するのも収入はほとんど変わらない」という話を聞いたことがあって、きっと、キツくて稼げない仕事なんだろうなあ、と思っていました。
 だから、この新書で「東京のタクシードライバー」の収入を読んで、ちょっと驚いたのです。

 全国的に見て飛び抜けて水揚げも収入も多い東京の場合、1997年(平成9年)のタクシー運転手の年間給与所得の平均は約524万円(全国平均は約405万円)だったのだけれど、翌98年には500万円を切り、規制緩和の年、2002年には約456万円(同、約325万円)にまで落ち込んでいた。その後もタクシー運転手の収入は減少を続け、今では(2013年)約403万円(同、約298万円)にまで下がってしまっているのである。16年間のうちに120万円以上の収入減。一年ごとに8万円近くが減っていった計算だ。
 長引く不況、そこに降りかかったサブプライムローン問題、とどめにリーマンショックが重なって、規制緩和から後、とんでもない”タクシー受難の時代”がやってきたわけである。

 
 夜勤があったり、ずっと運転をするストレスがあったり、変なお客さんに絡まれるリスクがあるとしても、20年前のタクシードライバーは、そこそこ稼いでいたのだなあ、と。
 しかし、その後の収入は右肩下がりで、規制緩和のためにタクシーの台数も増え、競争も激しくなりました。
 利用する側からすれば、「乗車拒否」などに遭う機会は少なくなったので、悪いことばかりじゃないのですが、やっている側としては、キツいだろうなあ。
 そして、これはあくまでも、「飛び抜けて営業収入も給料も高い東京の話」ですから、地方では、もっと厳しい状況のはずです。


 著者は、「取材」という名目で、何日間かタクシードライバーのまねごとをしたというレベルではなく、かなりの長期間(通算すると3年近く)にわたって、中堅どころのタクシー会社に「就職」しています。
 
 こういうルポって、たぶん「困ったお客さんのネタ」が多いのだろうな、と思っていたのですが、この新書の場合は、その話はあまり多くはなくて、むしろ、内側からみた「タクシー業界の問題点」の告発が印象的でした。
 東京でタクシーを運転するには「地理試験」なんていう難しいテストもあるんですね。
 

 タクシーは、プロのドライバーが、よく整備された車を運転しているのだから、自分で運転するよりも安全なはずだと、僕は思い込んでいたんですよ。

 余談だけれど、高速道路をタクシーで走るのって、実は、ものすごく神経をつかう作業なのである。
 何しろ、履いているのは、値段がチープなら性能もおそろしくチープなタクシータイヤだ。グリップ力を筆頭に、直進性や排水性といった性能を犠牲にしてのコスト最優先。そんなタイヤで首都高のきついコーナーやら東名道をぶっ飛ばすなんて、とてもじゃないが怖くてできやしない。だから私は、大型トラックに追い越されようが軽自動車にぶち抜かれようがぜんぜん気にもせず、ときには客に言い訳をすることはあったけれど、常に速度は控えめを心がけて走ったし、特に雨の首都高では速度を抑えたものだった。
 価格、性能ともにチープなタクシータイヤではあるけれど、そのなかにも”ピン”から”キリ”までがあって、キリだと一本の価格は5000円前後、発進時にちょっとハンドルを切っただけで、タイヤから「ギュッ」という接地音が聞こえてくるレベルである。私が勤務したH自動車交通が使っているのはそれとは逆のピンの部類に属するものだったけれど、とは言え、やっぱりタクシータイヤであることに違いはないわけで、一般の乗用車が履いているタイヤとは、そもそも性能が格段に違うのだ。
 タイヤにまつわるこうした事実は確かにある。しかし、驚くべきは「タクシータイヤの実態」ではなく、タクシータイヤの何たるかを知らない運転手が多いという、近ごろのタクシー事情である。

