琥珀色の戯言

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【読書感想】こうして店は潰れた: 地域土着スーパー「やまと」の教訓 ☆☆☆☆

こうして店は潰れた: 地域土着スーパー「やまと」の教訓

こうして店は潰れた: 地域土着スーパー「やまと」の教訓


Kindle版もあります。

こうして店は潰れた

こうして店は潰れた

内容紹介
2017年12月6日早朝、倒産劇は一本の電話から始まった。
「やまとが今日倒産するという話が市場で出ている!本当なのか?」
「社長、今日納品予定の商品が入ってきません!」
「社長、魚屋からも納品がありません!」「米問屋が売場から商品を引き揚げています!」

“地域土着”を信条に、地域の人々の暮らしを支えるために
移動スーパーを走らせ、頼まれればシャッター街へも出店した。
住民から熱烈に愛され、最盛期には16店舗、64億を売り上げた
スーパーやまとは、なぜ倒産しなければならなかったのか?

三代目で元社長の著者による、“倒産ドキュメンタリー”。
当事者だけが語ることのできる生きた「教訓」が、そこにある。


 この本の最初の部分を読むと、それまでうまくいっていた地域密着型スーパーが、なんらかの陰謀で突然倒産に追い込まれた、という話なのか、と思ったんですよ。
 でも、実際の内容は、この「やまと」というスーパーと、その社長である著者がやってきたことを振り返る「社史」的なものです。
 読んでいると、こんなに良心的に地域のために活動してきた会社なのに、ここまであっさり潰れてしまうものなのか、と思うんですよね。
 個人的には、こんなに地元で支持されていたはずなのに、なぜ経営が傾きはじめたのか?について、もう少し詳しく書いてほしかった。
 決定的な理由というのはなくて、なんとなく、地元の人たちも、全国チェーンの大型スーパーや郊外のショッピングモールに流れていってしまった、ということなのかもしれませんが。

 平成29年12月20日午後4時45分、株式会社やまとの破産手続きを開始する」
 甲府地方裁判所の一室に、裁判官の宣言が響きわたった。破産宣告である。
 大正元年山梨県韮崎市鮮魚店から商いを始めた「スーパーやまと」は、この瞬間に105年の歴史に幕を閉じた。やまと”沈没”の瞬間だった。


(中略)


 会社は倒産、自分も破産などというシナリオはまったく想定外だった。
 100年以上続いた老舗の坊っちゃんで、若くして山梨県の教育委員長を務め、流通業界でも先んじて、いわゆる”買物難民”のために移動販売車を走らせた。県内のレジ袋の有料化を推進し、生ゴミの堆肥化に取り組み、ホームレスを雇用し、テレビドラマのロケに店舗が何度も使われるなど、企業規模に反比例してメディアの露出は山梨県ではナンバーワンだった。
「人とは違うやり方で、この厳しい流通業界を生き抜いてやる!」という闘争心――あまのじゃくで負けず嫌いであった私には、このやり方でしか生きていく術がなかった。
 資産もノウハウもなければ、大手チェーンの傘下でもない。接客だってお客様の満足にはほど遠いレベルだ。300回を超えた自身の講演会でも、「やまとの社長です。だから最後は沈みます!」と笑いを取っていたが、いまとなっては全然笑えない事実である。
「ざまあみろ」
「それ見たことか」
「きれいごとで経営ができるか」
「お人好しめ」
 業界関係者はさぞかし溜飲を下げたことだろう。業界の闇や都合の悪いことを次々に世に出してしまう目の上のたんこぶが自滅したのだから。


 著者は39歳の若さで、「スーパーやまと」の社長となり、それまで身内重視でどんぶり勘定だった「やまと」の経営を合理化して黒字化をなしとげました。
 無くなると買物難民が生まれてしまう地域にある経営不振の既存のスーパーの経営を引き継いだり、高齢者のために移動販売車を走らせたり、地元のために利益のあがらない買物のインフラを維持してもきたのです。
 安くて量が多く、お腹いっぱいになる「298円弁当」は、大ヒット商品となりました(大人の男性も満足できるように、ご飯の量は300グラム以上あったそうです)。

 
 地域の人たちも、「やまと」のそんな姿勢を好意的に受け止めており、著者も「この時代に、アイデアと熱意で個人経営のスーパーマーケットを盛り上げている地元の名士」として敬愛されてきました。

 その後も個人商店の破綻は続いた。すべて自分が出向き、経営者と直接話をして地域になくてはならないと判断した店のみを引き継いでいった。不動産や地主から持ち込まれる案件も多かったが、少しでも相手の欲が垣間見えたときは即座にお断りした。
 中には、大手スーパーが近隣にショッピングセンターを建設するために撤退した店舗に出店したケースもある。出て行かれてしまった地主さんとその周辺住民は、「やまとに出て行かれたら買物ができなくなる」と地域の買物をやまとに集中してくれた。
 利益は出なかったが、維持するには十分な売上だった。店とお客さんが一緒に生きているのが嬉しかった。これが本当の商売の姿である。 一方、その売上を当てにしていた大手スーパーは誤算だったろう。以後、山梨県ではスーパーが撤退するときは建物まで壊して出ていくことが多くなった。理由はおわかりになると思う。
 こうして、やまとは破綻スーパー再生を軸に店舗数を増やし、最盛期の2008年6月期には16店舗、売上高64億円までに成長することとなる。


