琥珀色の戯言

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【読書感想】テキヤはどこからやってくるのか? 露店商いの近現代を辿る ☆☆☆


内容紹介
陽のあたる場所から
ちょっと引っ込んでいるような、
そんな社会的ポジションを
保ってきた日本の露店商の、仕事と伝承。


◎ 内容紹介
浮かれた気分の人びとが集まるところには、どこからともなく商人がやってくる。
ヤキソバを焼くソースの匂いや派手な色彩の露店は、私たちをいつもとは違う心持ちにしてくれる。
そんな祝祭空間で生計を立てている露店商たちが本書の主人公である。(「はじめに」より)
主な舞台は東京の下町。そのあたりでは伝統的な露店商を「テキヤさん」と呼んでいる。
「親分子分関係」や「なわばり」など、独特の慣行を持つ彼ら・彼女らはどのように生き、生計を立て、商売を営んでいるのか――。
「陽のあたる場所からちょっと引っ込んでいるような社会的ポジション」を保ってきた人たちの、仕事と伝承を考察。


タイトルに引きつけられて購入。
お祭りなどの露店では、いろんな人が働いていますよね。
ちょっと強面の男性もいれば、夫婦や母娘らしき人たちもいる。
高校生くらいの女の子が、半分ふてくされながら、店番をしていることもある。
「テキヤ」といえば、『寅さん』を思い出す人は多いと思うのですが、『寅さん』の口上は覚えていても、寅さんは「お仕事映画」ではないので、あんまりその仕事ぶりは描かれていないような気がします。
いや、僕が『男はつらいよ』を、あまり観ていないから、なのかもしれませんけど。


子どもの頃から縁日が大好きだったという著者は、「テキヤ」の世界を研究テーマとしたそうです。

 私が会いに行っていた「テキヤさん」たちは、近世から続いていると推測されるテキヤ集団の一員だった。「テキヤさん」たちは何々組、何々一家などという同業者集団の一員として商いをしている。しかし、第5章で詳しく述べるが、テキヤ集団の正式な構成員になれるのは男性だけで、女性や子どもはたとえ構成員の男性の妻や実子であったとしても正規構成員にはなれず、構成員の関係者として商いをする。
 成人男性だけに一人前になる資格があり、女性や子どもは補佐にしかなりえないテキヤ社会の慣行は、いかにも東アジアらしい慣行である。男性は「看板」、つまりテキヤ集団の名称を「背負って」その名を汚さぬように商いをし、女性や子どもは看板を背負った男性にしたがう。いずれにしても、どこかの集団との関係が欠かせない。


(中略)


 縁日にやってきてはテキヤの慣行について尋ねる私に、あるテキヤが繰り返し語り、その都度、周囲のテキヤたちも相槌をうった話がある。それは静岡あたりを境にして、西と東では「(電力会社から供給される)電圧が変わるように」、露店商いをめぐる慣行が切り替わるという話である。「東京で使っている電化製品を大阪でそのまま使おうとしたら壊れるだろ、それと同じだ」と言う。
 目には見えない、けれども分厚い「慣習の壁」のようなものが静岡あたりにあって、露店商の行動様式を東西に分けているというイメージらしい。同じような話は、青森県弘前市など他の場所でも耳にした。


 「テキヤさん」は、記録に残っている範囲では、江戸時代くらいからある仕事のようです。
 ずっと受け継がれてきているのだから、資料なども残っているのではないか、と思いきや、書類などとして遺されているものは、非常に少なく、閉鎖的な世界でもあるため、これまであまり外部の人間による研究も行われていませんでした。
 著者は、そんな少ない資料を探し出し、現役のテキヤさんたちに話を聞くなどしながら、この職業の歴史と現在を紹介しています。
 従事している人たちの具体的なエピソードや商売の内実が描かれている、というよりは、学究的に「テキヤという商売の歴史と変遷」が書かれているので、冒頭に書いた「どんな人たちが働いているのかを知りたい」という興味には、あまり答えてくれないのですけどね。
 でも、この仕事に関する、数少ない文献や実地調査に基づいた本であることはまちがいありません。

