琥珀色の戯言

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【映画感想】国宝 ☆☆☆☆☆

任侠の一門に生まれた喜久雄は15歳の時に抗争で父を亡くし、天涯孤独となってしまう。喜久雄の天性の才能を見抜いた上方歌舞伎の名門の当主・花井半二郎は彼を引き取り、喜久雄は思いがけず歌舞伎の世界へ飛び込むことに。喜久雄は半二郎の跡取り息子・俊介と兄弟のように育てられ、親友として、ライバルとして互いに高めあい、芸に青春を捧げていく。


kokuhou-movie.com


2025年映画館での鑑賞12作目。平日の朝、8時半からの回だったのですが、観客が100人くらいいて驚きました。
比較的年齢が高い観客が多そうな映画とはいえ、公開からだいぶ日が経っていることもあり、こんなに人気があるとは。


news.livedoor.com


2025年の夏休み映画は『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 』第一章 猗窩座再来』が大きな話題となっていて、映画館もすごくにぎわっているのですが、2025年6月6日に公開された、この『国宝』も、実写の日本映画としては『踊る大捜査線THE MOVIE1/2』『南極物語』に続く、歴代4作品目の「興行収入100億円越え」が視野に入ってきているのです。

主演の吉沢亮さん、横浜流星さんが代役なしで過酷な稽古を積んで演じた歌舞伎のシーンの評判もネットでみてはいたのですが、「とはいえ『歌舞伎』がテーマだろ」「3時間は上映時間長いよなあ」と、僕自身、なかなか腰が上がらなかったのです。
映画も、2時間くらいなら、仕事帰りにでも観に行こうと思うけれど、3時間となると、平日は家に帰るのが遅くなりすぎてしまう。休日でも、それだけで1日潰れてしまう気がする。そもそも、3時間となると、トイレ我慢できるかな、とか、心配してしまいます。

評判に押されて、朝から観に行ったわけですが、映画館で観て本当によかった。
傑作、いや、大傑作だよこれ。

この原作を映像化した李相日監督すごい。
代役なしでここまで凄みのある歌舞伎の舞台を演じてみせた吉沢亮さんと横浜流星さん(あと、2人の青年時代を演じた黒川想矢さんと越山敬達さん)がすごい。
渡辺謙さんと田中泯さんの存在感と説得力がすごい。
180分の長さで公開することを決断した制作・配給会社がすごい。
ネガティブな面も描かれているにもかかわらず、妥協せずに協力した歌舞伎界の人たちもすごい。
この映像美をつくりあげた撮影や美術のスタッフもすごい。

そして、この作品を、人気若手俳優のファンだけではなく、歌舞伎ファンだけでもなく、1本の映画として高く評価し、ちゃんと劇場に足を運んでいる観客もすごい。

なんだか偉そうな物言いになってしまいますが、日本映画も、日本の映画ファンも、まだまだ捨てたものじゃないな、こういう作品がきちんと評価されて、興行的にも成功するというのは、素晴らしいことだな、と嬉しくなりました。

前評判とか宣伝の量とかを考えれば、作品の力による未曾有の大成功、と言っても差し支えないでしょう。


率直に言うと、ストーリーとしては、昔の大映ドラマ(『スチュワーデス物語』『不良少女とよばれて』など)や韓流ドラマ『冬のソナタ』を思い出させる、次から次に、主人公たちを苦しめる不幸な出来事がちょうどいい(?)タイミングで起こっていく、そんなオーソドックスで古めかしい(王道ドラマ)なのです。

「血統」と「芸」という、歌舞伎界を支えてきた2つの要素が描かれていくのですが、古典的な同世代の2人の人間がときには協力し、ときに反発しながら生きていく物語なんですよ。

でも、この『国宝』は、思わず見入ってしまう、主役2人、そして「名優」たちが演じる歌舞伎のシーンこそが「主軸」であり、「見どころ」なのです。とはいえ、それなら歌舞伎を見ればいいのではないか、という話になってしまいますよね。

歌舞伎役者は、どのようにして稽古をし、舞台に上がるのか。
そういう「背景」みたいなものを見せられることで、これまで歌舞伎に興味がなかったり、なんか不倫とか不祥事とかばっかりやって、昔からのやり方に甘えている人たち、という印象を持っていた人たちにも、「伝わる」し、吉沢さんや横浜さんが演じることで、これまで興味がなかった人にも触れてもらえる作品になっています。


この映画をみながら、僕は「芸」について、考えずにはいられませんでした。
「素晴らしい芸」とは、いったい何なのか?