 「やまと」は、地域の人々に寄り添ったスーパーだったのですが、こうして頑張っている姿というのは、進出してきた大手にとっては「目の上のたんこぶ」だったのではないかと思われます。
 しかし、わざわざ建物まで壊すようになるとは……商売における競争というのは、きれいごとでは済まない、というのも伝わってくる話です。
 もし、こういう経緯がなければ、経営難に陥ったときに、大手の支援を受ける形で「やまと」は存続できたかもしれません。
 もちろん、そういう延命措置を著者が望まなかった、というのも事実なのですが。
 結局のところ、お客さんだって、「やまと」を心のなかで応援しながらも、買うのは大手スーパー、ということが多かったのではないでしょうか。
 倒産してから「もったいない」「なんで助けてあげなかったの?」というのは、本当に、よくある話ですし。

 さて、地域に支えられて100年以上続いたやまとの航海も終焉に向かい始める。
 船底に穴が開いて海水がどんどん入っているのにも気づかず、船上でのん気に舞踏会をやっていたタイタニック号の沈没とは違う。やまとは小さな泥舟と知りつつも穴が開けばそこを塞ぎ、帆が破れたら繕う。波を被れば水を掻き出しながら、凄腕の船長もやり手の船員もいない船を沈ませないようにみんなで櫓を漕いでいた。
 巨大ショッピングモールが次々開店し、それを迎え撃つ圏内の同業者が負けまいと低価格で戦いを挑む。
「やまとは規模もターゲットも違うから大丈夫!」
 専門家の意見は耳触りが良かったが、現実は違った。
 大きな魚が生き延びるには、自分より小さな魚を餌にする。その魚は食われまいと自分より小さな魚を食いにかかる。運良く生き残ったと思っても、最終的にはもっと大きな網をかけられて一網打尽にされるのだ。
 コンビニも増え、ドラッグストアで食品も安く売る。ホームセンターにも米やビールが並び、安売りではドラッグストアには勝てない。通販の便利さは語るまでもない。


 きっと、やまとも小さな商店を食い潰して生き残ってきたのだ。踏まれたほうは忘れない。おままごとのような地域貢献でお天道様が許してくれると思い、自分ではその贖罪のつもりで「これでもか!」と、損得よりも善悪を優先してさまざまなことをやってきたつもりだった。
 しかし、やはり振り子は返る。郊外への大型店の出店と、その売上減少を補うために競合他社がやまとの近隣へ出店してきたことが原因で、5年ほど前から売上は徐々に下がっていった。


 「いい話」もたくさん書かれているこの本なのですが、「やまと」の経営が傾きはじめたときの、一部の取引先の行動には、僕も読んでいて「やりきれないなあ」と感じました。
 

 赤字を減らすために店舗を閉店すると、その店が仕入れていた分だけ仕入金額も減らされた。これでは、その分残った店舗の商品を充実させることができない。
 それと同時に、前年仕入実績の93%という仕入制限を設けられていた。やまとの売上は前年売上比で97~98%で推移していたので、その差は別の取引先から仕入れなければならない。しかし、仲人でもあった以前の問屋から切り替えるときに仕入先を集約することが条件だったので、いまさらほかの業者が売ってくれるはずもない。
 売場が空っぽであることを憂いた女性従業員が、「商品をもっと仕入れさせてください」と、私に内緒で従業員全員とその家族、お客さん300名の嘆願署名をその問屋の社長に送ったことがある。しかし「事情も知らないやつがこんなことをして、こちらの気分を逆なでする気か!」と一蹴された。
 私は涙が出るほど嬉しかったが、謝らなければ仕入れを止められると思い謝罪した。古くからその問屋に勤める年長者から「これはいじめです」と耳打ちされた。ほかの人からは「集団リンチ」とも言われた。
 またあるとき、仕入先のパン屋が「やまとが明日潰れると聞いたから支払ってほしい!」と夜間に自宅に取り立てに来たこともあった。まだ約束の支払日も来ていないし、一度も期日に支払わなかったこともないにもかかわらずだ。
「誰がそんなことを?」と聞いても答えない。
「上からの指示です」と、また常套句が飛び出す。取引先ほぼすべてとの会話に登場する単語です。翌日、支払期日前だったが、その会社に全額を支払った。
 やまとの復活を望まない人種がいるんだな……そう感じた。

 
 うまくいっているときは、みんなちやほやしてくれるのに、悪いほうに転がりはじめると、ここまで手のひらを返されるものなのか……読んでいて、本当に恐くなってきます。会社の経営なんて、するものじゃないよなあ、って。
 「銀行は、晴れた日に傘を貸そうとし、雨の日には傘を取り上げようとする」と、よく言われるのですが、まさにそういう状況に、著者は置かれてしまったのです。

 そんな中でも、どん底の著者や「やまと」をサポートしてくれた人たちも大勢いたそうですが、それでも、やっぱり、「やまと」は潰れてしまった。


 正直、「やまと」でダメなら、もう、個人経営のスーパーマーケットが生き残れる時代ではないのだろうな、と思えてきます。
「『出る杭』でありながら、うまく世の中を渡っていく」というのは、本当に難しいことだよなあ、と嘆息しながら読みました。


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