- 作者: 高代延博
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2013/06/18
- メディア: 単行本
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メジャーリーガー抜きで結成された侍ジャパンは、緻密な野球を武器に準決勝までコマを進めた。しかしそこに待っていたのは、意外な落とし穴だった! 名参謀が明かす侍ジャパンの真実
大会三連覇を目指し、2次ラウンド台湾戦での死闘を制するなど、準決勝まで駒を進めた「侍ジャパン」。
しかしながら、準決勝では3点を追う苦しい展開となり、1−3でプエルトリコに敗れ、夢は潰えました。
これまでの2回の大会を連覇していたこともあり、なんだか拍子抜けしてしまった感じで、すでに「WBCのことは、過去の出来事」というような雰囲気すら漂っています。
「やっぱりメジャーリーガー抜きじゃダメだ」「監督が山本浩二じゃねえ」などの厳しい声、とくに後者は、カープファンの僕にとってはつらかった。
「WBC日本代表内野守備・走塁コーチ」の高代延博さんが書かれたものなのですが、高代さんは、前回、原監督のもと、「世界一」となった第2回大会でも、同職をつとめておられます。
この本は、現場の人間だったからこそわかる、WBCの問題点やそれに対する提言がたくさん詰まっています。
問題点というのは、勝ってしまうと「なかったこと」にされるというか「まあ、優勝したからいいじゃないか」と思われがちなんですよね。
そして、負けた試合は、きちんと振り返ることもせず、「監督が悪い」「あの中途半端なダブルスチールの指示に問題があった」で済ませてしまう。
本来は、こういう「優勝できなかった大会」こそ今後のための改善点を洗い出すため、検証すべきなのに。
それにしても、NPB(日本野球機構)のWBCに対する取り組みって、こんないいかげんなものだったのか……と、この本を読んでいて驚きました。
優秀なコーチである高代さんは、旧知の山本浩二監督から、WBCのコーチ就任をかなり強引に打診されます。
光栄な仕事であることは間違いない。
普段、触れることのない球界トップのプレイヤー達と過ごす時間は、指導者の私にとって、お金を積んでもなかなか経験のできない有益な時間である。
しかし、WBCのコーチは、一種の名誉職である。前回(第2回WBC)のコーチ報酬は250万円。本当は200万円だったが、50万円は、原辰徳監督の尽力で増えた分だ。私は、それを原監督のポケットマネーだったのではないかと考えていた。250万円というのは月給ではない。ほぼ6か月間拘束されて、この程度の報酬では厳しい。
まだ評論家としての所属先がある人はいいだろう。しかし私には、名誉職と引き換えに就職活動を放棄してしまう余裕はない。恩人の期待に応えたいという気持ちと、明日からの生活を考えなければならないという現実の狭間で、私は思い悩んだ。
第3回は、山本浩二監督の配慮もあり、コーチ報酬はかなりマシにはなったようなのですが……
半年で250万円ということは、1年で500万円か……などと考えてしまうのですが、実際は、半年間日本代表の仕事で抜けてしまうとなると、どんな優秀なコーチでも、そのシーズンは特定の球団のコーチとして採用されることが、ほぼ不可能になります。
おまけに、この本によると、メジャーリーガーのWBC参加は、なんと、山本浩二監督自身が直接電話をして、交渉しなければならなかったのだとか。
連絡先くらいは、NPBが調べてくれたそうですが……
アメリカに行くときの飛行機で、2人の若手(中田翔、今村)はエコノミーに座らなければならなかったり、決勝ラウンド前に疲労がたまった状態にもかかわらず、酷暑の地で練習試合を2試合もするスケジュールになっていたりと、「NPBは、日本代表に勝ってほしいと本当に思っているのか?」と疑問になってきます。
サッカーの男子日本代表で、言葉の問題があるにせよ、ザッケローニ監督が本田や香川に直接電話をして、「ワールドカップ予選に出てくれないか?」って頼まなければならないようなものですよね、これ。
もちろん、事前に交渉をしたうえで、監督が直接電話をして「最後の一押し」をするのはアリでしょうけど、基本的にメジャーリーガーの場合は所属球団との契約の問題なので、交渉のプロが間に立ってしかるべきです。
サッカーの男子代表は、長期遠征の際には、体調管理を重視し、食事を作るスタッフも同行しているくらいです。
この本を読めば読むほど「WBCに関わるのは『名誉』以外においては、とにかく割に合わないなあ」と思えてきます。
勝負の世界ですから、負けた人間の言い訳は許されない、のかもしれません。
でも、あれだけ監督が決まらなかったのには、それなりの理由があるのです。
「やってみたい人」は少なくないのだろうけれど、実際にやるとなると、リスクがあまりに高すぎる。
あえて火中の栗を拾った山本浩二監督ばかりが責められるのは、あまりに理不尽です。
優勝した前回のスタッフが一枚岩だったか? と聞かれれば決してそうではない。優勝したから表面化することのなかった亀裂もたくさんあった。しかし、今回のスタッフは、本当に思ったことを本音でぶつけあって議論ができた。お互いを信頼しあえるという心の絆があった。
