琥珀色の戯言

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【読書感想】日本サッカーの未来地図 ☆☆☆



Kindle版もあります。

内容紹介
日本代表が初めてワールドカップ本大会に出場を決めたとき、
そしてJリーグが開幕したあのころ、世間はサッカー一色だった。
今、国内サッカーに当時のような熱気はない。
情熱を取り戻し、サッカーを文化として発展させるために必要なものは何なのか。
宮本恒靖がピッチを離れてFIFAマスターに学び、
スポーツビジネスの視点を得た今、
サッカーを愛する人たちに伝えたいこととは――。


「私が語っているような、日本代表のこと、日本サッカーのことを本当に語るべきなのは宮本だ」
サッカー日本代表監督 イビチャ・オシム氏推薦!


<目次>
プロローグ 引退、そしてFIFAマスターとの出会い
第一章 歴史を学ぶ~イギリス~
第二章 経営を学ぶ~イタリア~
第三章 法律を学ぶ~スイス~
第四章 FIFAマスターを修了して
第五章 サッカーを文化にしたい
エピローグ W杯、東京五輪、そして日本サッカーの未来


2002年の日韓共催大会、2006年のドイツ大会と、2度のワールドカップに出場した宮本恒靖さん。
2011年に現役引退後、宮本さんが選んだ進路は、「FIFAマスター」でした。

 FIFAマスターを説明すれば、FIFA国際サッカー連盟)やIOC国際オリンピック委員会)を始めとするスポーツ機関を支えていく人材の育成を目的に2000年から開設されたスポーツ学の大学院。FIFAのサポートを受けながら、スイスに拠点を置く教育研究機関であるCIES(スポーツ国際研究センター)が運営する。イギリス、イタリア、スイスを回って10ヵ月間の課程でサッカーを中心としてスポーツの歴史、経営、法律を学び、日本の修士課程相当の資格を得ることができる。


世界のスポーツ界には、こんなスポーツ学の専門家養成システムがあるんですね。
日本では、この存在すら、ほとんど知られていないのではないでしょうか。
10ヵ月間にヨーロッパの3ヵ国の巡って、それぞれの国で、歴史、経営、法律を学ぶというのですから、日本人にとっては(たぶん、ヨーロッパ以外の世界各国の人にとっても)、かなり敷居が高そうですし。
この「FIFAマスター」、ワールドカップに出場した選手だからといって「特別枠」があるわけでもなく、宮本さんは忙しい合間に受験勉強をして、世界中の受験者のなかから、10倍以上という倍率をくぐり抜けて合格しました。
宮本さんは引退時34歳だったのですが、30代半ばで勉強して新しいことに挑戦するのって、かなり大変だったはず。


宮本さんが最初に学んだのは、イギリス中部のレスターという町でした。

 学びの場はデ・モンフォート大学。歴史的な建物と近代的な建物が立ち並ぶ大規模なキャンパスに、世界中から学生が集まっていて国際色豊かな町を象徴している。
 僕はここでFIFAマスター13期生となる同級生たちと初めて顔を合わせることになる。24ヵ国(地域)から30人。アメリカ、ペルー、ブラジル、南アフリカレソト、モロッコ、イスラエルキプロス、イタリア、ドイツ、フランス、スコットランドウクライナスウェーデンポルトガルボスニア・ヘルツェゴビナ、インド、中国、ニュージーランド、日本、UAE、オランダ、メキシコ。
 サッカー協会職員、TV局員、スポーツメディア、弁護士……みんな様々なバックグラウンドをもっていて、30歳前後の人が多い。24歳が一番若く、そして35歳の僕が最年長者だ。


宮本さんたちが勉強したのは、スポーツの競技の内容ではなく、プロスポーツを成立させるための、さまざまな要件でした。
イタリア・ボッコーニ大学で学んだ「経営学」には、こんな内容のものがあったそうです。

 面白かった話題をいくつか紹介したい。
 まず一つは、「経営戦略とマドンナ」だ。マドンナは言わずと知れた、アメリカポップス界のスーパースター。「Like A Virgin」「Material Girl」など世界的なヒットを生み出しているが、音楽性、ポップアートダンスなど複合的な要素が絡み合って現在の地位を築き上げてきた。
 だが彼女はデビュー当時、まったく売れなかったらしい。そこで経営戦略の観点から考えて、マドンナの強み、弱み、そして新しい市場に入っていくにはどんな要素が必要か、徹底的に分析していったという。
 出した結論が、一人でステージに立って歌うのではなく、ダンサーを自分の周りに囲ませて、自分の持っている美しさを相対的に浮かび上がらせる。そしてダンスの動きでパワーを表現するという「経営戦略」。マーケティングともリンクしているが、狙いが見事にはまった。
 続いては「マーケティングフェラーリ」。
 イタリアの田舎町、マラネッロにあるフェラーリの本拠地での課外授業で、担当者がいろいろと話をしてくれた。
 フェラーリは言わずと知れた高級スポーツカーだ。プランディングにおいて、とことん「赤」を際立たせることによって、他ブランドとの差別化に成功している。「赤」「高級感」「高性能」というイメージを消費者に植え付けている。
 プランディングの一環で、実は工場の見学にしても、その内部にはフェラーリのオーナーしか入れないのだという(我々も入れなかった)。アパレルなど「フェラーリ」ブランドで売るグッズは値段も高く設定してある。顧客のニーズに合わせながら、フェラーリのブランド力を高めているのである。数台しかない「限定車」もプランディングの一つといえる。


