琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

【映画感想】フリー・ガイ ☆☆☆☆

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銀行の窓口係ガイ(ライアン・レイノルズ)は、平凡で退屈な毎日だと感じる一方で、連日強盗に襲われていた。疑問を抱いた彼は、襲ってきた銀行強盗に反撃を試みると撃退でき、さらに強盗から奪った眼鏡を掛けると、街の至るところにこれまで見たことのなかったアイテムやミッション、謎めいた数値があった。やがてガイは、自分がいる世界はビデオゲームの中で自身がモブキャラであることを知り、愛する女性と街の平和を守ろうと正義のヒーローを目指す。


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 2021年、映画館での9作目です。
 平日でしたが、夏休み中ということもあって、映画館はけっこう盛況でした。席の間隔は空けてあるとはいえ、人混みは避けたほうがよかったかな……と思いつつシアターに入ると、他に観客はおらず。観てみると、オンラインゲームとか『GTAグランド・セフト・オート)』とかの予備知識がないと、世界観についていけないというか、面白さがわかりにくい映画なので、日本で中高年層に受け入れられるのは難しいかもしれません。僕はけっこう楽しかったのですが、コンピュータやプログラム、オンラインゲームに関しての描き方が、やや前時代的にも感じました。こういう作品がそれなりに予算をかけた映画として公開されるということは、アメリカという国のオンラインゲーム、あるいはGTA(今は『サイバーパンク2077』?)は、かなりの数の人々に浸透しているのだよなあ。

 この映画、観終えたあと、けっこう幸せな気分になれる作品であるのと同時に、人間の「人間らしさ」って何なんだろうな、と考えさせられるところもあるのです。GTAでは、現実の世界ではできないような犯罪や武器の使用、抗争などが味わえる。でも、それが「オンラインゲームの世界では当たり前」になっていくにつれて、「別に街中で銃を乱射したり、銀行を襲いたいわけじゃないんだよなあ……」と感じる人が増えてくるのも事実でしょう。

 ゲームとしてのセールスを考えると、「架空世界の住人と対話したり、相手の行動を観察したりするだけ」というタイプの作品は、あまり売れなかったんですよね。対象者の「人間らしさ」が未熟だったこともあって。

 ただ、『どうぶつの森』シリーズのNPC(人間が操作しているわけではない、モブキャラ)のように、そんなに人間らしくなくても、プレイヤーの側がどんどん感情移入してしまうキャラクターというのもいるわけです。リアルなことが必ずしも人を幸せにするとは限らない。多くの人は、自分が勇者になりたいからRPGで遊ぶのであって、「ゆうしゃロト候補」たちが大勢いて、内ゲバに勝ち残らないとモンスター退治に出られないようなゲームを望んでいるわけではありません。

 僕もオンラインゲーム(あるいはオンライン対戦)というのは正直苦手で、相手が「人間」だと思うと、気をつかってしまって、積極的に声をかけてゲームに参加することができないのです。こんな弱小キャラなんて、見向きもしてくれないよな、とか考えてしまうので。

 ゲームが現実に近付いていけばいくほど、ゲーム内でも、みんなが主役にはなれなくなっていく。
 はたして「リアルであること」「キャラクターが人間らしいこと」は、プレイヤーを幸せにするのかどうか。

 テレビゲームが生まれたときに僕が魅力を感じたのは「ひとりで遊べる」ことでした。
 でも、ゲームが進化してくると、「現実のように、他人とコミュニケーションしていく」ことが求められるゲームが増えてきました。
 とはいえ、すべてのテレビゲームがオンラインゲームに置き換わっているわけではないというのも事実で、僕みたいな、スタンドアローン至上主義ゲーマーは少なくないのかもしれません。

 この映画は「ゲームの中で、同じ生活、同じ日常を繰り返している『モブキャラ』」が主人公なのですが、観客は、「ああ、自分は『能動的なプレイヤー』だと思い込んでいるだけで、モブキャラのような存在として生きているのかもしれないな」と気づくはずです。

 僕は子供の頃から、「自分はもしかして、誰かもっと上位の存在(神、みたいなもの?)がプレイしているゲームのキャラクターでしかなくて、その存在がリセットボタンを押したら、一瞬で消えてしまうのではないか」という妄想にとらわれてしまうことがあったんですよね。
 だから、この映画の世界観には馴染みやすかったし、「人間は感情の動物だ(だから機械とは違う)」という言葉を聞くたびに、「実際は、まだ再現できていない高度なプログラムで制御されているだけで、人間は『特別な存在』ではないのかもしれない」と心の中で反論してきました。
 将棋の世界で、AI(人工知能)がプロ棋士を乗り越えていくのを目の当たりにしてもきましたし。
 バーチャルが現実に近づいた、というよりは、バーチャルはすでに現実と地続き(あるいはその一部)になっている、と思うのです。
 それが人間を幸せにしているのかどうかは、わかりませんし、もっと未来の人間からしたら、今の人間なんて、僕たちがネアンデルタール人を見るのと同じようなものかもしれませんが。

 これからは、オンラインゲーム中心で生きて、現実は生存するためのお金を稼ぐだけ、みたいな人が増えていくはずです。
 現実でモブキャラをやり続けるよりは、そのほうが「幸せ」になれる。

 ……とまで言い切れないのが、昭和生まれ、ファミコン育ちの僕の限界、なんでしょうけど。
 この映画のラストに「後味の良さ」を感じつつも、結局、そっちを選んでしまうのか……と、ちょっとがっかりもしたんですよ。

 僕はこういう「バーチャルと現実の(人間と機械やコンピューターの)境界」みたいな世界が大好きなので面白かったのですが、そういうのに興味がない方は「DVD、あるいはオンデマンドで観ると、ちょっと得した気分になれるくらいの作品」だと思います。
 
 なんだか堅苦しい感想になってしまいましたが、「バカバカしいけれど、なんだか最後は少し泣けてくる、オンラインゲーム世代の夏休み映画」です。
 『レディ・プレイヤー1』が好きな人は、これも気に入るんじゃないかな。


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