琥珀色の戯言

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【読書感想】愛なき世界 ☆☆☆☆

愛なき世界 (単行本)

愛なき世界 (単行本)


Kindle版もあります。

愛なき世界

愛なき世界

内容(「BOOK」データベースより)
恋のライバルは草でした(マジ)。洋食屋の見習い・藤丸陽太は、植物学研究者をめざす本村紗英に恋をした。しかし本村は、三度の飯よりシロイヌナズナ(葉っぱ)の研究が好き。見た目が殺し屋のような教授、イモに惚れ込む老教授、サボテンを巨大化させる後輩男子など、愛おしい変わり者たちに支えられ、地道な研究に情熱を燃やす日々…人生のすべてを植物に捧げる本村に、藤丸は恋の光合成を起こせるのか!?道端の草も人間も、必死に生きている。世界の隅っこが輝きだす傑作長篇。


「2019年ひとり本屋大賞」4作目。

 植物の研究にしか興味のない女性に恋をしてしまった男の恋模様、と言われれば、「あーはいはい、結局、やっぱり人間がいいよね、って、紆余曲折あっても、うまくいっちゃう感じの小説なんだよね」と僕は思っておりました。
 しかしながら、これまで、さまざまな「恋愛以外のことに夢中になりすぎてしまう人々」のことを書き続けてきた、三浦しをんさんは、そんな僕の予想を、そう簡単に的中させてはくれなかったのです。
 『舟を編む』『風が強く吹いている』のときも感じたのですが、三浦さんは、みんなが「なんでこんなことに熱中して、苦しい思いをしても、やりとげようとするのだろう?」という対象を、その「現場」でしっかり取材をして、丁寧に語っているのです。
 舞台背景として利用している、というよりは、恋愛とかはもうどうでもよくて、その舞台背景のマニアックな世界の魅力を伝えるために、恋愛小説の体裁をとっているだけ、のようにすら感じます。
 「恋愛至上主義」に適合できない人間がどんどん増えている(というか、それを表明することが少しずつ許されるようになってきた)時代なのだけれど、偏見なしに受け入れて描いている作家は、そんなに多いわけではないのです。

 それにしても、ここまで「研究の世界」を魅力的に、かつ、研究をしたことが無い人にも伝わるように書かれている小説というのは、珍しいのではなかろうか。
 三浦さんのキャリアを考えると、理系の研究室で実験をした経験はなかったと思うのだけれど、この小説には「なぜ、人はそんなにすぐ結果が出るわけではなく、そんなにお金が稼げるわけでもない研究の世界にどっぷり浸かってしまうのか?」が、しっかりと描かれているのです。
 僕は「ダメ研究者」だったので、読みながら、「もっと一生懸命やっていれば、自分にも違った世界が見えていたのではないか」と、ちょっと後悔してもいたのです。

 パラフィルム上に並んだ、ころんとした水滴に、青い色素と、比重を重くするためのローディングバッファーという液をピペットマンで垂らす。相手は小指のさきほどもない水滴なので、細かい作業だ。ピペットマンからすこすこと水滴を出し入れすることで、PCRにかけた葉っぱの上澄み溶液とローディングバッファーをうまく混ぜあわせる。混ざったら、ピペットマンで泳動槽のなかのゲルの穴に注入する。ごく少数の水滴といえど、あせって注入すると穴からあふれてしまうので、集中力と不動心がいる。


 専門用語も、「これはこれで、どんなものかわからなくても、『研究っぽい感じ』が伝わればいい」と、思い切ってそのまま使われているんですよね、この作品では。
 実験室での研究をやったことがない人にとっては、よくわからない専門用語も多いと思うのですが、そういう「わからない」のがまた、研究のカッコよさでもある、というのが、三浦さんのスタンスのようにも思われるのです。
 その一方で、研究者として生きていくことの難しさや、世の中の「普通」に合わせて生きていくことができないせつなさ、みたいなものにも触れられているのです。
 藤丸さんをはじめとして、登場人物が、みんな「いいひとすぎる」のではなかろうか、とも思うのですが、この小説は、人間関係や恋愛を描くのが主ではなく、「人はなぜ、そんなにお金になるわけでもなく、成功の可能性が高いともいえない『研究』というものにのめり込んでいくのか」が書かれているものなのですよね。


舟を編む (光文社文庫)

舟を編む (光文社文庫)

風が強く吹いている

風が強く吹いている

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