山本監督は、ことあるごとに「みんなで飯を食おう、みんなで飯を食おう」と呼び掛け、選手に溶け込んでいこうと意識していた。
「オレもトンビ(東尾)も長い間、ユニフォームを着とらん。名前と顔も一致せん。だから、なおさら選手とコミュニケーションをとっておきたいんや」
かつてのミスターカープの現役時代を知る選手は一人もいない。北京五輪を除けば、ユニホームを脱いで7年が経過していた。評論家としては球場には行くが、今の選手たちとのつながりはない。自らの野球観を伝える機会も、そして選手それぞれの性格や、野球観を知る機会も、これまで、ほとんどなかった。
選手には何度か「山本監督ってどういうバッターだったんですか」と聞かれた。
30歳を超えてからホームランを44本打った大器晩成型のスラッガーで、読みの名人、右に狙ってホームランを打てた人などと説明したが、山本監督は1986年シーズンを最後に引退しているから「ミスター赤ヘル」の現役時代が記憶に刻まれている選手は少なかった。マー君や、坂本らのいわゆるハンカチ世代は1988年生まれだ。
山本監督は、そういう目に見えぬ溝を必死になって埋めようとしていた。
ステーキハウスでは、あまりにも肉の量が多すぎて、何度か立浪とテーブルから喫煙所に退避したが、山本監督は、そこには来なかった。
「オレ、あいつらとあんまり話したことがないから」と、あっちこっちのテーブルを回って、ビールを注いでいた。
あえて裸の自分を見せた。山本監督の持つホンワカとした人間のスケールの大きさは、選手たちに伝わり、「浩二さんを胴上げしたい」「浩二さん、最高です」という言葉を耳にするようになった。何も選手に好かれる指揮官が優秀なわけではない。しかし、この人のためにという求心力は、チームを前へと推進させる力になる。
高代さんは「現場を離れて時間が経っている山本浩二監督の『勝負勘』が、ブランクで鈍ってしまっていた」ことも冷徹に指摘しています。
そして、WBC日本代表の監督は、現役の、日本シリーズ優勝監督が務めるべきではないか、とも。
「ミスター赤ヘル」の最盛期を観てきた僕としては、このエピソードを読んでいると「浩二さんが悪いというより、浩二さんを選ばなければならなかったことのほうが問題じゃないのか?」と考えずにはいられないのです。
そして、「監督のイエスマン揃い」みたいなイメージがあったコーチ陣が、こんなにプロ意識の強い、技術的にも優れた人たちで、勝つために努力をしていたということに、正直驚きました。
この本の「読みどころ」は、「暴露話」ではなく、彼らの奮闘ではないかと思うくらいです。
あの準決勝の8回、ダブルスチール失敗の場面について。
ポケットに両手をつっこんで、プエルトリコの監督が不機嫌そうにベンチを出てきた。
36歳の左腕、J・C・ロメロが、マウンドへ呼ばれた。
「あいつだ!」
ロメロの映像は事前に見ていた。
橋上コーチからロメロという投手のクイックモーションは、1.80秒かかると報告を受けていた。
このピッチャーだと思った。
「1.40秒以上かかる投手は、無条件で走らせろ!」は、野球界の常識である。私は広島のコーチ時代にヤクルトの名捕手、古田敦也から盗塁を奪うための対策として、ストップウォッチでクイックモーション、古田のスローイングの秒数を細かく計り、そこに走者のリード、セカンド到達までの歩数、秒数を計算して、「いくら古田が捕球してからのスローが速くとも投手のクイックモーションが1.40秒以上かかればセーフになる」という方程式を弾き出したことがある。
野村克也さんが、選手に配っている「ノムラの考え」を拝見したことがあるが、そこには「1.30秒以上なら狙わせるべき」という原則が記述してあった。いくら全米ナンバーワンのモリーナの強肩とクイックなスローをしても、1.80秒もかかるなら、普通にスタートさえ切れればセーフになるというデータ的な裏付けがある。
プエルトリコベンチからピッチングコーチが出てきて、インターバルが生まれたので、私は一度ベンチに戻った。
山本監督と梨田ヘッドに「(ダブルスチールを)狙わせますよ」と確認を取った。
山本監督は「おー、行かしてくれ」と言った。
2点負けているのだ、黙っていても成り行きでゲームは動かない。
この場面でも重盗は、野球のセオリーからは外れているのかもしれない。しかしだからこそ、相手は油断している。
試合は終盤、2点差の場面で「ちょっと焦って強引に決めに行きすぎたのでは……」という印象を僕は持っていたのですが、ベンチとしては、あのピッチャーのクイックモーションの技術なども含めて、「いける!」と判断しての作戦だったのです。
結果的にはうまくいかず、2塁ランナーのスタートが悪く、自重して引き返したところに、1塁ランナーが止まらずに走り込んでくる、というなんともしまらないプレーで、チャンスを潰してしまったのですが……
でも、少なくとも「勘だけのプレー」や「根拠のないギャンブル」ではなかったのです。
あの結末に、納得できない人(僕もそのひとりではあったのですが)、敗因は山本浩二監督にある、と思っている人には、ぜひ一度読んでみていただきたい一冊です。