
コナンと蘭、園子、小五郎は、バイク好きの世良真純とともに、バイクの祭典「神奈川モーターサイクルフェスティバル」が開催される横浜・みなとみらいに向かう途中、暴走する謎の黒いバイクに遭遇する。その黒いバイクを、神奈川県警交通機動隊の萩原千速が追跡していたが、あと一歩のところで取り逃がしてしまう。コナンたちは横浜のフェス会場に到着するが、そこでは、ある最新技術を搭載した白バイ「エンジェル」のお披露目が行われていた。そんな中、暴走した黒いバイクが今度は都内に出現したという情報が入る。警視庁の追跡も振り切った黒いバイクは、その車体が「エンジェル」に酷似していることから、黒いエンジェル「ルシファー」と呼ばれ、追跡が続けられる。そして千速の脳裏には、弟の萩原研二と、その同期・松田陣平との記憶がよぎっていた。
2026年5作目の劇場鑑賞。平日のレイトショーでしたが、サービスデーということもあり、観客は100人くらいはいました。上映回数を考えると、さすがの人気作品です。
僕は「ほとんど1年に一度、映画でしか『名探偵コナン』を観ない勢」なのですが、近年の映画『名探偵コナン』は、黒ずくめの組織を中心とした物語のメインストーリーにはほとんど進展がみられなくなりました。
人気キャラクターを前面に押し出した作品をつくっていけば観客は毎回入ってくれるし、ここまで映画が人気になってしまうと、むしろ「終わりに向かうのは難しくなってしまった」のかもしれません。
青山剛昌先生は1994年から『名探偵コナン』を描き続けてきて、現在62歳。
『名探偵コナン』が「完結」するところを僕は観ることができるのだろうか、むしろ、完結しない方向でやっているのだろうか。
「最終回はすでに描いてあって、青山先生が厳重に金庫に保管している」なんて話もありますが(『ゴルゴ13』だったっけ?)、仮に最終回だけあっても、いきなり真相が明かされて終わり、みたいなのも、やりにくいでしょうし。
僕にとっては、ほぼ年1回の『名探偵コナン』、毎回観終えるたびに、マンガやテレビアニメのほうも、せめて映画だけでも初期から読んで(観て)いかなくては!と決心しては、いつのまにか1年経っている、と言う感じです。
それでも、近年は、オープニングの「真実はいつもひとつ!」を聞くたびに、なんとかこの1年、生き延びてきたなあ、と感慨深いものがあります。
『名探偵コナン』は、僕のなかではすでに初詣とか紅白歌合戦みたいなもので、とくに思い入れがあるキャラクターがいない僕にとっては(あえて言えば灰原哀さん)、「安心して観られるマンネリ感」こそが大事なのかもしれません。
今回の『ハイウェイの堕天使』、冒頭の萩原千速と横溝重梧のやりとりを聞いて、「る、『ルパン三世』……」とニヤニヤしてしまいました。
萩原千速さん役が沢城みゆきさんで、横溝重梧役が大塚明夫さん。峰不二子と次元大介!
『コナン』を観に来て、いきなり『ルパン』を聞かされるとは!
まあ、『コナン』と『ルパン』は、けっこうコラボ企画とかやってますけど。
千速役だった田中敦子さんへの追悼のメッセージがスタッフロールで流れていったのには、感慨深いものもありました。
田中さんの凛とした佇まいは、唯一無二のものだったから。
とはいえ、代わりが沢城さんなら、これ以上の後継者は考えづらい。
どうしても、『ルパン三世』を思い出してしまうのですが。
この『ハイウェイの堕天使』バイクアクションのスピード感や映像表現、音などは、さすがにお金をかけて作られた作品だなあ、と思うのです。
乗り物シリーズ、今回はバイクか、とも。
その一方で、ミステリ、謎解きとしての『名探偵コナン』は、後出しの「実はこうでした」が多く、それが全然意外性がない。「それ、観客はみんなそうだろうなってずっと思ってたよ」と脚本家にツッコミを入れたくなる「どんでん返し」ばかりです。
でも、観る年齢層の幅広さや、より多くの割合の観客を楽しませる、ということを考えると、ゲスト声優の見せ場をつくるためにも、こういう「ベタな展開」に寄せないと仕方がないんだろうな、と。
関係者の動機やそんな行動をとる理由も正直あまり合理的とは思えないというか納得がいかない。
大事なデータなら、バックアップくらいとっておけ、あるいは自分の身の安全を守るためにデータを人質にするくらいの用心深さはあって良いのではないか。
『ミッション・インポッシブル』でも観て勉強してほしい。
……とか言うのは、『名探偵コナン』映画を観るスタンスとしては「野暮」なんでしょうね。
僕はコナン映画を観始めた10年くらい前は「初期作はまだミステリとしての見どころがあったけれど、こんな人類を超越した身体能力をもった超人たちのありがちなアクション映画が、どうして大ヒットしているんだ?」と疑問に思いながら映画館を出ていました。
ストーリーはむしろ『黒鉄の魚影』以外は(「灰原回」のひいき目もあるんですが)、ミステリとして退行している、観光映画化しているようにみえるのに、なんだよそのありえないスケボーアクション!探偵やってるよりオリンピックに出ろよ!とか言いたくなってしまうのに、「まあ、この過剰さとご都合主義と『江戸川コナン、探偵さ』がないと、らしくないよね」と結局は「納得」してしまう。
こうして、毒にも薬にもならない、やたらと人が集まって盛り上がっているお祭りに今年も参加できてよかったな、と家路につく。
そうだよね、「お祭り」って、別に神事そのものが現代社会ですごいとか珍しいというんじゃなくて、「そこに集まっている人々が作り出す雰囲気」を味わうものだし。
ネットをみると、今回の脚本にはネガティブな意見も多いようだし、「映画では少しメインストーリーに進展がある」という期待を完全にスルーしているのも事実です。
どこかで見たエピソードを登場キャラクターと乗りものを代えてやっているだけ、にも見えます。
では、「理路整然とした、破綻のない『名探偵コナン』の映画」が面白いのか?
僕はたぶん、そういうのを求めていない。
「そんなことできるわけないだろ!」とツッコミつつ、そのマンネリ感を再確認し、「今年は毛利探偵の出番少なかったな……」とか呟いてみる。
とりあえず、今年も映画『名探偵コナン』を観ることができてよかった。
上映後のちょっとしたファンサービスもなんだか嬉しかった。
こういう映画を「ちょうどよく作る」っていうのは、観客が想像するよりもずっと大変なんでしょうね。
しかし僕も、毎年同じような感想を書いているなあ(毎年同じようなコンテンツではあるとしても)。








