dancyu“食いしん坊”編集長の極上ひとりメシ (ポプラ新書)
- 作者:広生, 植野
- 発売日: 2020/07/08
- メディア: 新書
Kindle版もあります。
〇カツカレーのカツ、「右から2番目」を最初に食べるのはなぜ?
〇ナポリタンのストレート、インサイド、アウトサイドとは?
〇温度差を加えて、新たな牛丼の美味しさを発見!
〇ラーメンを食べるリズムは、麺、麺、スープ、チャーシュー300円の立ち食い蕎麦も、3万円のフレンチも。
テレビやラジオに多数出演、dancyu編集長が初めて明かす、
いつもの食事が10倍楽しくなる食べ方、店との付き合いの極意。
僕は「食」にあまりこだわりがないし、「ひとりメシ」もできれば避けたいのですが、何か読みたいけれど、あまり難しい内容は消化できそうもない、というときには、「食べ物に関する本」を手に取ることが多いのです。
『danchu』という雑誌は、書店でときどきめくってみることはあるのですが、地方在住の僕にとっては、あんまり縁がなさそうな店の紹介が大部分なので(東京に住んでいても、そうそう行けないような人気店や高級店が多いのだとしても)、「おいしそうだな」とつぶやいて本を閉じ、元の場所に戻すことがほとんどなんですよね。
この本、その『danchu』の編集長が、店の食べ方の工夫や店選びのこつ、店に大事にされる客になるためのふるまいなどについて書いたものです。
著者は、冒頭で、こう書いています。
たとえば、甘辛のタレが絶妙な生姜焼き定職とか、ふわとろの卵がたまらないオムライスとか、スパイスの香りが立ち上るカレーとか、行きつけの店の大好きな料理を注文したとします。そのとき、隣に座った人もあなたと同じものを頼んだらどう思いますか? 「自分が好きなものを頼んでくれて嬉しい」「真似された」「人気になりすぎると困るな」など、いろいろあると思います。でも、僕はそんなときに思うことはひとつだけ。「隣の人より美味しく食べたい!」こんなことを思うのは、やはり”食いしん坊”だからでしょう。
僕だったら、隣で知らない人が同じものを頼んでいたら、「真似しているのか……?いや、そう考えるのは自意識が強すぎるからだ。看板メニューを注文する人が多いのは当然のことで、ある一定の割合で、隣の人が同じメニューになる確率は存在する!偶然だ、これは偶然なんだ、いちいち気にするな僕!」と、心のなかで自分に言い聞かせていることが多いです。初めて入る店だったら、「頼んだのが自分だけじゃないということは、少なくとも『ありえないメニュー選択』ではなかったってことなんだな」と、ちょっとホッとすることもありますが。
ここで「隣の人より美味しく食べたい!」という著者は、どういう行動をとるのか?
まずはナポリタンの食べ方。
「植野と言えばナポリタン」と言われるほど(僕の周りのごく一部ですが)、長年にわたって食べ方について研究と工夫を重ねてきました。いまや多くの食いしん坊たちが真似をしているという究極の食べ方です。いきなりこれを読むと「変態!」と思われるかもしれませんが、試しにやってみてください。同じ料理でも、味わいが本当に変わりますから。
ナポリタンに、いきなり粉チーズとタバスコをふりかける人をよく見かけますが、それはもったいない。それでは、最初から最後まで同じ味、しかも粉チーズとタバスコとナポリタンが混ざり合って平板な味わいのまま食べ続けることになります。
僕は、まずはそのまま食べてプレーンな味わいを確認(『ストレート』と呼びます)。次に、フォークに粉チーズをふり、そのままスパゲッティを巻いて食べます。こうすると、口の中でナポリタンの味わいが広がり、その後から粉チーズの香りが追いかけて来ます。味わいにグラデーションができて、より複雑性を感じられるのです。これを「インサイド」と呼んでいます。
同様に、タバスコでも「インサイド」で食べます。さらに、粉チーズとタバスコをフォークにふる「ダブルインサイド」もあります。
次に、スパゲッティをフォークで巻いてから、粉チーズやタバスコをふります。「インサイド」とは逆に、粉チーズやタバスコの風味の後からナポリタンの味わいが追いかけて来ることになります。これは「アウトサイド」と呼び、当然ながら「ダブルアウトサイド」もあります。
さらに、「アウトサイド」には、粉チーズなどを上からふる「アップ」と、皿に粉チーズなどをふっておいてフォークで巻いたスパゲッティの下面につける「ダウン」というバリエーションもあります。
つまり、「ストレート」「インサイド」「ダブルインサイド」「アウトサイドアップ」「アウトサイドダウン」「ダブルアウトサイドアップ」「ダブルアウトサイドダウン」……と一口ずつ、異なる味わいを楽しむのです。
面倒くさいな、と思うかもしれませんが、一度試してみてください。たとえば一皿800円だとすると、いきなり粉チーズとタバスコをふりかけている隣の人は800円の価値でしか食べていないけれど、860円くらいの価値を楽しめますよ。
食通っていうのは、基本的に「マメ」な人なんでしょうね。僕はこれを読んで、「インサイド」を1回くらいなら試してみてもいいかな、と思ったのですが(一応、この本を買った責任、みたいなものもあって)、正直な感想は「めんどくさいな」でした。そんなこと考えているあいだに、ナポリタン冷めちゃうよ……
