- 作者: 杏
- 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
- 発売日: 2016/10/20
- メディア: 単行本
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内容紹介
ドラマ「ごちそうさん」に「花咲舞」に「デート」まで、
女優として駆け抜けた3年半の日々!
朝日新聞のデジタル版限定で
2013年1月から月1回掲載されたエッセイが待望の書籍化。
みずみずしくのびやかでユーモアあふれる筆致に、心なごむエッセイ。
以前、杏さんのエッセイ集『杏のふむふむ』を読んだことがありました(杏さん自らお願いして、村上春樹さんに「解説」を書いてもらったことも話題になりました)。
なんというか、杏さんって、背筋が伸びた人、というイメージがあって、佇まいが美しいとは思いつつも、やや近寄りがたい感じだったのですが、そのエッセイ集には思わず笑ってしまうようなエピソードもたくさん書かれていて、新たな一面を見せてもらった気がしました。
この『杏の気分ほろほろ』は、その後、杏さんが人気女優としてさらに活躍し、東出昌大さんと結婚、出産(ただし、恋愛話や出産に関する話は、このエッセイ集のなかにはあまり出てきません。これからのお楽しみ、ということになるのかな)するまでの時期のものです。
この期間の杏さんの出演作は、NHKの朝ドラ『ごちそうさん』、月9の『デート』、池井戸潤さん原作の『花咲舞が黙ってない』など。三谷幸喜さんのスペシャルドラマ『オリエント急行殺人事件』の撮影時の話も出てきます。杏さんもすごいけど、野村萬斎さんって、ものすごい人なんだな、と感心しましたよ本当に。
これを読んでいると、杏さんというのは、本当にエネルギッシュな人なんだなあ、と思い知らされます。
『ごちそうさん』撮影開始前のエピソード。
私が演じる「め以子」の物語は大正時代から始まる。時代背景や所作、現代とは違うところがたくさんあるので、事前の準備や勉強が必要だ。
クランクイン直前は余裕がない状況だと、早い段階で知ることができた。二月に数日休みが取れることが判明したので、年末、チーフ・プロデューサーの岡本さんと、
「め以子合宿、できませんか?」
と打診した。返事はその日のうちに来た。
「それは良いですね。ぜひ、やりましょう!」
早めに日程を決めることができたので、岡本さんは方々にアポイントメントを取り、様々な訓練スケジュールを組んでくださった。大阪の歴史を学ぶ。街を実際に歩いてみる。歴史ある場所に携わる人の話を聞きに行く。着物の知識、着付け、所作。料理は市場での買い出しから始まり、炊飯器を使わずに米を炊き、かつお節をかき、魚をさばき、東京と大阪の味や文化の違いを学ぶ。勉強とは言え、まるで四泊五日の花嫁修業の楽しさがあった。
岡本さんの他に演出を始めとするスタッフの方々も同行し、共に学んでくださった。
僕はこれを読んで、「ええっ、ハードな朝の連続ドラマの撮影前のせっかくの休みなのに、こんなふうに「仕事」してしまうのか……と思ったんですよね。
このエッセイ集を読んでいると、杏さんって、「休みの日」には史跡を巡ったり、友人たちとの母校での同窓会を企画したり、ぎっしり詰まったスケジュールの合間を縫って、また別の「動かなければならない用事」を入れているのです。
僕の感覚では、「それって、『休み』とは思えない」のですが、こういう「つねに動いていたい人」っているんですよね。
例にあげて申し訳ないのですが「休日に水槽の掃除をしていたら一日終わってしまった」という檀密さんなら、僕にも「わかる」のだけどなあ。
このエッセイ集を読みながら、ここまでエネルギッシュな人だったのか、と感心してばかりでした。
「休みかた」って、人それぞれなんですよね……
三谷幸喜さんもそうなのですが、朝日新聞に芸能界の人がエッセイを連載すると、「仕事の話」が多くなるのはなぜなのだろう。
最近、日本のテレビドラマはあまり元気がない、と言われがちですが、このエッセイを読んでいると、テレビドラマや映画をつくっている人たちの仕事への献身が伝わってきます。
「ごちそうさん」はタイトルどおり、ご飯を中心に紡がれる物語。「食べたい」「食べさせたい」から家族を中心に人間模様が動いていく。食べ物はもう一人の主人公とも言える大きな存在なので、本当に本当に丁寧に作られ、撮影されている。
ドラマの中では現実よりずっと早く時間が過ぎ、季節がどんどん巡っていく。その中で、それぞれの季節の食材が映像に収められるよう、撮影時期にすでに季節が過ぎた食材は様々な方法で取っておいて、まだ季節が来ぬ食材は先取りしてそろえてある過ぎた旬の魚などは、旬の時期に仕入れ、撮影の日までいけすで生かしたまま保存するというこだわりっぷりだ。
「衣装が着物だと時間がかかる」と本章では言っている。
これは、単に着物だから着るのに時間がかかる、という理由ではない。
衣装部の方の熟練された手つきにかかれば、洋服と変わらないのではないかとすら思う。では、何が大変なのか?というと、実は柄合わせ。同じ帯と着物の組み合わせでも、帰宅途中の屋外のカットの後、家の中に入るカットが続くときに、着物の柄と帯の柄の見え方がコロコロと変われば、「帰ってくる途中で脱いで、着直したの?」となってしまうからだ。その違和感を無くすため、最初着る時に衣装部の方が「正面から見ると、帯の中心から左にかけて紅葉が三つ見えて、その二つ目の紅葉の上の部分に、ちょうど着物から花が半分見えている」というように決めて、イラストまじりで一人ひとり、キャラクタ—分のメモを台本に書き込んでいくのだ。
もちろん、そのドラマの予算とかスタッフの数とかでも異なるのでしょうけど、『ごちそうさん』では、ここまでいろんなことに気を配って映像をつくっているのです。
こういうのって、多分、ほとんどの視聴者は気に留めないのだろうけど(僕も気づかないと思う)、一度気になりはじめたら、全部台無し、ってこともあるでしょうし。
あと、台詞の覚え方について、ドラマに出演している役者以外の方々のこんな話を紹介されています。
ミュージシャンの方は、
「台詞は間違えづらいよ!むしろ、自分で作った詞のほうが、作成に至るまでの候補の言葉があるから、ライブ中なんかにそれが浮かんだりして、分からなくなる時がある」
と言う。
落語家の方は
「役者の皆さん、終わった台詞を忘れられるんですよね? 僕たちの職業は一旦覚えたら忘れられないのが常なので、映画やドラマに出たときはちょっとのシーンでもなかなか忘れられなくて困るんです」
と言う。
歌詞を忘れてしまうミュージシャンに、「なんで自分でつくった曲を忘れたり間違えたりするんだ? よっぽど緊張していたのかな」なんて僕は思っていたのですが、あれは、「自分でつくっているからこそ、混乱しやすい」のか……
こういう話を聞くと、「忘れるというより、いろいろ思い出してしまうことが問題なんだな」ということがわかります。
このエッセイ集を読んでいると、杏さんは、他の人の話や行動をよく見て、ちゃんと覚えているのだな、と感心せずにはいられません。
「目と耳が良い人」なのだなあ、って。
読んでいて、もう少し「杏さん自身の内面の話を読んでみたいとも感じたのですが、それは前作を読めばある程度わかる、ということなのかもしれませんね。
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