最近「芸」と「芸人」、そして「観客」について考えさせられることが多いのです。

FUJI ROCK FESTIVAL’25」の2日目、2025年7月26日に山下達郎さんが出演されて、SNSなどで大きな話題になりました。

rollingstonejapan.com

山下達郎さん、素晴らしい音楽をつくり、奏でる「職人」として知られているのですが、2023年7月にジャニー喜多川さんの性加害疑惑報道に対するコメントで批判にさらされ、それ以降は、なんとなく触れにくい存在になっていました。

www.huffingtonpost.jp

それが、今回、フジロックに出演したところ、観客はかつてないほどの大盛り上がりで山下さんも上機嫌、SNSには「伝説の音楽職人」のステージを賞賛する声があふれていたのです。

僕はこれをみて感動するのとともに(けっこう長い間、山下さんの音楽やラジオに触れてきたので)、あのバッシングは何だったんだ?と思ったのです。
最高の「芸」が持つ説得力というか、それが場の雰囲気を変える力への怖さも感じました。
もちろん、バッシングしたのと同じ人が、生のステージをみて絶賛したわけではないと思うけれど、圧倒的な芸というのは、これほどの力があるのです。


僕は、この『国宝』という作品には「最高の『芸』とは?」「『芸人』の正しい生きかたとは?」という問いが込められていると思います。

厳しい修行を積む一方で、夜の街で豪快に呑み、女遊びも芸のうち、と身を削って生きている歌舞伎役者たちをみていると、あんな偏った世界で、「芸こそがすべて、という価値観を植え付けられ、遊びも芸のうち、と信じてきた人たち」を「われわれの世間の常識」で裁くことができるのだろうか?と考えてしまいます。

そもそも「芸のため」「伝統だから」という理由で、そういう人間を純粋培養することは許されるのか?

これはもう、歌舞伎界だけの話ではなくて、芸能界とか、芸術の世界でもいえることでしょう。


落語家の立川談志さんは、「芸人100点、人間0点(人格は最低だが芸は最高)」などとお弟子さんたちにネタにされていました。
品行方正なんだけど、芸は破天荒で素晴らしい、というのが不可能なのかどうかは、僕には検証のしようがないのですが、観客は反社会的なふるまいを批判し、人前に出る資格はない、と断罪することもあるし、そういう面を「かわいげ」とか「伝説」として、その人の魅力に入れてしまうこともある。

僕などは、なんでこんなに悪いこともせずに真面目に生きてきたのに、全然モテなかったんだろう?と言いたくなりますし、なんであんなだらしなくて不誠実なヤツがモテるんだ?と嫉妬してしまうのですが、結局のところ、「真面目だけどつまらない人」よりも「いいかげんだけど面白い人」が選ばれるのも人生というものなのです。

もちろん、技術的な「上手い」「下手」はどの世界にもあるはずです。
でも、「最高の芸」というのがどういうものなのか、それを客観的な指標として数値化・定量化するのはきわめて難しい。
アスリートの「記録」のようにはいかない。


このドラマで描かれている時代は、2025年ほど「芸能」の世界と反社との関係に厳しくはなかったのですが、それでも、喜久雄は「極道の子」だし、入れ墨があり、愛人を囲い、お世話になった人の家庭を結果的には崩壊させ、自分の野心のために信頼してくれる人を傷つけていった。
それが「人間味」とか「芸の深さ」に通じる、と認められるものなのか?認めてもいいのか?

とはいえ、舞台での歌舞伎役者をみていると、多くの人が、その瞬間だけでも浮世の悩みを忘れることができる。
それは「みんなのためになること」ではないのか?

チャップリンの殺人狂時代』という映画に、「1人を殺せば犯罪者だが、100万人殺すと英雄になる」という有名なセリフがあります。
では、「1万人の観客を幸せにする芸を身につけるために、1人の人間を傷つける」ことは、許されるのか?


おそらく、無自覚のままに、僕も含めて、多くの人は、それを許している。もっと言えば、人を傷つけていることも「芸のうち」にしてしまっている。

この『国宝』という映画は、「ある至高の芸人の生涯」を描いているけれど、それを正当化も美化もしていないし、その一方で、現在の価値観で断罪もしていない。
「ここがすごい」と、芸のすごさを登場人物は言葉で観客に解説することはないけれど、その舞台をみているだけで、観客は息をのんで、理解してしまう。
説明的なセリフを入れない、覚悟と勇気、そしてキャストの気迫。

もう3時間たったのか、とエンドロールが流れてきて驚きました。
(ただ、中高年の膀胱には厳しい面はありますのでそれなりの準備はしておくことをおすすめします)

なんかわからないけど、その暗部も含めて引き込まれる、とにかくすごい。

われわれは、「そういうもの」を「美しい」「最高の芸」だと感じる生き物なのでしょう。

「きれいはきたない、きたないはきれい」

しかし、歌舞伎という伝統芸能が、このままで続いていくのが正しいことなのか、疑問に感じている自分もいるのです。
香川照之さんが歌舞伎界でも活躍されていますが、ずっと歌舞伎をやってきた人にとっては、ああいう「血統の良さでブーストされてエベレストの頂上にパラシュートで降下」みたいな状況は、どうみえているのかな。
でも、市川海老蔵さんの「一家の物語」で、海老蔵さんの子どもたちを応援してしまう自分もいるわけで。

僕も、けっこう長い間、たくさんの「芸」をみてきたし、そのたびに「よかった」「今回はいまひとつ」という刹那的な感想はあるのだけれど、「こういうのが最高の芸だ」というのを言葉にすることはいまだにできないのです。
そんなことを気づかせてくれる、そんな映画でした。


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