ただ、著者は思いつきでこういうことをやっているわけではなくて、食べ物の温度の違いとか、食材とソースのどちらの味が先に舌で感じられるか、カツカレーのカツでも、衣のサクサクしたところと、カレーに漬かっているところを両方味わうにはどうしたらいいのか、など、食べる順番や組み合わせ、薬味や調味料の使い方などを日夜研究しているのです。
「舌を意識する」というのは、最初に舌に何が当たるのかを意識するということです。
たとえば、刺身を食べるときに、箸で持って醤油をつけてそのまま口に入れていませんか? そうすると、まず舌に醤油が当たりますよね。いきなり醤油の強い味が広がってしまいます。だから、醤油をつけたら、その面が上になるように食べるのです(言葉では説明しにくいのですが、箸を持つ手の手首を少し捻ればできます)。これで、まず魚が舌にのり、その後から口の中に醤油の風味が広がります。魚本来の味をしっかり感じてから醤油に包まれて美味しく食べることができるのです。
ナポリタンの「インサイド」も「アウトサイド」も胃に入ればおんなじ、と言いたいところなのですが、めんどくさがらずに、胃に入るまでのプロセスを大事にすることが「美味しく食べるコツ」なんですよね。
超高級店に毎日通う、なんてことは簡単にはできませんが、ナポリタンの粉チーズやタバスコの使い方を変えてみるのであれば、お金もかかりませんし。
僕は電話が苦手で、ついネットで予約できる店を探してしまうのですが(でも、ネットで予約しても確認の電話がかかってくる店ってけっこうあるんですよね。ドタキャンが多いから店側も致し方なく、なんでしょうけど)、著者は、「予約(電話)にベストなタイミング」についても書いています。
昼時や夜の忙しい時間帯に電話することは避けましょう。これは常識以前の問題ですね。店にもよりますが、昼と夜に営業している店の場合、昼の営業時間の終わり頃、または夜の営業開始時間の1時間程度前がいいと思います。昼の営業前だと仕込みなどが忙しいし(夜営業の店は帰るのが遅くなるので、櫃営業はぎりぎりに店に出ることが多い)、夜も営業を始める1時間前頃から準備のピークになるので避けたい時間帯です。
だったら昼と夜の間のアイドルタイムに電話をすればいい、と思うでしょうが、昼夜営業の店は、この時間帯に休憩したり、主人が用事を済ませるために外出することが多いのです。昼営業の片付けを終えて、ホッとして昼寝をしているところに電話がかかってきたら、対応が鈍くなるかもしれません。料理の内容などを聞こうと思っても、主人が不在だとわからないこともあります。だから、店が活動中で、なおかつ忙しくない時間帯を狙うのです。
夜のみ営業の店の場合は、営業開始の2、3時間くらい前に電話をしてみます。昼営業がなければ、それくらい前から店で準備をしているはず。逆に、営業開始直前にならないと電話がつながらない店は、仕込みに時間をかけていない可能性があります(仕込みが忙し過ぎて、なかなか電話に出られないということもありますが)。
店にとっては、予約の電話はありがたいものだとは思うのですが、誰しも、忙しいときや休憩しているときには対応が悪くなりがちです。
こういうことも、知っておいて損はないかと思います。
今は店のリサーチはほぼ編集部員に任せています。もちろん個人差はありますが、部員もよく飲み食いしますね。たまに編集部の宴会をやると、料理も酒もあっという間に消えてしまう。特集テーマが決まると、担当者は1、2ヵ月間毎日同じものを食べ続けます。カレー特集なら毎日昼夜カレー。一日で5、6軒食べ回る強者もいます。
以前、餃子の特集をやったときには、東京の店3軒を紹介するのに、担当者二人に108軒食べ回ってもらいました。正直、そんなに食べなくてもいい店はわかるのです。ただ、「東京の美味しい餃子3軒はここ」というのと、「改めて東京の餃子108軒を食べてみたら、美味しいのはやっぱりこの3軒でした」というのでは読者に対する説得力が違いますよね。
それに「食べ込む」ことでわかることもあるのです。いきなりある店に行っても、それがベストなのか中くらいなのか、下のレベルなのかはわかりにくいですよね。でも、AとBという店で食べ比べると、どちらがいいか比較しやすい。さらにCという店で食べたらAとBの間くらいだった。ということを続けていくと、自分なりの基準ができます。食べ込めば食べ込むほどわかってくる。絶対評価は難しいですが、相対評価はやりやすいのです。
ちなみに、よく「カレーやラーメンなどを毎日食べ続けるのは大変でしょう?」と言われますが、そうでもありません。味の濃いものは意外に食べ続けられて比較もしやすいのです。
これを読んで、『danchu』って、そんなにちゃんと取材していたのか……と驚いたのです。メディアの食べ物ネタなんて、すでに評価の定まった「名店」と、ネットとかで評判になっている店を何軒かあたって記事にしているだけなんだろうな、と思っていたので。
ちなみに、著者が毎日食べ続けて唯一辛かったのは「生魚」で、多くのスタッフも同意しているそうです。
著者を真似する、というのはなかなか難しい(基本的に「人と食べ物が大好きじゃないと続けられない)と思うのですが、日常を少し面白くしてくれる、そんな感じの本でした。
- 発売日: 2018/11/22
- メディア: Kindle版