この「FIFAマスター」で行われているのは、簡単な「勉強会」みたいなものではなくて、本格的な「経営学」の講義なのです。


宮本さんは、勉強の合間にヨーロッパ各国でサッカーの試合を観戦されています。
イタリアのセリエAは、ひと昔前まで「世界最高峰のサッカーリーグ」だと呼ばれていましたが、イギリス、スペイン、ドイツの国内リーグの隆盛に比べると、凋落が目立っています。
宮本さんはその理由のひとつとして、現地でみた、こんな光景を紹介しています。

 二月、もう一度サンシーロを訪れる機会があった。セリエAで最も白熱すると言われるインテルACミランの”ミラノダービー”。楽しみにしていたのだが、ここではショッキングな出来事が待ち受けていた。
 一月の移籍マーケットでイタリア代表のマリオ・バロテッリマンチェスター・シティからACミランに移籍したことで、会場は異様な空気に包まれていた。イングランドに渡る前まではライバルのインテルに所属していたとあって、”インテリスタ”の鼻息は試合前からかなり荒かった。
 スタジアム近くの露店では、バナナの形をした大きな風船が売られていた。嫌な予感がした。スタジアムの中に入ると案の上、ゴール裏のサポーターばかりでなく、メインスタンドのお客さんまでもがバロテッリをターゲットにして中指を突き立てて、ブーイングをしていた。そしてバナナを模した風船を掲げる人がいた。
 バロテッリはガーナにルーツを持つアフリカ系黒人選手なので、バナナを掲げるのは差別的行為にあたる。これは決して許されることではない。クラブがきちんとマーチャンダイジングをコントロールできていれば、露店にバナナの風船が並ぶことはなかっただろう。
 一人の親として、この不快な光景を子供に見せたくなかった。僕のように気分を害したお客さんが足を運ばなくなる可能性だってあるだろう。
 人種差別問題はFIFAにとって重要なプロジェクトの一つ。これはイタリアだけにとどまらず、世界全体が抱えている問題でもあり、東ヨーロッパではもっと苛烈な国もある。僕たちも講義の中で、この問題をテーマにディベートをした。差別表現に抗議する意味でたとえばバロテッリミランが試合を放棄したとしたら、再試合が認められるかどうか、という議論にもなった。ただ、再試合が認められてしまえば、試合状況によって不利な試合をわざと放棄することだって可能になり、いろいろと判断が難しいという意見もあった。

 
 ああ、これはたしかに「子供には見せたくない」なあ……
 日本でも、浦和レッズのごく一部の心ないサポーターが掲げた”JAPANESE ONLY"という横断幕が大きな問題となりました。
 贔屓のスポーツチームのこととなれば、熱くなりやすいのは万国共通なのかもしれませんが、スタジアム近くの露店で、人種差別を表現するためのグッズが売られているということは、セリエAの「マネージメント能力の低下」を象徴しているように思われます。
 そういう雰囲気のリーグでは、居心地が悪く感じる選手も多く、優秀な人材が他国のリーグに流出してしまうでしょう。


 宮本さんは、ドイツのブンデスリーガについて、こんな「スタジアムビジネス」を紹介しています。

 サービスに関しては主に「顧客満足度ナンバーワン」のドイツから学んでいることが多いのかもしれない。モニターやビジネスランチも、2006年のドイツワールドカップを契機にスタジアムを一新させた彼らのアイデアにヒントを得たはず。ドイツはスタジアムビジネスでも先を行っていて、日本代表の内田篤人選手が所属するシャルケのフェルティンス・アレーナなどは、現金ではなくプリペイドカードで商品を購入する仕組みを導入している。現金を出す、計算してお釣りを出すという手間が省けるため、購入の待ち時間を短縮させることにもなる。初めてスタジアムに来たお客さんに「もう一回来たい」と思わせるサービスが随所に見られる。
 スタジアムが新しいか、古いかということよりも、お客さんのためにどんなサービスができているのか。ブンデスリーガの観客が増えているのはそれ相応の理由があるからだと、講義を聞いて納得ができた。イタリアは改革を迅速に進めていかないと、イングランドやドイツに追いつけなくなってしまうかもしれない。


 観客がたくさん入っているスタジアムでは、飲食物やグッズを購入するためには大行列になってしまいます。
 たしかに、プリペイドカード化すれば、カードを購入するまでの敷居は高くなるかもしれませんが、会計のための待ち時間は、かなり緩和されるはず。
 これだけのことでも、観客の印象はだいぶ変わってくるのではないでしょうか。
 20年以上前にはじまったJリーグでも、「スタジアムやサービスのアップデート」は、今後の大きな課題になってきそうです。
 これは、サッカーだけの話ではないのでしょうけど。
 かつて「世界一のリーグ」とされていたセリエAの凋落と、所属チームが毎年チャンピオンズリーグで良い成績を収めるなど、さらに存在感を増してきているブンデスリーガの躍進。
 その理由は、所属選手の質だけが原因なのではなく、この二つのリーグの運営能力や顧客への意識の差なのかもしれません。


 世界には、スポーツを「文化」として発展させていく人材を育成するシステムもあるのだなあ、と感心しましたし、言葉の壁もあるなかで、そこに挑戦した宮本さんもすごい。
 宮本さんの現役時代の実績と知名度があれば、指導者や解説者、あるいはタレントとして食べていくことは難しくないはずですから。

 
 日本のスポーツ界が発展を続けていくためには、こういう「外からの視点」が大事になってくるだろうな、と、あらためて考えさせられる本でした。

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