琥珀色の戯言

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【読書感想】きみはいい子 ☆☆☆☆


きみはいい子 (一般書)

きみはいい子 (一般書)

内容紹介
ある雨の日の夕方、ある同じ町を舞台に、誰かのたったひとことや、ほんの少しの思いやりが生むかもしれない光を描き出した連作短篇集。
夕方五時までは帰ってくるなと言われ、雨の日も校庭にたたずむ生徒と新任教師との心のふれあいを描く「サンタさんの来ない家」をはじめ、娘に手を上げてしまう母親とママ友との物語、ひとり暮らしが長くなった老女と、家を訪ねてきたある男の子との物語など、胸を打つ作品を五篇収録。
人間の優しさとその優しさが生む光が、どれほど尊くかけがえのないものかをあらためて感じさせる感動作。

「ひとり本屋大賞」10作目。
候補となった11作のなかで、もっとも地味な作品かもしれません。
しかしながら、「地味でも候補になるような作品」というのは、少なくとも、話題性でノミネートされた作品よりは、読みごたえがあることも多いのです。


この『きみはいい子』という作品を読んでいて僕がいちばん感じたのは、「ああ、『日本の教育問題』『子どもの貧困』とかに興味を持ってきたつもりだけれど、僕はいまの学校の実際の状況について、何も知らないんだな」ということでした。
息子が小学校に通うようになれば、日々の子どもとの会話による断片的な情報や保護者面談で、多少なりとも伝わってくるものなのだろうか?
それとも、いまの幼稚園生活と同じように「ほとんどわからないけど、とりあえず子どもは毎日通っている」ということになるのか……

「それでは、出席をとります。名前を呼ばれたら、返事をしてください。青山雄大さん。」
「はい。」
 こどもは男女の別なく、さんづけでよぶようにと、副校長に言われていた。学校で家庭科を学び、男女混合名簿で育ったぼくには、なんの違和感もなかったが、あらためて言われないと気づかないことだった。今どきの子の名前はやっかいだから、前もって出席簿によみがなをふっておくように教えてくれたのも、副校長だった。

いまの小学校って、「男女の別なく、さんづけ」なんですね……
いや、これが事実なのか、一般的なものなのかどうかさえ、僕にはよくわからないんです。
「教育」云々を語る前に、僕はあまりにも現場を知らないなあ、と。


この連作短編では、いま、学校や家庭で起こっているさまざまな問題、虐待や介護などが切実に語られていきます。
僕自身、子育てに悩むことが多いので、「つい子どもに手をあげてしまう親」に対しては「許せない!」というよりは、「そういう衝動を、なんとかうまくコントロールできないものか」と考え込んでしまいます。
自分が親になるまでは「子どもに暴力をふるう親」は頭がおかしいのではないか?と思っていたけれど、その立場になってみると、そういう衝動に駆られるときもあるんですよね。
それが頭をよぎるかどうか?よりも、その衝動を行動に移すことを、どうセーブするか?ではないかという気がします。
ある書道家がラジオ番組のなかで、「自分は母親に一度も否定されることなく育てられたことを感謝している」と語っていて、「ああ、それでいいんだ、でも……それを貫いたお母さんは、本当にすごいな。子どもに苛立たないって、すごく難しいだろうな……」と思ったことがあります。


ただ、この小説に関しては、なんというか、「教育」と「介護」という問題をうまくリンクしようとしてしまったがために、「ちょっとデキすぎ」な感じもしたんですよ。
個人的には、無理につなげようとしないほうがよかったのではないか、と。
「感動の大安売り」ではないけれど、「上手すぎて、あざとい感じ」がしなくもない。
子どもとか高齢者とかの話になると、なんとなく「またその話か」って気分になってしまったりもして。


うまいんだよなあ、本当に。
いまの子どもたちが置かれた状況の切実さも伝わってくる良作だと思います。
でも、何かもうひとつ足りなかったような気がしているのも事実なんですよね。
「どこが?」と問われると、うまく答えられないのだけれども。

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