 タクシー運転手を体験してみてわかったのは、運転手には、常に「焦りの気持ち」があるということだった。
 客を探すのに四苦八苦で実車率も下がりっぱなしなのは確かな事実ではあるけれど、それでも実車率(お客さんを乗せて走っている割合)は40パーセント台あって、その数字には「必死になれば何とか次の客を乗せられるかもしれない」と運転手に小さな期待を抱かせてしまうという意味があるのだ。小さいとは言え、なまじ期待できてしまうものだから「もっと水揚げを……」となり、それが「なんとかしなければ」という焦りの気持ちになり、それは、そのまま交通事故の数字となって表れる。
 国土交通省が毎年発表している資料『自動車運送事業に係る交通事故要因分析検討会報告書』のうちの『事業用自動車の交通事故の傾向分析』(2013年6月発表)が「タクシーの走行距離1億キロあたりの事故件数」を示しているのだが、それによれば「タクシーの走行距離1億キロあたりの事故件数(空車キロ、実車キロ)は、これまで空車時が実車時に比べて約3倍発生してきたが、平成23年は前年に比べ空車時が減少し、実車時が増加したため、約2.5倍となった」のだという(1億キロあたり空車時の事故は241.0件、実車時は99.0件)。この「空車時が実車時の2.5倍)とか「3倍」という割合はいつの年もほとんどいっしょで、その数字が示しているのは要するに、タクシーの事故は、客を求めて走っているときに圧倒的に多く発生しているという実態である。

 タクシーって、お客さんを乗せて走ることが前提の車なのだから、よく整備されていて、タイヤも「最高級ではないかもしれないけれど、そんなに悪くはないもの」を使っていると思い込んでいました。
 まずは「お客の安全確保」が第一だろう、と。
 ところが、「価格、性能ともチープなタクシータイヤ」を使っているなんて。
 コストを考えれば、安いほうが良いには決まっているのでしょうけど、それでいいのか?とは言いたくなります。


 空車時の事故の多さは、客側からすれば、「乗っているときに事故を起こされるよりはマシ」というようなことも考えてしまうのですが、この本を読んでいると、長引く不景気で収入が減少し、とにかくお客を乗せなければ稼げない、というタクシードライバーたちの焦りや、客を乗せるための無謀な競争に、暗澹なる気持ちになるのです。
 そんな怖いタクシーに、命を預けたくないよ……

 新宿に仕事場があった頃の、私の実体験である。
 都庁での取材の約束の時間が迫っていて、いつもなら散歩がてら歩くところだが、そうのんびりもしていられない。タクシーだ、と、仕事場をでたところで、ちょうど通りがかったタクシーを捕まえたと思ってもらいたい。
 都庁までお願いします。
 目的地を告げた次の瞬間、運転手が、にわかに信じられない言葉を発した。
「それはどこにある建物ですか」
 言い方がまずくて聞き取れなかったのかもしれない。もういちど、こんどは「東京都庁までお願いします」と言い直した。すると運転手、こう言うのである。
「申し訳ありません。新人なもので」
「その建物がどこにあるのか教えていただけませんでしょうか」

 ネタじゃないかと思うような話なのですが、これが「実話」だそうで。
 著者は、同じような目にあったことが、何度かあったのだとか。
 いくら新人とはいえ、「都庁」くらいは……と思いますよね。
 東京で走っているということは、難関の「地理試験」も合格しているはずなのに。
 ちなみに、「カーナビで調べてみてはどうでしょう」と道がわからない新人さんに勧めてみたこともあったそうなのですが、返ってきた答えは、
「新人なので、カーナビの使い方がわかりません」
 だったそうです。
 新人さんには温かく接したい、と思っていても、さすがにこれは呆れてしまいます。
 せめて、カーナビの使い方くらいは教えてから、現場に出してくれよ、と。
 入れ替わりが激しい業界だけに、新人さんにあたることも、けっして稀ではないのだから。

 
 「東京の」タクシー業界の現状がわかる興味深い新書なのですが、正直、これを読むと、乗るのがちょっと怖くなりますね。
 とはいえ、タクシーを利用するときって、「タクシー以外に手段がない」場合が多いので、いかんともしがたいところはありますが。

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