 祝祭空間で商いをする商人は、ヤシ・コウグシ(香具師)、テキヤ(的屋)、ロテンショウ(露店商、露天商)、ガイショウ(街商)などといわれてきた。
 現代ではロテンショウが一般的な呼び方になっていて、その漢字での表記は二通りある。本人たちは必ず「露店商」、新聞などは「露天商」と表記する。本人たちには「露店」、小さいし、簡易的ではあっても、れっきとした「店」の主として商いをしているという気持ちがある。他方のマスコミは、不動産としての店を持っていない商人たちの「天」にさらされた商いと認識しているようである。
 この感覚的な隔たりは大きい。どちらも間違いではないけれども、道端に敷いたムシロの上に商人が坐り、自分の周りに商品を並べて商うようなスタイルはいまではほとんど消えた。
 現在、露店商いの主流になっているのは、たこ焼きやヤキソバなどを売っているサンズンという組み立て式の露店での商いである。サンズンで商いをしてみるとよく分かるが、簡易的ではあるが厚手の布やビニールでできた屋根を持ち、その屋根と同じような頑丈な素材でできた壁がわりの幕を回したサンズンは、暑さ、寒さ、風、埃から商品を守り、商人の疲労感を軽減してくれる。サンズンの内側で商いをしていると、まさに頼もしい「店」という感じがする。だから、本人たちの言うように「露店」と表記するのが適当なのではないだろうか。

 ちなみに、彼らが使ってきた隠語というか「業界用語」は、口頭で仲間内だけで使われてきたため、外部の人間には理解が難しいそうです。


 また、露店商が、「生活の手段を持たない人たちが、食べていくための仕事」とみなされていた時期もあったようです。
 著者は、昭和21年に「臨時露店営業取締規則」が制定されたことを紹介しているのですが、

 この規則によって露店商いは許可制になるが、許可する人の属性には優先順位がつけられた。優先順位は高いほうから順に、(1)「軍人遺家族」で生活が困難な者、(2)以前から露店商いをしている者、(3)戦災で被害を受けた小売業者、(4)身体が不自由で露店の他の商売に就けない者、(5)その他署長が認めた者、となっている。
 これを見ると、戦争で被害を受けた人への社会福祉政策の一環として露店商いが認可されたことが分かる。

 と述べています。


 「テキヤ」というと、いわゆる「裏社会」との関連を想像してしまう人もいると思うのですが(正直、僕もそうです)、著者は、それについて、このように書いています。

 露店商がみずから「七割商人、三割ヤクザ」と言うように、露店商のなかには、ほぼヤクザといっていいような者が三割程度はいるようである。だから露店商・露天商をキーワードとして新聞記事をあたってみると、覚醒剤の密輸や窃盗など、「プロの犯罪者」の反社会的行為としか考えられないものがちらほら出てくる。
 しかし、露店商がらみの犯罪として報道されるなかで、もっとも多いのは道路交通法違反(道路不正使用)である。

 日本では「伝統的に」、露店商はヤクザなどの反社会的組織となんらかの連絡があるというのが暗黙の了解になってきた。そうでありながら、たこ焼きや水風船を売るおじさんやお姐さんたちのすべてが、ヤクザとイコールでないことも客は知っている。そうでなかったら、商売が成立しない。客の意識としては、売り上げの一部は反社会的組織に流れているかもしれない、商人の一部には暗い過去があるかもしれない、でも、いつも付き合うわけではないし、祭りなんだからみんなで楽しく賑やかにやればいいじゃないか――このような気分が日本の祝祭空間には満ちてきた。


 「だからといって、反社会的組織の資金源となっていることを許容できるのか?」という気持ちが、僕にはあるんですよ。
 でも、たしかに「露店で商売をしている人がみんなヤクザなわけではない」とも思います。
 そういう「曖昧さ」って、なんだかなあ、という感じはするのだけれども、露店がないお祭りは寂しい、というのもわかります。
 すぐ近くのコンビニで同じような商品で良質のものを、はるかに安く買える場合が多いのだけれども、「なんか違う」のですよね。


 「テキヤさん」の商売も最近はかなり厳しくなってきているようですが、僕が子どもの頃、親に連れられてきた露店と同じような世界が、僕が親になって、子どもの手を引いてくるようになっても残っているというのは、ものすごく貴重なことではあります。
 

 やや「学術的」ではありますが、こういう世界に興味がある人は、読んでみてはいかがでしょうか。

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